vol.15 悪魔の痕跡



    [Ⅰ]



 執務室でファイル綴りをし始めて、2時間程は経過しただろうか。

 その頃になると、宰相のアラム卿も前方にある自分の執務机に戻っていた。

 粗方、女王への説明も終わったのだろう。

 なもんで、ちょいと静かな空間となっていた。

 イアティースに目を向けると、時々、目が合い、その度に彼女は嬉しそうに微笑んでいた。

 そういえば今朝、熱く燃えるようなエッチをした後、イアティースは俺の胸の上でこんな事を言っていた。


「コースケが傍にいてくれるようになってから、私、毎日が本当に楽しいの。今まで苦しいとか、辛いとか思ってた事も、どうでも良くなっちゃった。大好き、コースケ」と。


 愛の力は偉大だと思った瞬間であった。

 実は俺も、そんな風に考えてしまうくらいだからだ。

 要は、もの凄いバカになるのである。

 少々の困難は気付かなくなってしまうのだ。

 しかし、これこそが愛の凄さだと俺は改めて思うのであった。

(皆の前ではイチャイチャ出来ないけど、この距離感も良いねぇ。いつもそんな感じだと飽きるかもしれんしな。さぁて、今日はコレを糧にして、また今夜はハッスルするか)

 というわけで、夜に備えて煩悩を溜め込みつつ、俺も仕事を頑張るとしよう。

 まぁそれはさておき、イアティースと俺がいるのは執務室の一番奥まった場所なので、やや別室感が漂っている所であった。

 この周辺は置いてある美術品や棚、それと机や椅子などが、前方の木っ端役人がいる辺りと比べるとモノが違うからである。

 そして、その雰囲気が変わる手前の所に、アラム卿の執務机が置かれているのだ。

 まるで、女王の空間の入口に陣取る、門番のようであった。

 しかも、こちら側と向こうは、半分くらいが衝立で仕切られているので、余計にそんな感じなのである。

 まぁそんなわけで、同じ空間だが、明確に住み分けがなされてる執務室なのであった。

 俺もさっきまで、女王の空間より前にいたので、今はそれを改めて実感しているところである。

(この執務室って縦長の部屋だけど、ちゃんとピラミッド構造になってるんだよな。入口は下っ端役人で、次は中間管理職の役人、続いて、それを纏める宰相とその補佐の役人、そして女王と……。それに加えて、女王の執務机は、入口から見えないように配慮はされてるしな。まぁ俺がいる位置は、入口からでもモロ見えだが……)

 この国の縮図みたいなモノが見え隠れする所と言えよう。

 俺はそこでイアティースに視線を向けた。

 イアティースは黙々と書類に目を通している最中であった。

 そこには執務中の女王としての姿があった。

 18歳でこんな事をするというのは、少し可哀想に思うが、王族として生まれた以上、その呪縛からは逃れられない。

 以前、妹に禅譲するような事を言ってたが、世襲の君主制国家の場合、それしか逃げる方法がないのである。

 なかなか大変な因果であった。

(頑張れ、イアティース。まぁでも……ここは女王のというより、実態は宰相の執務室なんだろうな。女王の執務机は上座にあるが、お飾りみたいなもんだし。最後の認可を貰う為に置いてあるってだけだ。この国の実権はアラム卿が握ってるのだろう。まぁ生真面目そうだし、悪い政治家じゃなさそうだから、その方が国は回るんかもしれんが……)

 俺はそんな事を考えつつ、そこで執務室の窓に視線を向けた。

 すると日の光に照らされ、青々とした山々の姿が確認できた。

 この辺りは今、新緑の季節なのかもしれない。

 するとその時であった。

 執務室に誰かが入室してきたのである。


「おお、これはこれは、ヘリオス将軍にアレウス様、ようこそおいで下さいました」


 どうやら入ってきたのはヘリオス将軍とアレウス主席宮廷魔導師のようだ。


「アラム卿はおられるだろうか?」

「おられます。どうぞ、こちらへ」

「うむ」


 2人は木っ端役人に案内され、アラム卿のところへと向かった。

 その際、俺は彼等と目が合ったので、軽く会釈をしておいた。

 すると2人は対照的な表情を俺に向けてきたのである。

 ヘリオス将軍は豪快な笑顔であり、アレウス様は目が笑っておらず、口元だけ笑うアルカイックスマイルといった感じだ。

 アレウス様は中性的な美丈夫なので、案外ナルシスト系のなのかもしれない。キモッ。

 それはさておき、程なくして、彼等とアラム卿の会話が断片的に聞こえてきた。

 聞こえてくる会話から察するに、恐らく、昨日の一件の話のようだ。

 その後の調査報告のようである。

 それから暫くすると、彼等は宰相に伴われ、俺達の方へとやってきたのであった。


「イアティース女王陛下、ご公務の最中に申し訳ございませんが、ヘリオス将軍とアレウス主席宮廷魔導師がお見えになられました」


 宰相がそう告げた後、両名はイアティースの前に行き、衣服の胸にある王家の紋章に右手を当てた。


「イアティース女王陛下、御公務、ご苦労様でございます」

「イアティース女王陛下、突然の来訪、申し訳ありませぬ」


 つい最近知ったのだが、これが王に対する官職の作法らしい。

 まぁある種の敬礼のようなモノなのだろう。

 ちなみに、兵士や宮廷魔導師達の鎧やローブには、王家の紋章である絡んだ2つの円が描かれている。

 勿論、他の役人達もだ。

 つまり、この紋章が宮仕えの証なのであった。

 まぁそれはさておき、イアティースはそこで立ち上がった。

 俺もそれに習い起立する。


「ヘリオス将軍にアレウス主席、お勤めご苦労様でございます。お忙しいところ、ようこそお出で下されました。して、今日はどうされたのですか?」

「陛下、本日は両名より、昨日の一件について御報告があるそうです」

「わかりました。続けてください」


 まずアレウス様が口を開いた。


「では女王陛下、まず宮廷魔導師の調査報告をさせていただきます。昨日、オルフェウス城内を近衛兵と共に隈無く調べたところ、あの悪魔の痕跡はどこにもございませんでした。ですが、引き続き、配下の魔導師達には警戒を続けるよう指示をしておきましたので、少々窮屈かもしれませんが、今しばらくはご辛抱のほどよろしくお願い致します」

「ご苦労様でした、アレウス主席。引き続き宜しくお願いします」


 続いてヘリオス将軍が報告を始めた。


「それでは女王陛下、次に私、ヘリオスが報告いたします。配下の兵士にオルフェウス城の周辺並びに、城下の街と城塞の周辺地域を調査させましたところ、何も異変や異常は無いと報告がございましたので、それをお伝えさせていただきます。それと、城塞の守衛にも確認しましたが、ここ10日程は厳重に警戒を続けている事もあり、悪魔はおろか、行き交う者は誰もいないとのことでした。今のところは問題はなさそうですが、我々も引き続き厳重な警戒体制で臨みますので、宜しくお願い致します」


 ヘリオス将軍はそう告げると、また胸の紋章に手を当てた。


「報告ありがとうございます。ヘリオス将軍、引き続き宜しくお願い致します」


 だがしかし、俺は今の報告を聞き、思わず声を上げてしまったのである。

 辻褄が合わなかったからだ。


「え!? 誰もいないだって……」


 全員が俺に視線を向けた。


「どうしたのですか、コースケ殿?」

「コースケ殿、どうしたのかね、急に」


 イアティースとアラム卿は首を傾げていた。

 まぁこうなった以上は仕方ない。

 俺も報告会に参加するとしよう。


「突然、変な声を上げてしまい、申し訳ございません。ですが、今のヘリオス将軍の報告を聞いて、少し気になるところがありましたので……」


 ヘリオス将軍は俺に視線を向けると、そこで笑みを浮かべた


「ほう……気になるところとは、何かね? 勇者殿」

「え、勇者殿?」

「コースケ殿だったか、昨日は流石であった。私も兵を率いる者として、あの鮮やかな戦いぶりに感服した次第だ。これからも宜しくお願い致す」


 するとヘリオス将軍は手を差し伸べてきたのである。

 握手という事なのだろう。

 つーわけで、その手を握っておいた。

 そして俺達はなぜか握手会となったのである。

 というか、この国にも握手の文化があるようだ。


「こちらこそ宜しくお願い致します。では話を戻しましょう。今、城塞を行き交う者はここ10日程は誰もいなかったと仰られましたが、本当ですか?」

「ああ、本当だとも。それがどうかしたかね?」


 ここにいる者達は皆、首を傾げるような仕草をしている。

 誰も矛盾に気付いてないのが怖いところである。


「そうなると1つ疑問が出てきます。隣国の王子達は、一体どうやってこの国にやってきたのですかね? 命からがら逃げてきたのなら、城塞の守衛は確認してないとおかしいと思うのですが……」


 すると4人は気付いたのか、ハッと目を見開いた。


「確かに……」

「言われてみると、その通りだな」

「コースケ殿の言うとおりです……」

「そういえば、そうだ……あの者達一体どこから来たのだ」


 俺はそこでもう1つ確認した。


「あの者達は一体どこから来たのでしょうかね……それが気になります。ですがそうなると、別の侵入手段も念頭に入れた方がいいかもしれません。あの悪魔は飛行能力がございましたのでね。そこでお聞きしたいのですが、今の警戒の中で、このオルフェウスの上空を何かが飛んでいたとかいう報告はありませんでしたでしょうか?」


 ヘリオス将軍は少し考える素振りをする。


「いや……そんな報告はないな。それに今はニンフル神殿の神官が、このオルフェウス一帯にエンサディルアの秘術を施してるから、あんな邪悪な悪魔がいたら、すぐにわかる。だから、それはないと私は思うがね」

「エンサディルアの秘術?」


 なんか聞いた事がない名前が出てきた。

 ニンフル神殿の神官が施してるらしいが、初耳である。


「コースケ殿はこの国の者ではないので、わからないと思いますが、エンサディルアの秘術は、邪悪な存在を退け、また見つける為の結界のようなモノですよ。不死の王の動乱以降、ニンフル神殿の神官達は、この秘術をオルフェウス一帯に施し、常に警戒を敷いているのです。とはいえ、邪悪なモノを退ける力は弱いのですがね」


 アレウス様がそう補足してくれた。

 話を聞く限り、悪魔探知機みたいな結界なのかもしれない。


「へぇ、そのような結界があるのですね。でもそうなると、ますます謎が深まります。ルーザー王子達はどうやってここまで来たのかが……」

「確かにそうですね。そういえば、アラム卿、昨日の謁見ですが、ルーザー様達は何も言ってませんでしたか?」


 イアティースはそこでアラム卿に話を振った。

 するとアラム卿は、眉間に皺を寄せ、難しい表情になったのである。


「女王陛下……それなのですが、あの謁見は私がする方向で段取りはしましたが、そもそも話を持って来たのはメディアス卿なのですよ。ですので、アルテアの王子達を城に連れて来たのはメディアス卿なのです」


 おおっと、ここで新事実が出てきたようだ。

 これはかなり、真相に近付いた感じである。

 他の3人もかなり驚いていた。


「え? メディアス卿が連れてきたですって……」

「それは本当ですか、アラム卿。なぜメディアス卿が……」

「なるほど、昨日の謁見はメディアス卿から話があったのですね。だとすると、どこで王子達を保護したのでしょうかね」


 今、アレウス様も言ったが、どこで保護されていたのか? それが気になるところだ。

 そして今の会話の中で、俺はなんとなく朧気おぼろげにだが、今回の一連の騒動が見えてきたのであった。

 ついでなので、アラム卿に謁見について訊くとしよう。


「アラム卿、私は細かい事が気になる性分でして……あの謁見で引っかかっている事が幾つかあるのです。少しお訊ねしても良いでしょうか?」

「ふむ、なんだろうか?」

「今回の謁見の全てを段取りしたのは、アラム卿ではありませんよね?」

「うむ、コースケ殿の言うとおり、私ではない。あれはメディアス卿が段取りしたのでな。私は陛下に謁見の了承を取っただけである。それが、どうかしたかね?」


 どうやらメディアス卿が、この謁見のコーディネーターのようだ。

 この状況証拠的に、ほぼ黒だと思うが、黒幕かどうかはまだわからない。

 俺は質問を続けた。


「私はあの謁見の時、少し違和感がございました。女王陛下、宰相閣下がいるのは当然ですが……その他に、2名の大臣と、ヘリオス将軍にアウレス主席宮廷魔導師、そしてニンフル神殿のフィーネス神官長等々……なぜあそこまで高い身分の御方が一堂に揃っていたのか? それが凄く気になっているのです。ニンフル神殿の神官長までおられましたのでね。しかも、兵士や宮廷魔導師の数は、いつもの謁見よりも多かった。にも関わらず、謁見者と女王陛下の近辺には、兵士や宮廷魔導師は誰もいなかったのも気になります。アラム閣下はどう思われますか?」


 するとそこで、ヘリオス将軍がなぜか俺に同調してきたのであった。


「おお、勇者殿もそう思っていたのか。実は私もそう思っていたのだよ。あの謁見、少々物々しいと思っていたのでな」


 このオッサンはずっとこの呼び方をするつもりだろうか。

 正直、背中が痒くなる呼び方である。

 なんというか、風間の叔父さんみたいなノリのオッサンであった。


「コースケ殿とヘリオス将軍の言うとおり、私もやり過ぎではないかとは思った。だが、滅ぼされたとはいえ、隣国の王族なのでな。メディアス卿の段取りで行くことにしたのだよ」


 皆、やはりおかしいとは思っていたようだ。

 イアティースに視線を向けると、黙って会話に耳を傾けていた。

 昨夜、俺が話した仮説の検証をしてるのだろう。


「まぁ確かに、いささか大袈裟な謁見ではございましたが、それがどうかされたのですかね? この件とは何も関係がないように思いますが……コースケ殿は何をお考えで?」


 アレウス様の言うとおり、今のところ何も関係が見当たらない。

 だが不自然な異変と自然な異変は違うのである。

 今回は確実に不自然な異変だからだ。


「そうなんですよね。今は何も関係が見当たりません。ですが……メディアス卿とルーザー様達がどうやって出会い、そして保護されたのか……それがわかれば、真相が見えてくるんじゃないですかね」

「なるほど……確かに、それがわかれば何かがわかるかもしれないですね。それにしても……コースケ殿はよく見ていますね。ですが、ルーザー様達がどうやって、このオルフェウスにやってきたのかの方が重要に思いますが」


 これは確かにそうだが、本人達が既に死んでるので、真相はもう闇の中だ。

 なので、今は生き証人が重要なのである。


「そうですね。確かにそれも重要だとは思います。しかし、悪魔が死んだ以上、真相はもうわからないでしょう。ですが……それに関して、私はある可能性を考えております」

「ある可能性? なんでしょうか、それは?」


 アレウス様は興味深そうに眉を上げた。

 ではお話しするとしよう。


「これは1つの可能性ですが……あのルーザー様達は、随分前に、このオルフェウスにいたんじゃないでしょうかね。私はそんな気がしているのです」


 すると4人は大きく目を見開いた。


「何だと!」

「え?」

「それはどういう意味だね、コースケ殿」

「なぜそう思うのです?」


 ここはファンタジー世界。

 現実世界では有り得ない事だが、俺の予想が正しければ、そういう事もあるのかもしれない。

 そして、その方法ならば、何食わぬ顔でこのオルフェウス城にも入れるからだ。

 もし出来るのならば、全ての辻褄が合うのである。

 だが、想像の域をでないので、はっきりは言わないようにしよう。


「まぁ勘みたいなもんですよ。あ、それはそうとヘリオス将軍、以前の城塞門にあった石像群ですが、どこに移動されたんでしたっけ?」

「あれは全部メディアス卿の屋敷に運んでおいたが、それがどうかしたのかな?」

「いえ、そういえば……あの石像の者達も隣国の者達だったと思ったものですからね」


 するとそこで、ヘリオス将軍は豪快に笑ったのであった。


「オイオイオイ、勇者殿。幾ら何でも、それはないだろう。あの石像がルーザー様達だとでもいうのか?」


 俺もそれに合わせて笑っておいた。


「おかしいですよね。私も何言ってるんだろうと思ってます。でも、あの石像の1つがルーザー様にそっくりだったんですよ。服装は違うんですけどね。まぁ今のは冗談ですよ、冗談」

「確かにそっくりだったが、アレは石像だぞ。イヤァ、面白いこと言うな、勇者殿は。幾ら何でも、石像がルーザー様になったなんて冗談は、俺も思いつかなかったよ。やるな、勇者殿」


 俺達の馬鹿笑いが、この場に響いた。

 イアティースは真顔で俺の話を聞いていた。

 アラム卿は少し呆れ顔だ。

 アレウス様はいつものアルカイックスマイル。

 だが俺は冗談で言ったのではない。

 これには、ちゃんと理由があるからだ。

 俺は種を撒いたのである

 そして、これが吉と出るか、凶と出るか、俺は流れを見る事にしたのであった。 

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