vol.14 既知の知識
[Ⅰ]
謁見の間で襲撃があった翌日の早朝、俺は寝室の床に静かに腰を下ろし、瞑想を行っていた。
深層心理への旅といったところだろうか。
俺はエンギルの力に導かれるように、そこへ意識を向かわせていった。
すると程なくして、七色に輝く湖が見えてくるようになった。
これより先は、深い深い、意識の底となるようだ。
想像の自分はその中へと足を踏み入れ、更に深く潜っていった。
そして、静かにイメージしたのである。
俺とイアティースが窮地に陥った状況を……。
化け物に四方から襲いかかられる状況を……。
逃げ道はない。
いや、空があった。
しかし、そこも、空飛ぶ化け物が現れ、逃げ道はなくなってしまった。
八方塞がり。どこにも逃げ場はない。
さぁどうすると、良いのだろうか?
この状況を脱するには……。
俺は周囲に漂う七色の水に向かい、静かに語り掛けた。
すると想像の俺は、そこで両手を奇妙な形に組んだのであった。
それはまるで、手で鳥の翼を作るかのような仕草であった。
その時、目の前に無数の小さな光が舞い降り、俺の周囲を取り囲んでいった。
光は俺の全身を覆ってゆく。
次第に俺の身体は、繭のように光に包み込まれた。
その光はまるで、孔雀の尾羽のようであった。
尾羽はそれから大きな翼と化してゆく。
それを見た周囲の化け物は足を止めた。
光の翼は化け物を寄せ付けない。
いや、それどころか……触れる化け物を蹴散らした。
光の翼は輝きを増す。
すると奇妙な声が、水の中から聞こえてきたのだ。
俺はそれを復唱した。
《アン……エンギル…… ウードゥー……ディギル……エアーナ……エル……イシュタルト》
そして俺は現実に戻ったのであった。
「ハァハァハァ」
俺はそこで目を開き、その息苦しさに過呼吸を起こしてしまった。
四つん這いになり、肩で息をする。
水の中で溺れたかのような気分であった。
身体から汗が、溢れるようにどっと出てくる。
加えて、かなりの疲労感が俺に圧し掛かってきたのである。
まるで、長い距離を全力疾走したかのような感じだ。
ちょっと無理な瞑想をしてしまったのかもしれない。
(少し深く瞑想しすぎたか……あぁ、きっつ~……息が出来んかったわ。でも魔法は得られたかな。これで今日は2つ目だ。ふぅ……もう今日はやめとくか。脱水起こすわ……ン?)
ベッドから視線を感じた為、俺はそこで振り返った。
すると、ネグリジェ姿のイアティースが、半身を起こして、心配そうにこちらを見ていたのである。
「ごめん、起こしたか?」
「ううん、それより、大丈夫なの? 凄い息苦しそうだけど……それに凄い汗が……」
「ああ、大丈夫だよ。瞑想をしてただけだから。でも、ちょっと深く入りすぎたかな。少し無理をしたかも……」
「コースケ、こっちに来て……身体を拭いてあげるわ」
「ああ、お願いするよ」
俺は近くに置いておいた経口補水液のペットボトルを手に取り、立ち上がった。
そして、ベッドに腰掛け、服を脱いだのである。
すると身体は、サウナに入っていたのかというほど汗だくなのであった。
「凄い汗ね……瞑想でこんなになるなんて、本当に大丈夫なの?」
「まぁ今のところは」
イアティースは近くの布を取り、身体の汗を優しく拭いてくれた。
そして、俺はペットボトルの蓋を開き、水分を補ったのである。
五臓六腑にしみわたる美味しさであった。
そういえば、以前、どこかの医者が言っていた。
経口補水液がおいしく感じるなら、脱水症状起こしてる可能性がアリだと。
まぁ要するに、今の俺はそういう状態なのかもしれない。
「コースケ、あまり無理はしないでね。私はコースケだけが頼りなんだから……」
「ああ、程々にしとくよ。でも、お陰でエンギルの力が2つ得られたよ」
「え、本当に? 2つも得るなんて凄いじゃない。それで、どんな力を得られたの?」
「1つは癒やしの力で、もう1つは、身を護る為の力かな」
「どれも高度そうなのばかりね……コースケって本当に魔導師の才能あると思うわ。いいなぁ……私は中途半端なイアの術と、弱い炎の力だけだし」
そう、イアティースは炎の力を使えるのである。
この間も見せてもらったが、弱いとはいえ、結構使える魔法であった。
掌や指先からボワッと、コンロのような炎を出せるのである。
イアティースはその魔法を使って、燭台の蝋燭に火を灯したりしてるのだ。
手ぶらでライターのように火を起こせるので、アウトドアだと重宝する魔法だと思った。
今の俺にも使えない魔法である。
俺も使えると良いなと思うので、次回の瞑想修練で、炎の力を読み解いてみても良いかもしれない。
まぁとはいえ、適性が無ければ得る事は出来ないので、その時は諦めるしかないが。
ちなみに、凄い奴になると、火炎放射みたいな事も出来るようになるとの事であった。
なんというか、『汚物は消毒だぁ!』をイメージしてしまうのは、言うまでもないところである。
「でも、炎の魔法って便利だよね。それに、力の数で言ったら、俺とイアティースはそんなに変わらないんじゃないか?」
「それはそうかも知れないけど、コースケの場合、基本的なイアの術がかなり高度だから、他の得られる力も高度になるのよ。だから才能があるって言ったの」
「ふぅん、そうなんだ」
「そうなの。それに癒しの力も得られたって凄いわね。でも、あまり使えると言わない方が良いかも……」
イアティースはそう言うと、面白くなさそうに口を尖らせたのである。
何か嫌な事があるようだ。
「え、なんで?」
「だって……ニンフル神殿の神官になれるのは、癒しの力を持ってる者だけなのよ。神殿騎士はそうでもないんだけどね。だから、使えると知られると、お誘いが来るわよ。癒しの力を持つ者は少ないから」
意外な異世界事情を知ってしまった。
まさか癒しの力が、ニンフル神殿就職のガイドラインに含まれてるとは思わなかったからである。
「マジでか。そんな募集要件があんのか、ニンフル神殿て」
「そうよ……だから、あまり言わないでね。フィーネス神官長に知られたら、確実にお誘いしてくるわよ。言っておくけど私……それは絶ッ対にッ、嫌だからね! いい! わかった?」
イアティースは語気を強めて、そう言った。
昨日のあの言葉が、かなり尾を引いてるに違いない。
嫉妬だと思うが、まぁ可愛いところである。
俺に対する独占欲もあるのだろう。
「心配しなくていいよ。それを聞いたら、あまり口にしたくなくなったから」
「それでよろしい。でも、コースケって、エンギルの契りからまだ50日ほどしか経ってないのに、もうそんな魔法使えるんだもんね。羨ましいわ。はい、終わったわよ。エイッ」
などと言いながら、イアティースは俺の背後から抱き着いてきたのである。
俺はそこでイアティースに振り返った。
するとイアティースは、そこで俺の唇を奪ってきたのだ。
「いきなりですか、陛下」
「だって、朝の口づけをまだしてもらってないもん」
イアティースは2人きりの時だけ見せる、小悪魔モードになっていた。
意外と甘えん坊なところがあるのだ。
「では俺からもお返しを」
俺はイアティースをベッドにゆっくりと倒し、深いキスをした。
そして俺達はまた、いつものラブラブモードへと突入したのである。
「ねぇ、コースケ……今日はしてもいいよ。もう殆ど、血も止まったから……私、コースケを早く感じたいな……」
イアティースはモジモジしながら、物欲しそうに俺を見ている。
生理後はしたくなる女性が多いと聞いた事があるので、そういう感じなのかもしれない。
それはともかく、折角の据え膳……食わぬは失礼でござる。
かたじけない。拙者は頂くでござるよ。
「ほうほう、左様ですか。それじゃあ、今からする? その前にシャワーを浴びたいけど」
「じゃあ、私もそうしよっかな。コースケのお家で、私も一緒にシャワー浴びるわ。アレ、暖かいの出るから凄く良いのよね」
とまぁそんなわけで、俺達は朝食前に、久々の
朝からラブラブモード全開である。
[Ⅱ]
朝食を終え、ニンフル神殿での礼拝の後、俺達は侍従長に伴われ、いつものように国王の執務室へとやって来た。
執務室は少し慌ただしい感じだが、それは恐らく、警備にあたる近衛兵や魔導師の数が、いつも以上にいるからかもしれない。
これは仕方ないところである。
やはり、昨日の襲撃の後なので、警戒を解くわけにはいかないからだ。
「女王陛下がお見えになりました」
侍従長が中の者達に向かい、声高にそう告げた。
そして、イアティースと俺は執務室に足を踏み入れたのである。
中の者達は全員が背筋を伸ばし、イアティースへと視線を向けていた。
そんな中、宰相のアラム卿が、こちらへとやって来たのである。
いつものパターンであった。
「おはようございます、イアティース女王陛下。それと、コースケ殿」
「アラム卿、おはようございます」
今日は珍しく、アラム卿は俺にも挨拶をしてきた。
どういう心境の変化か知らないが、とりあえず、俺も挨拶を返すとしよう。
「おはようございます、アラム閣下」
「うむ。さて、それでは陛下、少しばかり書類が溜まっております。私が内容をご説明いたしますので、認可の判断をよろしくお願いいたします」
「わかりました」――
今日も今日とて、政策や陳情書の最終認可作業の始まりである。
小国というのもあり、あまり国王の執務室ぽくないが、イアティースがまだ若いので、宰相があえてこういう風にしてるのかもしれない。
ちなみに俺はこの時、書類が見えない位置で、いつも待機させられている。
離れた所に1つだけある椅子に座らされ、若干遠めにイアティースを眺めているだけなのだ。
露骨な嫌がらせだが、俺は外国人なので、この国の状態を知れるモノに、そう易々と目を触れさせたくないのだろう。
そう……恐らくは機密書類ばかりなので、俺を完全に蚊帳の外にしたいのだ。
これはある意味、仕方ないのかもしれない。
彼等も彼等なりの正義で動いているからだ。
それに、ここ最近はそれにも慣れてきたので、寧ろこの方が良いくらいであった。
まぁそんなわけで、ここから俺は、やや離れた所から1人寂しく、イアティースの仕事ぶりを眺める時間となるのである。
だがしかし、今日はなぜか知らないが、俺の方をチラチラと、兵士や宮廷魔導師がやたら見てくる。
それに加え、木っ端役人共までもが、やたらとチラ見してくるのである。
その為、『あぁん、何見てんだよ、オメェ等! なんか文句あんのか?』と、ヤンキーみたいにイキりたいところであった。
だが、いちいち反応するのもアホらしいので、俺はいつも通り、振舞っているのである。
よく考えたら、別に今に始まった事じゃないからだ。
(異世界初日並みのチラ見やな……ウザッ。それはともかく……また今日も、長く感じる超退屈な時間が始まるな。おまけに、仕事が溜まってるとか、アラム卿は言ってたし、こりゃ長くなりそうだ。スマホでも見て、ネットでも出来ると良いんだけど、ここでは無理だしな。腰のポーチに入ってるグリム童話集でも見て、時間潰したいくらいだよ。でも……それもできないんだよな。この世界って活版印刷技術もない上に、製本技術も低いから、変に目を引きそうだし。魔法技術はあるけど、文明的にはそこまで進んでないから、もどかしいわ。あ~あ、退屈だ。もういっその事、ここで浅めのエンギルの瞑想でもすっかな……ン?)
などと考えていると、アラム卿がそこで、なぜかこちらへとやって来たのであった。
退屈そうにしてたので、イラっと来たのかもしれない。
俺は居ずまいを正し、アラム卿に無言の一礼をした。
「コースケ殿……今、良いであろうか」
「はい、何でございましょう?」
「貴殿も、陛下のお手伝いを願えるであろうか?」
おおっと、ここで想定外のお願いが来た。
周囲の者達も全員、こちらに視線を向けている。
なぜか注目の的であった。
どういう風の吹き回しか知らないが、理由が気になるところだ。
「良いのですか? 私はこの国の者ではないですよ。他所の者に、知られたくない事もあろうかと思いますが……」
「ふむ……既に、我らの思いに気付いておられたようですな。確かに、それもございましたが……昨日の貴方を見て、考えが変わりました。あの時、誰よりも先に、身を盾にして陛下を護った貴方に、そのような無礼な事はできません。今までの無礼をお許しくだされ。これからは陛下の傍にて、手を貸して頂けぬであろうか」
なんかよくわからんが、昨日の一件で、少し俺の事を見直してくれたという事なのだろう。
まぁとはいえ、別に断る理由もないので、俺はその旨を伝える事にした。
「わかりました。では、陛下の傍にて、及ばずながら、御尽力させて頂きます」
「うむ。では宜しくお願い致す」
災い転じて福となす、ではないが、俺も多少は、宰相からの信を得たという事なのかもしれない。
まぁそんなわけで俺は、イアティースの近くにある机に、移動する事となったのである。
ちなみに、国王の執務机ほどではないが、それはそれで立派な机であった。
俺がその机の椅子に腰掛けると、イアティースが嬉しそうな表情で微笑んでいた。
「これから宜しくお願いしますね、コースケ殿」
「女王陛下、宜しくお願い致します」
するとそこで、宰相と木っ端役人の1人が何かを持ってやって来た。
それらは沢山積み重なった紙の束であった。
そして、それらの紙の山が、俺の前にドンと積み上げられたのである。
1枚1枚がパピルスや和紙のような繊維の粗い武骨な紙であり、なんとなく文明の違いを感じさせるモノであった。
以前、イアティースは紙が貴重と言っていたが、まさにそういう事のようだ。
「では早速ですが、コースケ殿には、こちらにある認可書を纏めてもらえぬでしょうか。これはもう、陛下の認可が終わったモノです。これらをこのくらいの厚みで束ね、この紐で縛って、纏めて頂きたい」
アラム卿はそう言って、紙と同じサイズの木板と、それらを纏める紐を机の上に置いたのである。
どうやら、紐ファイルのように閉じろという事のようだ。
だが量が半端ない。
「え? これ全部?」
「はい、そうでございます」
なんというか、これは女王の手伝いというより、コイツ等の雑用であった。
これ、お前等の仕事だろ! と言いたかったが、引き受けた手前やるしか無いようだ。
「わかりました。では纏めておきましょう」
「これで穴を開けて束ねてください。わからぬ事があれば、この者に訊いて下されれば良いですからな。では、私は陛下に、色々とご説明しなければなりませんので、これで」
それだけを告げ、宰相はイアティースの所へと向かった。
木っ端役人の中年オヤジが俺の前に来る。
「コースケ殿、よろしくお願いします。私は向こうで別の仕事がございますので、わからぬ事があったら、そちらへ来てください。では」
木っ端役人も、それを告げると自分の席に戻っていった。
「コースケ殿、向こうの席にいるよりは、こちらの方がよいでしょう。私の近くですので、護衛もできますしね。さぁ、頑張りましょうか」
イアティースは笑顔でそう言うと、テンション高くサインする作業を再開した。
そして俺は、何とも言えない気分の中、紐ファイルの作成作業に取り掛かったのである。
(なんか……退屈だったけど、さっきの待遇の方が良かった気が済んだけど。ああもう……仕方ない、やるか)
俺は脳内で溜息を吐きつつ、上にある認可書を手に取り、机の上に置いた。
だがその時であった。
「え?」
俺は驚きのあまり、そこで思わず、目を見開いたのである。
なぜなら、異様な現象が起きたからだ。
「コースケ殿、どうかしましたか?」
イアティースは首を傾げ、こちらを見ていた。
「いえ、なんでもございません、陛下。変な声を出してしまい、申し訳ありませんでした」
「そうですか。わからない事があったら、先程の者に聞いてくださいね」
「御意」――
俺がなぜ驚いたのか?
それは、この国のわけのわからない文字が読めてしまったからである。
正直言うと、俺はこの国で使われてる文字というのを今初めて見たのだ。
そこに書かれているのは、ルーン文字やフェニキア文字みたいなタイプのモノだが、俺には何が書かれているのかわかったのである。
不思議な現象であった。
言っておくが、俺はこの世界の文字なんぞ全然知らない。にも拘らず、俺は何が書かれているのか、ハッキリと理解できたのである。
どういうことなのか、さっぱりわからない現象であった。
(なんで読めるんだ……こんな文字知らんのに。そういえば、イアティースが以前、鏡の向こうには知識の泉があると言っていたな。もしかして、あの水鏡を潜った特典なのだろうか? 何がなんだか、わけわかんないんだけど。この文字……なんで読めんだよ……怖ッ!)
そして、俺は首を傾げつつ、ファイル綴じのアルバイト作業を黙々と続けたのである。
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