vol.13 幾つかの謎



    [Ⅰ]



 謁見の間での襲撃の後、俺とイアティースは一旦、その場を離れ、ニンフル神殿へとやってきていた。

 そんなわけで、今はニンフル神殿にある来賓の部屋で待機してるところだ。

 来賓の部屋というだけあり、結構広い。100平米は優にあるだろう。

 室内には高級感あるソファーやテーブルに加え、女神が描かれた絵画や像、そして祭事に使われてそうな神器みたいなモノが沢山あった。

 なので、ちょっとした美術館みたいな感じだ。

 で、なぜ俺達がここにいるのかというと、これはフィーネス神官長の進言によるものであった。

 理由は恐らく、オルフェウス城内での襲撃というセンセーショナルな展開があったので、それに対するイアティースの心のケアを兼ねての事だろう。

 宰相もそれに同意しており、こうなったわけである。

 要は息抜きってやつだ。

 そして、オルフェウス城では今、超厳重な警戒態勢が敷かれており、武装した兵士や宮廷魔導師達が至る所に配置されているのであった。

 化け物が城の中に入ってきたのだから、これはもう仕方ないだろう。

 不死の王を退けたばかりなのに、続いて今度はコレなので、ヘリオス将軍やアレウス主席宮廷魔導師も気が休まらないに違いない。

 なんというか、まさに、一難去ってまた一難といったところである。

 まぁそれはさておき、その言い出しっぺのフィーネス神官長はというと、今は神殿での用事がある為、一時的に席を外している。

 椅子に座って待っていて欲しいと言われたが、女神ニンフルの絵が壁に幾つも掛けられている上、女神像や神器みたいなのもあるので、俺は今、それらを立ち見しているところであった。

 物珍しさからくる好奇心というやつである。 

 ちなみに、護衛の兵士や侍従達は、この部屋の外で待機してるところだ。

 これはイアティースの指示によるものであった。


「先程の襲撃で心が落ち着かないので、私とコースケだけにさせてください。他の者は外で暫しお待ちを……」


 まぁそういった事情もあって、同行者達は外で待機しているのである。

 イアティースの場合、俺と2人だけでいる方が気分が落ち着くのだろう。

 それにしても災難である。

(まぁしかし、なんだな……この世界の生態系がよくわからんわ。大体、理不尽な化け物が多過ぎやろ。さっきのもニューフェンが悪魔化したのか、悪魔がニューフェン化してたのか知らんけど、生物学的に有り得ん変化してるし……さすがファンタジー世界や)

 俺はそんな事を考えつつ、携帯している経口補水液のペットボトルを取り出した。

 さっきの戦いでエンギルの力をそれなりに使ったので、ちょっと水分補給である。

(ふぅ……喉が潤うわ。でも、あの化け物に使った高出力のエンギルクラッシュは、意外と水分消費が多いんだよな。なんとなく費用対効果が見合ってない気がするから、また瞑想修練で何か別の魔法を考えないとな)

 エンギルクラッシュは俺がついさっき命名した技の名だ。

 勿論、化け物をフッ飛ばしたイアの術である。

 戦隊物ヒーローや世紀末の救世主みたいに、いちいち口に出す事はないので、何でもアリであった。


 話は変わるが、実はこの世界の魔法というのは、習得が独特であった。

 なぜなら、取り込んだエンギルの書に語り掛けるようにして、瞑想修練によって得てゆくモノだからだ。

 魔法で水を凍らしたり、火を起こしたりしたいのならば、その方法を瞑想によって自分で得なければならないのである。

 そう、エンギルの書が持つ万物を操る力は、瞑想により、自分で探して読み解かねばならないのだ。

 その為、念動力に相当するイアの術というのは、想像力という観点から見て、この世界の魔法の基本となる術なのである。

 俺はてっきり、エンギルの呪文書とか魔法書があると思っていたので、少し驚いたところだ。

 そして、その呪文や魔法陣も、取り込んだエンギルの力を読み解かねば、得ることは一生出来ないのである。

 おまけに呪文は、あくまでもその者の呪文であり、他者も同じとは限らないとの事であった。

 つまり、エンギルの魔法とは、自分の中に魔法書を取り込み、自分専用の魔法を調べるモノでもあるのだ。

 そんなわけで、この世界の魔法というのは、思ったより奥が深いモノなのであった。

 つーわけで、話を戻そう。


 水分補給を終えた俺は、先程の襲撃について考えていた。 

 あの化け物の言動や行動に、違和感を覚えたからである。

 奴はイアティースを殺す為に、あの謁見の場面をチョイスしてきたようだが、よく考えると、化け物達の襲撃は突っ込みどころが多いのだ。

 そもそも、謁見の間という襲撃が極めて成功がしにくい場所で、それをしてきたからである。

 襲い掛かるならば、もっと別の場面で行った方が、絶対に効率がいい。

 ニンフル神殿に行く途中や、俺達が就寝している時など、他に良いタイミングが幾らでもあるからだ。

 おまけに、あの化け物達は飛行能力があるので、上から侵入する手段も持っている。

 なので、あえて謁見の間をチョイスしなくても良いように思えたのである。

 まぁとはいうものの、あそこは退路がないので、刺し違える覚悟ならばわからないでもない。

 だが、女王と謁見者はそれなりに距離もあるので、それも意外と難しいのである。

 なぜ、あの程度の戦力で、あの謁見の間を襲撃場所に選んだのか?

 はっきり言って謎である。

 それに加えて、あの謁見の間にいた面子だ。

 幾ら隣国の王子とはいえ、いささか、大袈裟な面子のように俺は感じた。

 女王・宰相・大臣・将軍・主席宮廷魔導師・ニンフル神殿の神官長等々。

 重鎮達のフル面子といった感じなので、それも腑に落ちないのである。

 なぜなら、俺が今まで見てきた謁見は、宰相のアラム卿と、どっちかの大臣だけだったからだ。

 将軍や主席宮廷魔導師のどちらかがいる事はあったかもしれないが、神官や神官長とかがいるのは初めてだったのである。

 それに加えて、兵士と宮廷魔導師達の数と位置だ。

 いつもより兵士や魔導師の数が多いのにも関わらず、その位置はやけに離れていた。

 一体誰が、あの謁見をコーディネートしたのか知らないが、少し気になるところである。

 そして極めつけは、なぜイアティースをそこまで執拗に狙うのか? というところだ。

 不死の王もそうだが、さっきの化け物も、明らかにイアティースを殺すのが目的だったからである。

 その理由が非常に気になるのであった。 

(なんでイアティースは、あんなに狙われるんだろう。それにあの襲撃も、なんか、ちぐはぐなんだよな。おまけに謁見の間の面子もだ。ここまでする必要があったんだろうか。なんか釈然としないなぁ。う~ん、わからん……ン?)

 壁に掛かる女神の絵画を見ながら、ふとそんな事を考えていると、イアティースが心配そうに俺を見ていた。

 今は俺達だけなので、普通に話すとしよう。 


「ん、どうかした?」

「コースケ……さっきから何を考えてるの? 急にあまり喋らなくなったし……」


 イアティースはそう言って、俺の胸に顔を寄せてきた。

 不安げな表情をしており、俺の身体にしがみ付くように、背中へ手を回してくる。

 俺はそんなイアティースを軽く抱きしめ、頭を撫でてやった。

 口数が減ったので気になるのだろう。


「まぁ色々と……謁見の間の事をね」

「コースケ……さっきは護ってくれて、本当にありがとう。コースケがいたから私は無事だったし、安心もできたよ。それに、コースケとこうしてると、凄い落ち着く……愛してる、コースケ。今はずっとこうしていたい……」


 イアティースはそう言うと、若干震えつつ、更に強く抱きしめてきた。

 こうは言ってるが、本当は怖かったのだろう。


「そりゃ護るよ。大事なイアティースの命と俺の命が掛かってるんだから。当たり前じゃん」


 俺の返答に満足したのか、イアティースははにかんだような笑みを見せた。


「うふふ、そうだもんね。ところでコースケ、さっきの怪物だけど……あれ、本当にルーザー王子だったのかな?」

「さぁどうだろうね。ただ……何となくだけど、仮に王子だったとしても、ハンズと同じく、もう悪魔の仲間入りしてたんじゃないかな」

「悪魔の仲間入り? どう言う事なの?」

「あの黒い霧みたいなのから、不死の王・ハンズと同じような気配を感じたんだよ」


 感覚的な話なのだが、不死の王・ハンズの燃え盛る炎のような禍々しい黒いオーラと、同じような気配を感じたのだ。

 もし本当に王子ならば、不死の王・ハンズと同じく、恐らく、ニューフェンをやめたのだろう。

 どこぞの奇妙な漫画みたいに、俺は人間をやめるぞー! WRYYY って、感じだったのかもしれない。

 しかし、名前が良くないところだ。

 英語でルーザーは敗者だからである。


「そ、そうよ、あの黒いのは一体何だったのよ」

「さぁなんだろうね。もしかすると、あれが……地獄のかまどすす……だったりしてね」

「じゃあ、さっきのも、煤けた悪魔ってこと?」

「それは流石にわからないよ。適当に言ってみただけさ。ン?」


 するとそこで、席を外していたフィーネス神官長が戻ってきたのである。

 だがその時、神官長は両手で口元を押さえ、驚いた表情をしていたのであった。

 俺はそこで理由が分かった。

 それは勿論、俺達が抱き合っていたからだ。


「あ、え? イアティース女王陛下……とコースケ殿……一体、どうされたのですか?」

「神官長、ち、違うの、これは……」


 イアティースはそう言って、俺から慌てて離れた。

 顔が真っ赤である。

 他人にイチャイチャは見られたくないのだろう。

 とりあえず、俺が弁明しとくとしよう。


「ああ、すいません、驚かれましたよね。実は陛下が、先程の襲撃を思い出されたので、安心してもらえるように、私の故郷でバカップルと呼ばれる希少民族がよくやる、安らぎのおまじないを試していたのです。決して、変な意味ではございません。ご安心を」


 この国にバカップルなんて単語はないので、利用させてもらった。


「バカップル? ま、まぁ、それはよくわかりませんが、陛下に安心を与えていたのですね。すいませんでした。急に戻ってきてしまい……」

「いえ、お構いなく。それはそうと、もう用事は終わられたのですか?」

「ええ、もう終わりました。あの襲撃がございましたので、神官や神殿騎士達に、内外の警戒を厳重にするよう指示を与えてきたところです。不死の王の動乱以降、またオルフェウスにとって、よくない事が起きてしまいましたから……」


 フィーネス神官長はそう言うと、疲れたように溜息を吐いた。

 管理職の疲れといったところだろう。


「お勤め、ご苦労様でございます」

「コースケ殿、お気になさらないでください。これも神官長としての勤めですから。ところで、コースケ殿は流石でしたね」

「流石?」


 フィーネス神官長はそこで、俺の右手に視線を向けた。

 ちなみに俺の右手は今、指出しのオープンフィンガーグローブみたいな手袋をしている。

 あの印はあまり人に見せたくないからだ。


「はい。実は、女王陛下から不死の王・ハンズを退けたと聞いた時は、俄かに信じられませんでした。ですが、治療の時、貴方の右掌の印を見て、私は考えを改めたのです。そして、今日のあの戦いぶり。咄嗟の判断で、女王陛下の前に立ち、光の剣とエンギルの力で、あの悪魔を寄せ付けなかったその手腕に感心しました。あの時、あの場にいた宮廷魔導師や兵士達は、皆、驚いてましたよ。流石、イアティース女王陛下が御自身で選ばれた専属の騎士だと」


 こう言われると、流石に照れるところである。

 だが、やらないと俺が死ぬので、強制的にそうなるのであった。

 とはいえ、今の俺にとってイアティースは大事な存在なので、例え生命の輪を施されてなかったとしても、護っていた事だろう。


「私は陛下の護衛として、当然の事をしたまでです」

「それでもですよ。あのような戦い方をできる者は、この国にはおりませんので」

「フィーネス神官長、私の言っていた事は本当だったでしょう? コースケ殿は凄いんですよ」


 イアティースが自慢げにそう言うと、フィーネス神官長はクスリと笑った。


「女王陛下……コースケ殿を信頼しておいでなのですね。あの戦いの折も、今のような眼差しを送っておりましたよ」

「え……そ、そうでしょうか」


 少し恥ずかしかったのか、イアティースは顔を若干赤らめ、俺をチラッと見た。

 無言で『そうなの?』と俺に訊いてるような感じだ。


「ええ、そうでしたよ。コースケ殿への信頼が見えました。しかし……今日は大変な事が起きてしまいました。あの冷静なアレウス様も、戦いの最中、非常に険しい表情をしておりましたからね。恐らく、肝を冷やされたのではないでしょうか」


 意外にも、俺に槍を飛ばしてきたワンレンのアレウス様も焦っていたみたいだ。

 まぁ確かに、常に冷静沈着というイメージではある。


「そうなのですか。しかし、割とすんなり危機は回避できたと思いますがね。こちらの被害は全くございませんでしたし。私はそれよりも……襲撃に関して腑に落ちない点が結構あるので、そちらの方が気になりますよ」

「腑に落ちない点? それは一体……」

「あの襲撃ですが……」――


 俺はとりあえず、襲撃の違和感と謁見の面子の事だけ話した。

 イアティースとフィーネス神官長は静かに俺の話に耳を傾ける。

 2人共、少し微妙な表情の時があったが、多少は理解はしてくれただろう。


「――と、私は思っているのですが、陛下と神官長はどう思われるでしょうか?」


 だが話し終えると、2人はポカンとしていた。

 なんとなくだが、珍獣を見るような目線であった。

 細かく話しすぎたのかもしれない。

 まず最初に、イアティースが口を開いた。


「コースケ……色々と考えてるのね。私、そんなところまで考えがいかないわ」

「本当ですね。ですが、コースケ殿の言う事も確かに気になります。今言われて気付きましたが、あの謁見、確かに妙だと私は思ったのです」

「妙? と、言いますと?」

「普通は、我々ニンフル神殿の神官が、謁見に立ち会う事は滅多にございません。今回はなぜかお呼びがかかったのです。今朝、城から来た使いの者は、こう仰ってました……『隣国の王子がオルフェウス城に来られたので、謁見が行われます。不死の王について重要な話があるとの事で、神官長と複数名の神官に、是非、お立会い頂きたい』と。私はそれならばと返事いたしましたが……確かに変ですね。隣国の王子が来たところで、我々は赴く必要がないように思いますから……」


 やはり、普通は神官が謁見に立ち会う事はしないようだ。

 となると、この謁見の計画を立てた者が誰かという事になる。

 アラム卿が一番怪しいが、なんとなく違うように感じる。

 少し調べた方がよさそうな案件かもしれない。


「しかし……コースケ殿は頭がよく回るのですね。物事をよく見ております。感心しました」


 フィーネス神官長はそう言うと微笑んだ。


「そうですかね? 細かい事が気になるんですよ。性分てやつです」

「でも、私……そういう方は結構好きですよ」

「はい?」

「ちょっと、神官長、いきなり何を言うのですか」


 イアティースは慌てて俺の前に来た。


「いえいえ、本当です。コースケ殿は深い考えを持っていらっしゃるので、信用に足る方だと私はお見受けいたしました。そして武にも優れておりますので」

「そ、そうですか。あ、そういえばコースケ殿、次の執務はなんでしたか?」

「次は……もう昼食では?」


 イアティースに話を振られて気付いたが、もう昼なのだ。

 襲撃の影響で時間がだいぶ押してたのだろう。


「じゃあ、そろそろ城に戻りましょう。では、私はこれで。行きましょう、コースケ殿」

「え、もう城へ戻られるのですか、陛下? お心はもう落ち着きましたか?」


 フィーネス神官長はイアティースの変貌ぶりにキョトンとしていた。

 するとイアティースは、そんな神官長にニコリと微笑んだのである。


「はい、来た時よりも、少しざわついてますが、もうだいぶ落ち着きました。ですので、我々はこれで城へと帰る事にします」

「そうですか。ではお見送りを致しましょう」


 そして俺は、そそくさと動くイアティースに続き、ニンフル神殿を後にしたのであった。

 まぁなんというか、女の勘みたいなのが働いたのだろう。

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