vol.10 ニンフル神殿



    [Ⅰ]



 さて、異世界での2日目だ。

 俺は朝っぱらからイアティースと少しイチャイチャした後、朝食を食べに帰省した。

 なぜなら、イアティースの朝食の前に、俺は食べておかないといけないからだ。

 その為、俺はローテーブルで、買い置きの食パンと牛乳ぶっかけシリアルを急ぎ食したのであった。

 俺の隣にいるイアティースは、それを見るなり、こんな事を呟いていた。


「いつ見ても思うんだけど……コースケの食事って、すぐ食べられるのばっかね。私もこういうので良いわ。私、時間を掛けすぎだから」


 これは言っておかねばなるまい。


「あの、言っとくけど、俺の食事は真似しない方がいいぞ。かなり、邪道の部類に入るから」

「ジャドウって何?」

「ダメなやつって事さ。だから、オルフェウスの食事の方が、ちゃんとしてるし良いと思うよ。食材も良い物を使ってるだろうし」

「そうなの? でもこれがダメって事は、普通はどんなの食べてるのよ?」


 俺はスマホで適当に検索し、和食と洋食のスタンダードなのを見せておいた。

 だがその直後、イアティースは目を大きくし、ポカンとしたのである。


「なによこれ……どうやって映ってるの? というか、なんでこんな小さいのに、こんな綺麗な絵が出るのよ!」


 そういえば、イアティースにはスマホの事を教えてなかった。

 つーわけで俺は、この情報端末の説明を簡単にしたのである。

 実演で写真を撮ったり、ネットの画像を見せたりといった感じだ。

 すると予想通り、イアティースはドン引きしていたのであった。


「なによ……なんでそんな事が出来るのよ……もしかして、コースケの住んでる世界って凄い所なんじゃ……」

「まぁ確かに、凄い技術だけど……俺が知る限り、この世界に魔法とかは無いからなぁ」

「でも、コレって魔法みたいよ」

「かもな。でもその本質は、魔法もこれらの技術も、実は一緒なんだよ。結局は人々が、不安無く楽をして生きる為の手段だからね」


 イアティースは首を傾げる。


「楽をして生きる為?」

「そう。俺達みたいな生き物はさ、その一生が、不安や面倒臭さとの戦いになるんだよ。楽しい事は、それらを緩和した上に成り立っているに過ぎない。イアティース達があの鏡をずっと伝え続けてきたのも、そこが理由なんだと思うしね。つまり、魔法技術も先進技術も、結局は不安を克服する為の手段でしかないってとこさ。凄いとか、凄くないはその本質ではないんだよ。だから、このスマホもそういうもんだと思っとけばいい」


 するとイアティースは、意外そうに俺を見ていたのである。


「コースケって、哲学者みたいな事を言う時もあるのね。意外だわ。でも、そういうコースケも、私は大好きよ」


 などと言いつつ、イアティースは俺の肩にしなだれかかってきたのである。

 もうなんというか、端から見ると、俺達はバカップルのように見えるに違いない。

(しかし……イアティースって最初からこんなだったっけ? まぁ不死の王を倒してからは、凄い好意的な感じではあったけど……でも、一番の要因は生命の輪だろうな。愛情のドーピング効果があるらしいから、媚薬みたいな感じになってるのかも……)

 とはいえ、やぶさかではないのも事実だ。


「嬉しい事言ってくれるね。ところで、話は変わるんだけどさ、俺達が生命の輪で繋がってるのって、他に誰か知っているの?」

「ううん、誰も知らないわよ」

「俺達だけなんだな?」

「そうよ。それがどうかした?」


 俺は少し安堵した。

 この状況を他人に知られると、悪用される懸念があるからだ。


「これさ、結構重要な事なんだけど……生命の輪で繋がっている俺達は、互いが強味でもあり、弱味でもあるんだよ。他の者に知られると、かなり不味い事態になりかねない。だから俺達も、その辺は注意しないといけないな」

「コースケの言うとおりね……確かに、知られたら大変だわ」


 イアティースは俺の言ってる事を理解したのか、少し青ざめていた。

 幾ら希望の光を繋ぎ止める為とはいえ、命の共有はかなり危険な行為なのである。


「とりあえず、誰かがいるところでは、これに関する事は口にしないようにしよう。一番の対策はそれしかないからな」

「そうね、気をつけるしかないものね……。コースケの言う通りにするわ」

「ところで、生命の輪は、王の証って昨日言ってたけど……どういう意味だ?」


 すると、イアティースは難しい顔になり、小さく唸ったのである。

 言いにくい事なのかもしれない。

 

「それが……私もよくわからないのよね。お父様が亡くなったウルの月に、私も生命の輪を継承したばかりだし」

「継承? エンギルの書で得られるんじゃないの?」


 また新たな事実が出てきたようだ。


「それが、生命の輪は違うのよ。王から王へ継承してゆく秘術なの。私が継承した時、お父様は言ってたわ。『生命の輪は、女神ニンフルと魔法の神エンギルにより、初代オルフェウス王が賜った秘術。エンギルの書では得られないモノなのだ。これは2つの神の印なのだよ。これこそが王の証なのだ』と……。だから、私の額にあるこの印こそが、オルフェウス王の証なのよ。それに、この印はオルフェウス王家の紋章でもあるからね」


 意外な事実であった。

 王位と共に継承してゆくという事は、一子相伝みたいなシステムなのだろう。

 そうなった経緯が気になるところだが、それはまた今度にしよう。


「へぇ、王の証ってそういう事なのか。て事は、イアティースの他に、王位を継承できる者はいなかったんだな」

「うん、そうよ。お父様もお母様も既に亡くなってるし、その子供は、私と妹だけだったからね。先先代の王妃だった太后様もいるけど、もう御高齢だし……」


 どうやらイアティースの両親は、既に他界してるようだ。

 実子も姉妹だけとなると、世襲の君主制国家の場合、イアティースが王位継承となるのも仕方ないところである。


「そういう経緯があったのか。そりゃイアティースも大変だな。執務では、癖のある重鎮達の相手をその若さでしなきゃならないし……」

「そうなのよ。だからコースケと出会って、やっと私の苦労がわかってくれる者が現れたって思ったんだからね。私、鏡越しだったけど、ここ最近はコースケと会うのが唯一の楽しみだったんだから……」


 イアティースはそう言って上目遣いで、俺を見るのであった。

 また小悪魔モード発動である。

 なんつーか、生命の輪がそうさせてるのかもしれない。


「俺もイアティースと会うのは楽しみだったよ。でも、不死の王が現れた時は、俺も流石に引いたけどな……」

「実は私……あの時、最後の賭けに出たのよ」

「最後の賭け?」


 イアティースは真顔で頷いた。

 冗談ではないのだろう。


「あの時、コースケがいるかどうか、私にはわからなかった。けど、もうコースケになんとかしてもらうしかないって思って……その希望を胸に、必死にあの鏡の間に逃げて来たの。そしたら偶然、貴方がいたのよ」

「え、マジで?」


 運任せではあるが、意図があって不死の王を鏡の間に連れてきたみたいだ。


「これは本当よ。でも、最後に貴方に会いたかったのも嘘ではないわ。だって私……家族以外で心許したの、コースケが初めてだったから……。コースケと話すようになってから、いつも貴方の事ばかり考えるようになってた。だからあの時……貴方が鏡から出てきて、不死の王を消滅させたのを見て、私の願いが叶ったと思ったのよ」

「願いが叶った?」


 イアティースはモジモジしながら俺を見た。


「やっとコースケに会えたってことよ。そして……やっぱり、コースケがイシュタルト様だったんだって確信できたから……」

「ああ、そういう事ね」

「だから……大好きよ、コースケ」


 そしてイアティースはギュッと俺の首に手を回し、大胆に身を寄せてきたのである。

 嬉しい愛情表現ではあるが、俺はこんな風に考えていた。

(いやぁ……生命の輪ってすげぇな。ここまで大胆に愛情ドーピングすんのかよ。昨晩といい、今といい、イアティースの性格が若干変わってるわ。鏡で面会してた時から、俺の事を気にしていたみたいだが、こんな感じじゃなかったぞ。まぁ俺もイアティースの事は好きだけども……)

 とはいえ、現実的な問題もあるので、それは確認する事にした。


「俺もイアティースの事が大好きだけど……でもいいのか? 俺は君達と種族が違うよ」

「そんなの関係ない。私はコースケが好きなの。それに、ニューフェンとアシュナは外見が少し違うだけで一緒よ。ちゃんと子供だって作れるんだから……」


 問題の本質を理解してないようなので、ストレートに問うとしよう。


「いや、そうじゃなくて……イアティースはこの国の女王だろ。他の種族と、そういう関係になるのは不味くないのか?」

「それも関係ない。女王の座はそのうち妹に譲るわ。妹はまだ12歳だから、年頃になったら継承すればいいのよ。それで、全部解決だわ」


 俺もドン引きの空前絶後の超絶理論であった。

 この倫理観無視の圧倒的積極性!

 飲まれる! 飲み込まれる! 沼! それは嵌ったら抜け出せない沼!

 生命の輪、恐るべしである。


「い、妹に禅譲するつもりなのかよ……良いのかそれで」

「良いの! そんな事より、コースケ、大好き!」

「え? ちょっ、またするの」

「そうよ」


 イアティースはまたディープキスをしてきた。

(しょうがないな……でも、可愛いから許す。この小悪魔め……)

 俺達はそこで、また熱い抱擁を交わした。

 するとその最中、イアティースは物欲しそうな目をしながら、耳元でこんな事を囁いたのである。


「ねぇ、コースケ……今は時間が無いからできないけど……今日も昨夜みたいな事をして欲しい。私、もっとコースケをたくさん感じたい……だから、してくれる?」

「陛下が御所望とあらば喜んで」――


 まるで18禁ゲームや、成人向けアニメのような展開だ。

 とまぁそんなわけで、この小悪魔によって寝不足な日々が続きそうになる、今日この頃なのであった。



   [Ⅱ]


 

 自宅で、朝食と熱い抱擁を終えた俺達は、城へと戻り、今度はイアティースの朝食へと向かった。

 そして朝食の後、俺はイアティースと共に、今度はニンフル神殿へと向かう事となったのだ。が、その際、俺は侍従長に衣服を着替えるよう言い渡されたのである。

 用意されていた衣服は、この国で着られているキトンという白い衣服と、その上から羽織る、魔法使いが着るようなフード付きの灰色のローブであった。

 ちなみにその時、侍従長は嫌味っぽく、こんな事を言ってきたのである。


「コースケ殿……其方そなたには今すぐ、この衣服に着替えて頂きたい。よって、今後は我が国で、その服装をやめて頂けぬだろうか。ここは神聖なるオルフェウスの王城。其方には、それに見合った服装をして欲しいのです。特に其方は、常に陛下と行動を共にする護衛者ですのでな。今後はそれを着て、護衛の任に付いて頂きたい。陛下の品位に関わります故……」


 まぁ要するに、『おい、田舎モン! そのわけわからん服装が目障りなんだよ。これに着替えやがれ!』て、事なのだろう。

 嫌味な言い方だが、日本には『郷に入ったら郷に従え』っていう言葉もあるので、俺はそれに従っておいた。

 というわけで俺は早速、着替えたわけだが、その姿を見たイアティースは、クスクスと笑っていたのである。


「コースケ……意外と似合ってるわよ。でも貴方じゃないみたい」

「それ、どういう意味? それに笑ってるし」

「そんなに気にしないでいいわよ。似合ってるわ、コースケ。何を着ていても、私は気にしないから」


 恐らく似合ってないのだろう。

 ほっとけってなもんである。

 そして、そんなやり取りをした後、俺達はニンフル神殿へと向かい、移動を始めたのであった。


 話は変わるが、本日も御多分に漏れず、護衛の兵士と侍従達が沢山付いてきた。

 その数、総勢20名はいただろう。

 そして、俺はそんな中、イアティースの傍らに控え、周りから奇異の目で見られ続ける事となったのだ。

 もう居心地悪いったら、ありゃしないである。

 いつまでこんな状況が続くのかわからないが、コイツ等が慣れるのを待つしかないのだろう。ガッデム!

 つーわけで、話を戻そう。


 ニンフル神殿……天と大地の女神・ニンフルを祭った神殿らしい。

 このオルフェウスで広く信仰されている女神との事だ。

 また、民に最も信仰されてる女神のようである。

 周辺の国々も、この女神の信仰が厚いようだ。

 つまり、これが、オルフェウス周辺の異世界宗教事情なのである。

 だがとはいうものの、この辺りは一神教ではなく、多神教の宗教概念のようだ。

 エンギルは水と知恵と魔法の神。ニンフルは天と大地の女神。それと、神に含んで良いのかわからないが、王家が信仰するイシュタルトは希望の光。

 現時点で俺が知っているのはこの3つだが、イアティース曰く、他にもあるとの事であった。

 日本の八百万の神々と、考え方は似ているのだろう。

 とりあえず、その辺は追々勉強していくつもりである。 

 まぁそれはさておき、そのニンフル神殿だが、オルフェウス城のすぐ隣に建っていた。

 古代ギリシャやローマのような建築様式の白く美しい神殿で、なかなか壮観な建造物であった。

 それもあり、その当時の遺跡を数多く所有する、地中海沿岸地域の国々を旅してる気分なのである。

 また、神殿正面の外壁上部中央には、Ωオメガのような大きな印が、レリーフのように彫られていた。

 もしかすると、これが女神ニンフルの紋章なのかもしれない。

 ちなみにだが、イアティースは毎日欠かさず、この神殿で朝の礼拝をしているそうだ。

 とはいえ、礼拝は朝だけらしい。

 鏡の間のように、頻繁ではないそうだ。

 まぁそんなわけで、俺が気を失っていた昨日も、ここで朝の礼拝をしていたそうである。

 で、帰ってきたら、俺は目覚めていたようだ。

 しかし、なかなか立派な神殿であった。

 ギリシャのパルテノン神殿をリアルで見ると、このくらい壮大なのかもしれない。

(天と大地の女神・ニンフルか……そういや、この間から古代シュメール神話について調べていたら、似たような名前が結構出てくるんだよな。ニンフルはニンフルサグという女神に似てるし、エンギルとかいう水と魔法の神は、古代シュメールのエンキやエンリルとかいうのに似てるし。それと、イシュタルトはイシュタルとかエシュタルに似てる。なんか、妙な繋がりを感じるんだよな。それに加えて……昨晩、イアティースが寝てしまった後、最近本屋で買ったグリム童話集を見たら、気になる話もあったしな……)

 そう……実は昨晩、イアティースが寝息を立てる中、俺は初版内容のグリム童話集を読んでいたのだ。

 ちなみに、グリム童話集を買った理由は、勿論、銀の器の所有者が出した本だからである。

 なんとなく、読んでおいた方が良さそうに思ったからだ。

(メディアス卿は昨日、煤けた悪魔と言ってたが……あれもグリム童話で似たような名前があるんだよな。悪魔と煤けた相棒とかいうタイトルの話が。まぁあくまでも、タイトルが似ているというだけかもしれないが。まぁ何れにしろ、少し頭の片隅には置いておこう……ん? 着いたか)

 そんな事を考えているうちに、俺達はニンフル神殿の入口へと到着していた。

 神殿正面には神官達が沢山並び、盛大にお出迎えをしているところであった。

 ちなみに神官は皆、古代ギリシャで着られていたという、白いトーガのような衣を身に纏っている。

 古代ギリシャの人々もこんな感じだったのかもしれない。

 まぁそれはさておき、お出迎え集団の中から、長い帽子を被った女性の神官がやってきた。

 若く美しいニューフェンの女性で、物静かな佇まいをした神官である。

 また、その神官が被る縦長の帽子にはΩオメガのような金の刺繍が入っていた。

 雰囲気的に高位の神官だろう。


「イアティース女王陛下、お待ちしておりました。さぁ、どうぞこちらへ」

「本日も宜しくお願いします、フィーネス神官長」――


 そして俺達はフィーネスという神官に案内され、ニンフル神殿の中へと足を踏み入れたのである。

 神殿内は吹き抜けの大聖堂のようになっており、静かで非情に厳かな雰囲気で満ちていた。

 中も結構広い。恐らく、学校の体育館ぐらいはあるんじゃないだろうか。

 周囲を見渡すと、天井を支える純白の巨大な丸柱が幾つか立っており、その上の天井に設けられた小さな天窓みたいな所から、薄明光線のように日の光が降り注いでいるのだ。

 それはまさに神秘的な光景であった。

 また、イアティース女王の礼拝という事もあり、中の神官達は壁際で整列し、静かに迎えてくれていた。

 その為、真ん中を進むのは我々女王の一行だけなのである。

 それから程なくして俺達は、奥にある大きな女神像の前へとやって来た。

 女神像は5m以上あり、天使のような翼を広げながら、美しく微笑む像であった。大きいので、そこそこ圧倒されたのは言うまでもない。

 まぁそれはさておき、そこで、イアティースの礼拝が厳かに執り行われるのである。

 俺はそれを少し離れたところから見守った。

 護衛の兵士や侍従達も同様だ。

 イアティースは美しく微笑む女神像の前で、静かに膝を付き、胸の前で両手を組む。

 そして、小さな声で祈りの言葉を詠唱し、静かに祈りを捧げたのである。

 それから程なくして、礼拝も終わった。

 続いて、フィーネス神官長がイアティースの前へと行き、そこで祈るように両手を組んだのである。


「これで礼拝の儀は滞りなく済みました。女神ニンフルも、陛下の願いを聞き入れ……この国を暖かく見守っておられる事でしょう。本日は誠に、ご苦労様でございました。オルフェウスに、ニンフルの加護があらん事を……」

「神官長、ありがとうございました。皆にニンフルの加護があらん事を。では我々はこれで」

「お見送りいたしましょう」――


 ニンフル神殿の外に出たところで、イアティースはもう一度、フィーネス神官長に礼を述べた。


「今日はありがとうございました、フィーネス神官長。では、また明日の朝、よろしくお願いします」

「はい、陛下。では明日、またお待ちしております」


 俺達は城の方へと足を向ける。

 だがその時である。


「お待ちください。そこのアシュナの民の方……」


 帰ろうとしたところで、フィーネス神官長が俺を呼び止めたのだ。

 イアティースや同行者達も振り返った。

 俺はとりあえず、神官長に返事をした。


「はい、何でしょうか?」


 フィーネス神官長は、そこで俺の前に来た。

 近くで見ると、この方も美しいニューフェンである事がよくわかる。

 歳は30歳前後。俺と同じくらいに見える。背丈は160cmくらいだろうか。イアティースより、少し高いといったところだ。

 また、腰の辺りまであるブロンドの長い髪を後ろで束ね、首にはΩオメガの紋章が入ったペンダントを掛けていた。

 神官というだけあり、清楚な感じの女性であった。


「もうお身体の方はよろしいのですか?」

「え? 身体ですか……」


 俺はそこでイアティースを見た。

 すると、イアティースは頷いたのである。


「フィーネス神官長に貴方を見てもらったのです。フィーネス神官長は、ニンフルの強い癒しの力を持っておいでなのですよ」


 どうやらこの方に、俺は癒しを施してもらったようだ。

 お礼を言うとしよう。


「フィーネス神官長が私を見てくださったのですね。そうとは知らず、大変ご無礼を致しました。お陰様で、身体もかなり回復したようです。その節は本当にありがとうございました」


 フィーネス神官長はクスリと微笑んだ。


「いえ、お気になさらないでください。イアティース女王陛下から直に見てほしいとお願いがあったので、私も驚いたのです。その縁で、貴方を治療させて頂きました。貴方は、女王の居室にいた不死の王・ハンズを退けたそうですね」


 するとそこで、同行者達が少しざわついたのである。


「え!? この方が、あの煤けた悪魔を退けただって……」


 ここにいる者達は知らなかったのだろう。

 昨日の午後に、イアティースがカミングアウトしたばかりなので、まだ浸透してないに違いない。


「ええ、なんとか退ける事は出来ました。ですが、私はまだ未熟故、そこで力を使い果たしてしまったのです。面目ない話ですが……」

「そう謙遜なさらずともよいです。私は貴方を治療する時、色々と貴方の身体を見させて頂きました。恐らく、貴方は……いや、やめておきましょう。今後とも、宜しくお願いしますね。希望の者よ」

「希望の者?」

「それは貴方が一番よく分かっていると思いますよ。では、また御出でください。貴方とはゆっくり話がしたいですから、また日を改めてお会いしましょう。貴方にニンフルの導きがありますように」――


 なんか釈然としない言い方だったが、俺達はそこで神殿を後にした。

 だが寝室に戻った後、俺はイアティースにこんな風に釘を刺されたのであった。


「コースケ! 神官長と会う時は私も一緒よ。絶対にコースケだけで行ったらダメだからね!」と。


 恐らく、変な誤解してるのだろう。

 嫉妬なのかもしれない。

 というわけで、俺は彼女を安心させる為に、こう答えたのであった。


「俺とイアティースは運命共同体なんだから、そんなことは出来るわけないよ。ずっと、俺とイアティースは一緒さ」と。


 そして俺達は、誰も見てないのをいいことに、また厚い抱擁を交わしたのであった。

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