vol.8 招かれざる者
[Ⅰ]
オルフェウス城に戻った俺は、イアティースと共に、一旦、鏡の間へと向かった。
道中、スマホで色々と写真を撮ったりしていたのだが、そこで時刻を見たら、もう日本は夜7時頃だったからである。
まぁそんなわけで、俺も腹が減った為、自分の部屋で飯を食う事にしたのだ。
こっちの世界で食べてもいいのだが、イアティースとは一緒に食べれないので、シャイな俺は自宅で食べることにしたのである。
なぜ一緒に食べれないのかというと、勿論理由がある。
それは、女王の身の回りを世話する侍従長の言葉であった。
侍従長曰く、イアティースの付き人である俺が、王と一緒の食卓に着くのは、非情に不味いとの事であった。
同じニューフェンの者でも、そう簡単に王と食事など出来ないのに、ぽっと出の俺が一緒に食べるという事は、周りに示しがつかないのだそうだ。
嫌味っぽくそう言われたので、俺はそれならと、向こうで飯を食べる事にしたのである。
イアティースは一応、俺と一緒に食事をしたいと食い下がったが、こんな下らない事で揉めるのもなんなので、俺から引くことにしたのだ。
まぁそんなわけで、いきなり、異世界からの慣習洗礼を受ける俺なのであった。
話は変わるが、この時点では、俺が不死の王を倒したという事実を彼等は知らない。
なぜなら、希望の光・イシュタルトの鏡の伝説は、オルフェウス王家のみ受け継いでいるので、イアティース曰わく、他の民達には全く浸透してないそうなのだ。
なので、宰相クラスの者でも知らないそうである。
それというのも、王家が極秘裏に鏡を信仰してるのが、そもそもの元凶らしく、イアティースも俺の事をどうやって説明すれば良いか、悩んでいるとの事であった。
その為、城の者達にとって俺は、現状だと、ただの付き人か、もしくは下僕程度にしか思われていないのである。
悲しい、現実というやつだ。
まぁそんなわけで、暫くの間は、イアティース以外には深く関わらない方がいいと考える、今日この頃なのであった。
つーわけで、話を戻そう。
オルフェウスで飯を食わない選択をした俺は、イアティースと共に、鏡を潜って自分の部屋へと帰ってきた。
もう俺達は運命共同体みたいなもんなので、これが当たり前になってゆくのかもしれない。
「コースケ……ごめんね。一緒に食事できなくて……」
「良いよ、別に。俺はあんまり気にしてないからさ。寧ろ、イアティースに悪い気がするんだけどね」
「え、なんで?」
「だって、わざわざ俺の食事に付き合わせるような感じだしさ。もし何だったら、イアティースは無理して、こっちに来なくてもいいよ」
するとイアティースは、頬を膨らませたのである。
「ちょっと! もしかして、私が一緒にくるのが迷惑って事なの!」
「ち、違う違う。そういう意味で言ったんじゃないって。だってさ……俺の部屋狭いし、そんな大したモテナシは出来ないからさ」
「そんな事は気にしないわよ。私はコースケの住んでる所にも興味あるんだから。それに……コースケは私専属の護衛なんだからね。私の近くにちゃんといてもらわないと……」
イアティースは少し恥ずかしそうに、上目遣いで俺を見た。
まぁなんというか、この小悪魔め! といったところである。
「イアティース専属の護衛ね……まぁ俺達、運命共同体になっちまったからなぁ……」
「ごめんね、コースケ。本当はマーシアス様に生命の輪をするつもりだったんだけど……コースケになっちゃった」
「マーシアス様ね……まぁでも、どの道、俺とそうなってたとは思うよ」
「え、どういう事?」
「実はね……信じられないような話なんだが」――
俺は叔父さんの件をイアティースに話す事にした。
すると真相を知るに従い、力が抜けたのか、イアティースはヘナヘナと床に座り込んだのである。
「な、何よそれ……お父様の聞き間違いって事なの?」
「たぶんね。だから……俺がマーシアス様というか、真島ッス様なんだよ。驚いた?」
イアティースはまた頬を膨らました。
「なんか私達、間違った話に振り回されてただけなのね。むぅ……」
「そうなるのかな。おかしな話だけどね」
「お父様の調子が良くない時期だったから、オジサンとやらも驚いたのかもね。あ、そうだ! お父様で思い出したけど、エンギルの書は見つかったの?」
俺はどう言おうか悩んだが、下手な言い訳はせず、そこで謝罪する事にした。
「ごめん……それが見つからないんだよ」
「えぇ、まだ見つからないの?」
「そうなんだよ。で、イアティースに聞きたいんだけどさ。エンギルの書って、契約の儀式をした後、力を使い果たして消滅したりとかはないの?」
イアティースは顎に手をやり、暫し思案した。
「まぁ……そういう事もあるにはあるけど。でも、あのエンギルの書は相当力を溜め込んでいたと思うのよね。結晶が渦を巻いてたし。だから……あの力を一度に全部契約するなんて、普通は……」
するとイアティースはそこで言葉を切り、俺をマジマジと見たのであった。
「よく考えたら……コースケは普通じゃないわよね。だって、イシュタルトの力を使えるんだもの。という事は、そうなのかなぁ。ちょっと、信じられないけど。それにあの時、エンギルの書はもの凄い光を放ってたものね……」
話を聞いた感じだと、どうやら消滅するパターンもあるようだ。
とはいえ、普通は徐々に力を取り込んでいくのだろう。
俺はもしかすると、例外に該当するのかもしれない。
「まぁその辺の事はよくわからないけど、何れにせよ、見つからないからな。とりあえず、もう少し探してはみるよ。見つからなかったら、ゴメンな」
「うん、もうそれでいいわよ。見つからなかったら、コースケがすべて使い切ったと考える事にするわ」
「悪いけど、そうしてくれると助かるよ。さて、それじゃあ、適当に部屋で寛いで待っててよ。今、お湯沸かすから」
「うん、じゃあ寛がせてもらうわね」
イアティースはそう言って、床にゴロンと寝転がった。
ココに来るのは今日で2度目だが、もうすでに自分の家状態である。
まぁそれはさておき、俺は蛇口を回してヤカンに水を注ぎ、コンロの火をかけた。
それからカップ麺の蓋を捲り、いつでもお湯を注げる状態にしたのである。
この一連の動作を見て、イアティースはポカンと口を開けていた。
「ん、どうしたんだ?」
「ちょっと……何よ、今の。あそこの何かを押したら、火が付いたわよ。それに、あの銀色の何かを回したら、水が出てきたし……何よそれ……」
「まぁそういうもんなんだよ。俺のところではね」
「むぅ……なんとなく、私が知らない事が行われてるのが悔しいわ。コースケ、私にもやり方教えてよ」
「まぁいいけど、後でな」――
とまぁそんなやり取りをしつつ、俺は自分の部屋でカップラーメンを食べた後、またイアティースと共に、オルフェウスへと戻ったのである。
ちなみにだが、イアティースはカップラーメンに興味を持ったみたいなので、俺は味見として彼女に少し食べさせてあげた。
すると意外な事に、イアティースの舌にあったのか、最後まで食べてしまったのだ。
イアティースはこの後、ガチの食事が控えてるので、全部は止めた方がいいと言ったのだが、食べてしまったのである。
お陰で、俺の食べる分が無くなったので、もう一度作るハメになったのだ。
イアティースの好みがよくわからないと思う、今日この頃なのであった。
[Ⅱ]
オルフェウス城に戻った俺は、イアティースの昼食に帯同する事になった。
王城のダイニングというだけあり、大きくて立派でゴージャスなテーブルでの食事であった。
他の王族も同席している。
もうなんというか、中世欧州のブルジョワ階級の食卓である。
そして俺はというと、イアティースの食事を少し離れた所で、侍女達と共に見ているだけなのであった。
しかも立ったままである。
俺は給仕じゃねぇよ! と思ったが、後の祭りである。
なもんで、非常に居心地が悪かったのは言うまでもない。
おまけに侍女達は、俺の方をチラチラ見ながらヒソヒソ話を始める始末である。
言いたい事があるならはっきり言えや! と、言いたいところであった。
とはいえ、そもそも文化や価値観も違う為、真面目に考える方がバカらしいと思い、俺は適当に流す事にしたのである。
ある意味、悟りの境地であった。
ちなみにだが、イアティースの食事はコース料理で、食前酒と前菜からはじまり、メインの肉料理やデザートといった流れのまぁよくあるスタイルのモノであった。
ただ、俺の部屋でカップ麺を食べた影響か、イアティースはそれほど食欲がない様子だった。
それもあり、最後の方は食べきれてない感じだったので、侍従長から心配されていたのである。
だから言ったのに、ってな感じだ。
そして、その食事が終わった後はというと、今度は国の重鎮が集まる会議へと、俺も同行する事になったのである。
議題は勿論、昨晩の襲撃における被害状況の把握と、不死の王関連が主題の会議であった。
まぁそんなわけで、会議が行われる部屋へ、俺はイアティースと共に行ったわけだが、案の定、またもや奇異の目に晒されるハメになったのである。
この世界にいる限り、この視線をずっと受け続ける事になるのだろう。
ウザい事この上ない話であった。
まぁそれはさておき、部屋に入ったイアティースは、侍従長に、王の席へと案内された。
俺はその後について行く。
そして、イアティースが立派な椅子に腰掛けたところで、俺は付き人らしく、後ろに控えたのである。
見たところ、王を上座にし、左右2列に長机が配置されていた。
その長机に、俺の席は用意されてないので、こうなるのも仕方ないのだ。
俺は招かれざる客だからである。
それから程なくして、全員が席に着き、会議は厳かに執り行われた。
会議の進行は宰相であるアラム卿が仕切っていた。
その手腕を見ていたが、流石に人や議題を捌くのが上手い。
イアティースの言う通り、優秀な宰相なのだろう。
だがそんな宰相も、少し対応に困る場面もあったのである。
それは何かというと、イアティースが不死の王・ハンズを倒したのは俺だと、皆の前でカミングアウトしたからだ。
その時ばかりは俺も強烈な洗礼を受ける事となったので、ここで少しそれを紹介するとしよう。
これだ――
「ここにいるコースケ殿が、不死の王に襲われ、窮地にいた私を救ってくださったのです。そればかりか、不死の王を倒してくれたのですよ。これは本当の話なのです!」
次の瞬間、この場にいる者達は皆、信じられないモノを見るかのように、大きく目を見開き、俺を凝視していた。
だが程なくして、メディアス卿と呼ばれた小太りなオッサンが、不貞不貞しく、話に入ってきたのであった。
「陛下……私には信じられませぬな。あの悪名高い不死の王が死んだとは、とても思えませぬ。あの煤けた悪魔が、そう易々と死ぬであろうか? 奴は隣国を滅ぼすほどの強大な悪魔なのだぞ。私は俄かには信じられぬな。特に……そこのアシュナの民風情が倒したなどとはな。イアティース女王はまだ若い。奴の襲撃で緊張され、幻でも見ていたのではないですかな」
メディアス卿というオッサンはそう言って、バカにするかのように鼻で笑った。
流石の俺もちょっとイラッときたくらいだ。
イアティースの苦労が少しわかった気がした。
こんな奴等の相手をしていたら、そりゃ嫌になってくるだろう。
とはいえ、実際に見たわけではないので、信じろというのも無理な話かもしれない。
だが、このオッサンの言葉で気になる単語があったので、俺はそっちの方が引っ掛かっていたのであった。
(煤けた悪魔……なんかすごい昔、そういう御伽話があったような……何だったっけ? う~ん、思い出せん。ん?)
するとその時であった。
イアティースが勢いよく立ち上がったのである。
「メディアス卿! 私の事はともかく、不死の王を倒したコースケ殿の事まで、そのように蔑むなんて! 貴方には我が国の民としての敬意はないのですかッ!」
「女王陛下……こんなマヌケそうな奴が、あの煤けた悪魔を倒せるわけがないだろう。大体、我が国の行く末を決めるこの集まりに、アシュナの民風情がいること事態、我等には腹立たしいのだよ! なぁそうであろう、皆の者?」
はい、パワハラ頂戴しました。
確かお前、メディアス卿っていったな。
機会があったらシバいてやるから覚悟しとけや! と、言ってやりたい気分であった。
イアティースはメディアス卿を睨みつけ、歯を喰いしばりながら、握り拳を作っている。
ブチ切れる一歩手前のような雰囲気であった。
おまけに、メディアス卿の煽りもあり、この場は少しざわつき始めていた。
だがその時であった。
アラム卿が睨みを効かせ、勢いよく立ち上がったのである。
「メディアス卿! 陛下の御前ですぞ! 口を慎み給え! 貴公はそれでも、我が国の大臣か! 他の者も無駄口は慎むがよい!」
アラム卿の叱責により、場は静まり返った。
なかなかの貫禄であった。
さすが、宰相である。
アラム卿は咳払いをすると話を続けた。
「オホン……失礼した。各々方……昨晩の襲撃で大変だったのはわかるが、この集まりは冷静にお願いしたい」
「しかしですな……アラム卿、この場は我等ニューフェンの集まりだ。そこに……ン?」
するとそこで1人の男が立ち上がったのである。
それは白い法衣に身を包む、若い男であった。年齢は30代くらいだろうか。
顔立ちも美しく、美丈夫といった感じである。
ブロンドの長い髪をワンレンにしており、頭にはサークレットのような細い輪をしていた。
痩せ型だが、中性的な部類のイケメン男であった。
「メディアス卿……確証がないから信じられないのでしょう。なら、示してもらえばよいのでは?」
「おお、アレウス殿。確かに其方の言う通りだ。して、それはどうやるのかね」
「この御方が不死の王・ハンズを滅ぼせるほどの力があるのならば、それを示してもらえばよいのです。このようにね……」
すると次の瞬間、俺の脳内に警告のようなモノが感じられたのである。
それは俺の斜め後方からであった。
俺は即座に振り返る。
すると、俺に向かい、一本の槍が目の前に迫っていたのである。
俺は右手を伸ばしてエンギルの力を使い、その槍を押し返し、強引に壁に叩きつけた。
間一髪であった。
背中に嫌な汗をかいたのは言うまでもない。
(あ、危ねぇな……まさか、槍で襲われるとは……イアの術を訓練しといて良かったよ。でも、なぜこんな真似をするんだ……頭おかしいのか、あのワンレン男……ン?)
その直後、なぜか歓声が上がった。
「おお! 主席宮廷魔導師の力を強引に跳ね退けたぞ! なんて奴だ……」
するとそこで、アレウスという男は笑みを浮かべながら、俺に拍手をしたのである。
「素晴らしい……良く反応できましたね。いざという時は止めるつもりでしたが、その必要はなかったみたいです。どうです、メディアス卿? 彼を信じてみては?」
「う、うむ……まぁ貴公がそこまで言うのならな」
メディアス卿は渋々といった感じだが、少しは納得したようだ。
だが、俺はアレウスという男に、なぜか違和感を憶えたのである。
(コイツ……なんで……)
するとそこで、アレウスという男は俺に向かい、軽く会釈をしてきた。
「コースケ殿と仰いましたかな? 紹介が遅れましたが、私はこの国の宮廷魔導師を取り仕切るアレウス・オルガ・ヴァンハールという者です。失礼な真似をした事をお詫び申し上げる。だが、我が国はニューフェンの国ゆえ、他の種族の者に対し、まだ慣れぬところがあるのです。こうでもせねば、皆は納得出来ぬのですよ。どうかそこは御容赦頂きたい」
俺もとりあえず、何か言っておくとしよう。
「アレウス樣、恐縮です。突然の事で私も驚きましたが、この国にも色々と事情があるかと存じます。私も同じ立場だったならば、心中は穏やかでなかったかもしれません。ですので、今後はそういった事も踏まえ、私も行動するつもりです。私もこちらの風習や慣習がわからない為、至らぬ事もあろうかと思いますが、何卒、御容赦のほどを……」
アレウスという男は俺に笑みを返した。
「コースケ殿、そう言って頂けるとありがたい。ではこれからも、よろしくお願いしますよ。アラム卿、続けましょうか」
「うむ」――
そして、この国の重鎮達による会議はこの後も少し紛糾しつつ、続いたのである。
これ、生命の輪を施された日の話なんですね。
濃密過ぎる異世界の1日でした。
もうお腹一杯です。
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