vol.7 石像の怪
[Ⅰ]
天使が舞い降りる園。
それは、辺り一面に白く美しい花が咲き誇る、オルフェウス城の東側にある壮大な花の園の名前だ。
ちなみに、そこに咲いている白い花はマーガレットのような感じであった。
とはいえ、俺はこの花の名前を知らないので、あくまでもそういう風に見えただけである。
というか、正直、今の俺には花の事など、どうでもいい事であった。
色々と頭の痛い展開が続くからである。
まぁそれはさておき、俺は今、イアティースと共に、それらの花々に囲まれながら、大地に腰を下ろしているところだ。
2人共、元気なく体操座りである。
そして俺は今、エンギルの未来予知について、イアティースに質問をしているところであった。
「私も詳しくは知らないけど……聞いた話だと、エンギルの力は時に未来を見せてくれる時もあるそうよ。でも、見ようと思っても、なかなかそうはいかないみたい。熟練の者でも、ある時突然、天からの警告のように降りてくるって話だから。それと、中には、夢という形で見る者もいると聞いた事があるわ。私はそんな夢を見た事なんてないけどね。で、それがどうかしたの?」
俺はこの話を聞き、少し落胆していた。
なぜなら、エンギルの契りをした時に、俺は夢の警告を受けていた事になるからだ。
そう、夢である。
俺はあの時、未来の夢をまさに垣間見ていたのだ。
しかし、それが何を意味するのか、その時の俺には知る由もないのであった。
非情に残念な予知夢である。
というか、あの程度のちょい見の未来では、その全容を知るのは不可能と言えよう。
つまり、結果はどの道、同じだったという事だ。
俺は花園で体操座りをしながら、そんな事を考えつつ、大きく溜め息を吐いたのであった。
「コースケ……ごめんね。騙すような事をして。でも……私にはこうするしか方法がなかった。だって私……女王だけど、何もできないんだもの。私だけが唯一使えるのは、さっきの生命の輪だけなのよ……」
エンギルの秘術・生命の輪……生死を一蓮托生とする呪いの魔法である。
なぜこの魔法が王の証となるのか? この時の俺には意味不明だった。
だが、後でよくよく考えてみたら、この秘術を王の証とする深い理由が見えてくるのだ。
それは即ち、異世界から来る希望の光・イシュタルトを繋ぎ止める、唯一の方法と考えられるからである。
全く持って迷惑極まりない話だが、このオルフェウス王家は代々、その宿命を負ってきたという事なのかもしれない。
そして俺は今、その鎖に繋がれてしまったという事なのだろう。
何たる不覚である。
(しかし、イアティースにまさか、一蓮托生の呪いをかけられてしまうとはなぁ……迂闊だったよ。おまけにさっき、この呪いを解く方法があるのかどうかを聞いたら、知らないと言ってたしな。本当なんだろうか? まぁ何れにせよ、知っていたとしても、そう簡単に口は割らないだろうな。諦めるしかないか……)
生命の輪……なかなか怖い秘術である。
俺はこの先、死にたくなければ、イアティースをずっと守り続けなければならないのだ。
しかもこの世界、俺が住んでいる所と違い、死の確立が異様に高いのである。
これは非常に、由々しき事態といえるだろう。
ディープキスの代償恐るべしであった。
惜しむらくは、あの夢の警告をもっとちゃんと理解できていたらな、というところだろうか。
「未来を見る力……本当にあるのかもな。しかし、その未来の結末までは見えないようだ」
「え? 突然どうしたの? それに、未来って……もしかして、さっきの話の続き?」
俺は頭を振った。
「いや、何でもないよ。結局、後の祭りだしな」
「コースケ、本当にごめんなさい。でも、私……こんな力しかないんだもの。それに、コースケがいないと私達……本当にごめんね」
イアティースは悲しげに目を潤ませ、俺を見ている。
そして、そんな悲壮感漂うイアティースを見ていたら、俺も可哀想になってきたのであった。
感傷に浸りやすい性格なので、俺も情に
俺はそこで彼女の肩に手をやり、思わず抱き寄せてしまった。
何でかって? 抱き締めたくなったからだ。
下心は少しあるが、女子の涙は苦手なのである。
「え……コースケ、急にどうしたの?」
勢い余って抱き寄せたが、もうこうなったら仕方がない。
変な呪いをかけられた代償として、少しはご褒美を頂くとしよう。
俺には、そのくらいの権利がある筈だ。
それで手打ちにしてやる。
つーわけで、ミッション開始である。
「わかったよ、イアティース。泣かないで。でも1つだけ、お願いがあるんだが、良いかな?」
「お願い? 何?」
「目を閉じてくれるかい?」
「え? うん、わかったわ」
イアティースは俺の言葉に従い、ゆっくりと瞼を閉じた。
そして俺は、実行に移したのである。
俺はイアティースの唇に向かい、もう一度、自分の唇を重ねたのだ。
そして、花の園へと優しく押し倒し、舌を深く絡ませたのである。
イアティースは驚いたのか、目を大きく見開いた。
しかし、抵抗はしなかった。
俺の行為を受け入れたのか、また目を閉じて、暫しディープキスに身を任せたのである。
というか、寧ろ、イアティースの方からグイグイ来たくらいであった。
イアティースは俺のうなじに手を回し、強く抱き締めてきたからだ。
彼女の意外な一面であった。
俺達は暫しの間、そんな感じで互いに触れ合った。
そして、そんな行為を1分程度続けた後、俺はイアティースから口づけを解いたのである。
イアティースは、トロンとした目で俺を見ていた。
結構気持ち良かったのかもしれない。
というか、俺は気持ち良かったです。はい。
そして俺は、感謝の気持ちを込めて、宙に『心』を描いたのであった。
ごっつぁんデス! ってな感じだ。
「え……コースケ……どうしたの? もう終わりなの?」
イアティースが名残り惜しそうに言うので、俺の股間は破裂しそうなっていた。
その影響か、俺は無性に、イアティースの胸へ手を……いや、一通りの行為をやりたい衝動に駆られたのだ。
だが、今はやめておくことにした。
イアティースは女王なので、俺も後が怖いからだ。
外交問題に発展しそうなので、今はここまでにしておきたいのである。
まだ暗黒面に身を委ねるわけにはいかないのだ。
しかし……イアティース、なかなか小悪魔成分が強いようだ。
気を付けるとしよう。
「もう終わりなの? って……なんだ、もっとしたかったのか?」
「いや……そ、そういうわけじゃ……」
イアティースは恥ずかしそうに目を逸らした。
「今のは仕返しだよ。これでおあいこだな」
「え、仕返し?」
「ああ、仕返しさ。イアティースが、俺に凄い秘術を使ったからね」
「ごめんね、コースケ……」
イアティースはそう言って、また表情を落としたのである。
俺はそんなイアティースの頬を優しく撫でてやった。
「もう良いよ。まぁそれはともかく……これからもよろしくな、イアティース。俺はこれから君を守るとするよ。まだ死にたくないしな。どこまでできるかは、わからないが……まぁよろしく頼むよ」
俺はイアティースに和解の手を差し伸べた。
するとイアティースは目を潤ませながら、俺の手を取ったのである。
そして、その直後、イアティースは俺の胸に顔を埋め、暫し泣き続けたのであった。
[Ⅱ]
花園にて色々とあった後、俺はイアティースと共に、オルフェウス城にある王の執務室へとやってきた。
それは謁見の間の裏にあり、そこには何名かの者達が慌ただしく動いていた。
イアティース曰く、ここにいるのは王の補佐をする者や護衛の近衛兵士達だそうだ。
ちなみにだが、騎士や兵士など束ねる軍部は別の場所にて執務を行っているとの事である。
まぁそれはさておき、執務室は結構広かった。
床面積も50平米は優にあるだろう。
床にはフカフカの赤い絨毯が敷かれ、その上には厳かな紋様が彫り込まれた机や椅子が幾つも並んでいた。
また、それらの机には十数名程のニューフェン達が席につき、今は書類らしきモノを広げながら業務を行っているところであった。
それと、別の一画では、金や銀の鎧を纏った兵士達が静かに佇んでいた。
恐らく、彼等が近衛兵士なのだろう。
そして、俺はそんな執務室に入った途端、奇異の目で見られる事になったのである。
まぁ予想通りの痛い視線であった。
俺だけ種族が違うので仕方ないが、この視線はあまり嬉しいモノではなかった。
偏見や差別的なモノは覚悟しといたほうが良さそうである。
それはさておき、俺達が執務室に足を踏み入れると、年配のニューフェンがイアティースの前へとやってきた。
痩せ型の中年男で、紺のローブを纏い、頭頂部にはキッパのような帽子を被っている。
また、ローブの上から、オレンジと金の刺繍で彩られたショールのような布を袈裟のように肩に掛けていたのである。
ここにいる者達の中で、一際、高貴な佇まいをしてるので、相当上の位の者に違いない。
「女王陛下、お待ちしておりました。用事は済まれましたかな?」
男はそう言って俺をチラリと見た。
「アラム卿、ご苦労でした。用事は無事終える事ができました」
「それは何よりです。それはともかく、女王陛下……早速ですが、お伝えせねばならぬ事がございます」
「何でしょうか?」
「先程、へリオス将軍が来られまして、言伝を賜っているのです」
「ヘリオス将軍が?」
「はい。陛下が戻られたら、至急、城塞の北門に来て欲しいとの事でした。どうやら、不死の王に関する何かが、そこにあるとの事のようです」
イアティースはそこで俺に視線を向けた。
不安そうな目をしてるので、多分、付いてきて欲しいのだろう。
俺は頷いておいた。
「わかりました。では、早速、赴くとしましょう」
「では護衛の用意を」
男はそう言うと、部屋の一角にいる兵士達に視線を向けた。
兵士達はこちらへとやって来る。
そして俺とイアティースは、それらの護衛と共に、城塞の北門とやらへ移動する事となったのである。
[Ⅲ]
俺とイアティースは馬に跨る護衛と共に、ブルジョワな馬車で現場へと向かった。
ちなみにだが、馬車に乗っているのは俺とイアティースだけである。
それもあり、俺達は結構気楽に話ができる環境であった。
まぁそんなわけで、俺はイアティースから色々聞いたのだが、オルフェウスの王都は城塞に囲われた街との事であった。
四角い城塞で囲われているそうで、中は王城付近の区画と庶民の区画で分けられているらしい。
で、俺達は今、その庶民の区画にある城塞の北門へと向かっているのであった。
オルフェウス城を出ると、そこは城下町となっていた。
どれもこれも石造りの家ばかりで、箱のような四角い平屋の建物が多い。
2階建ての建造物もあるにはあるが、やや少ない感じだ。
ただ、この城下町は庶民が住まう区域なのか、少し小汚い雰囲気のところであった。
建物の外壁も結構色褪せている上に、道も少し埃っぽい。
また、そこに住まう者達の衣服も、オルフェウス城付近の区画にいる者達と比べると、やや野暮ったい感じなのである。
だが活気はあった。そこに住まうニューフェン達は、有事の後にも関わらず、忙しそうに動いているのだ。
ただ、道路は石畳ではあるのだが、綺麗に整備されてないのもあり、ガタガタなのがイマイチなところであった。
お陰で、馬車が結構揺れるのである。
とはいえ、水は豊富なのか、生活水路などはそこそこ綺麗に整備はされていた。
至る所にお堀のような池や、石を彫って作られた水路が張り巡らされているのである。
なんとなくだが、水の都といった肩書が似合う所であった。
「へぇ、なかなか活気があって、良い城下町だね。あんな事があった後なのに……」
「そうね。私もつい最近、城下町に来たけど、皆、たくましいわよ。でも……今回の不死の王の襲撃で、民に犠牲が出たと聞いたわ。もっと私がしっかりしていたら、防げたのかも……」
「ゴメン、そういうつもりで言ったんじゃないよ」
「でも……私はこの国の女王だから、どうしてもそう考えてしまうのよ」
イアティースは目尻を下げた。
責任感が強い故に、思い詰めてしまうのだろう。
話題を変えるとしよう。
「あ、そうそう、さっき執務室で応対してたのって誰なんだい? アラム卿と言ってたけど」
「彼はこの国の宰相です。私の補佐をする最高責任者よ」
「なるほど、宰相か。じゃあ、この国の重鎮てやつだね」
「ええ。彼は優秀よ。私は苦手なんだけどね……でも、彼がいないと、この国は回らないでしょうね。父の代からずっと携わってくれているので、この国の事を一番知っているのはアラム卿なのよ」
「ふぅん、父の代からか……なるほどね」――
それから暫く進み、城塞の北門へと俺達は到着した。
城塞は石積みで、高さが10メートルくらいあるので、その威圧感に圧倒されたのは言うまでもない。
たぶんだが、この北の城塞は200mくらいの長さがあるように見える。かなり大きな城塞である。
また、城塞の北門はアーチ状になっており、その付近には兵士の詰所みたいなモノがあった。
そして、そこには今、沢山の兵士が警戒にあたっており、物々しい雰囲気となっているのである。
俺達はそこで馬車を降りた。
すると、門の前で屯している兵士の中から、金色の高貴な鎧に身を包む者が現れ、俺達の前へとやって来たのである。
年齢は30代くらいだろうか。
ブロンドの長い髪を後ろで束ね、口や顎には沢山の髭を蓄えていた。
筋骨隆々で腕も太い。
腰には長い西洋風の剣を帯びている。
将軍というだけあり、武将のような感じであった。
その所為か、耳は尖っているものの、エルフっぽい雰囲気は皆無であった。
ニューフェンには、こういう猛者もいるみたいである。
「女王陛下、お待ちしておりました」
「ヘリオス将軍、何があったのですか? 至急、こちらに来てほしいとの事でしたが」
「陛下、とりあえず、こちらへ……」
神妙な面持ちで将軍は、イアティースを門に案内した。
そして、護衛の兵士と俺は、それに続いたのである。
程なくして、俺達は門の前へとやって来た。
だがそこで、異様な光景が俺達を待ち受けていたのである。
なぜなら、奇妙な石像が幾つもそこにあったからだ。
その石像は、ニューフェンの兵士と化け物達であった。
しかもそれらは、物凄く躍動感があった。
大きなトカゲの化け物に剣を振るう者や、骸骨の兵士と戦う者、頭が二つあるライオンのような猛獣と戦う者等々、それらはまるで生きたまま石像と化したかのような感じだったのである。
俺はそれを見るなり、少し恐怖した。
ファンタジーな世界でならば、こういう現象はあり得る事だからだ。
「陛下、この石像……実は昨晩の襲撃の際には無かったそうなのです。誰がここに、このような石像を置いたのか? それがわかりませぬ。しかも、この石像の兵士の鎧を見ると、どうやら隣国の兵士のようなのです。この石像をどうすべきか、それを陛下にご相談したく、今日は来て頂いたのですよ」
石像を見たイアティースは、息を飲み、俺に視線を向けた。
何も言ってないが、『どうしよう、コースケ?』という言葉が聞こえてきそうな表情であった。
とはいえ、俺はどうしていいかわからないので、とりあえず、頭を振ったのである。
「ヘリオス将軍……何れにしろ、ここにあっては通行の妨げになります。一旦、移動をさせてください」
「城塞の中へですかな? 先程、主席宮廷魔導師のアレウス様とメディアス卿にお見せしたところ、精巧にできた石像なので、城の中へ運んではどうかと仰っておられたが、私はどうしたものかと思いましてな。特にメディアス卿は自分の執務室に飾りたいと言っておられたが……」
ヘリオス将軍はあまり気が進まないのか、首を傾げていた。
「そうですか。彼等がそういうのなら、そうしましょう。運べますか?」
「イアの術を使えば、恐らく行けるでしょう」
「では将軍、それでお願いします」
「畏まりました。では、そのように手配いたしましょう」――
俺はこの時、言いようのない胸騒ぎがしていた。
それはある懸念があったからだ。
(ええ、それを城に運ぶのかよ………なんか嫌な予感がすんだよな。というか、嫌な予感しかしない。トロイア戦争の時にあったという、トロイの木馬みたいな事にならなきゃいいけど……)
とはいえ、何の確証もないので、俺はこの件に対してあまり迂闊な事は言えなかった。
まぁそんなわけで、少し釈然としないまま、俺達はまたオルフェウス城へと戻ったのである。
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