vol.5 不死の王
[Ⅰ]
銀の器を相続してから、もう2週間ほど経過した。
俺はあれから、イアティースと1日3回会う生活を続けているところだ。
ちなみに、俺はまだ無職を継続中である。
本当は働いたほうが良いのだが、まだ前の会社でのゴタゴタを引きずっている上に、預金が3600万ほどあるので、少し余裕もあるからである。
とはいえ、いつまでもこのままでいるつもりはない。
預金も限りはあるので、暫くしたら仕事は探す予定である。
まぁとりあえずは、叔父さんの事務所にでも厄介になろうかと思っていたりするところであった。
というか、あれからというもの、叔父さんから『手伝いに来いよ』というSNSが頻繁に来るのである。
なので、ちょっと根負けしてきている部分もあったりするのだ。
とはいえ、まだ悩んでいるところなので、確定ではない。
それに加えて、片付けないといけない問題もあるからだ。
なぜなら、仕事をするとなると、1日3回の面会は厳しくなってくるので、イアティースにも相談しないといけないからである。
おまけに、ここから通うような距離じゃないので、住まいの事も考えないといけないからだ。
というわけで、今はまだ二の足を踏んでいるところなのである。
だが、何れは結論をださないといけないだろう。
こんな生活をいつまでも続けるわけにはいかないからだ。
俺もそこはわかっているのである。
とはいうものの、俺も今は他の事に集中しているので、それは後回しであった。
「まぁ仕事の事はボチボチ考えるとするか。それよりも、今はこっちの訓練だな……エンギルの力の……」
そう、俺は今、魔法の訓練をしている最中なのである。
ちなみに、動きやすいTシャツとカーゴパンツで特訓中であった。
ここ最近、イアティースから色々とエンギルの力の事を教わったりしてるので、その特訓を俺はしているのだ。
その甲斐もあって、遥か彼方の銀河系の騎士の如く、イメージ通りに物体を動かす事は可能になっていた。
前回のように、俺に衝突するようなミスもなく、かなり精密に制御できるようになってきているので、嬉しい限りである。
但し、この超能力みたいな力は制限があって、自分を中心にして半径10mくらいの範囲しか影響を与えれないのだ。
イアティース曰く、これは未熟だろうが、熟練の者だろうが、同じらしい。
それに加えて、距離が遠くなるほど、動かせる物体は軽くなってゆくのである。
これは俺も実際に試してみたら、本当にその通りであった。
重いモノを動かせるのは、精々、半径2mくらいなのである。
それも、自分の体重の2倍くらいが限界なのであった。
まぁそんなわけで、なんでもかんでも動かしたりできるという魔法ではないのだ。
とはいうものの、自分の体重の2倍くらいのモノを操れるというのは、かなり便利で魅力的な魔法と言えるだろう。
俺もここまで使えるようになると、毎日がウキウキしてくるのである。
あの有名なセリフ「May the F○rce be with you」を言ってみたいくらいであった。
と、まぁそんなアホな事はさておき、今は訓練である。
ちなみにだが、今、俺の掌の上では、林檎とみかん、そして500mlのペットボトル飲料がプカプカと浮いている。
これはオルフェウスの宮廷魔導師もやっている意思とイメージの修練だそうだ。が、普通は1つのところを俺は3つの物体に対して、イアの術を行っているのである。
イアティース曰く、コレはかなり高度な事らしい。
それもあり、イアティースは俺の上達ぶりを見て、ここ最近はドン引きする事も少なくないのである。
イアティースはこんな事を言っていた。
「なんでコースケは、そんな風に、はやから複数の物を操れるのよ……そんな事出来るのオルフェウスの宮廷魔導師でも、そんなにいないわよ。私より、凄くなってるじゃない……」と。
以上の事からもわかる通り、複数の物体を同時に操るという事は、オルフェウスでもかなり難しい部類に入るそうなのだ。
なので、自分で考案した修行をしておいてなんだが、俺はかなりイアの術を習得できているみたいなのであった。
だがここで1つ注意しなけらばならない事がある。
それは何かというと、このエンギルの力の源は、即ち水という事である。
そう、水なのだ。エンギルの印を持つ者は、体内の水分を消費して魔法を扱えるようになるのである。
お陰で、当初、俺はそれを甘く見ていたが故に、一時的に軽い脱水症状に見舞われてしまったのだ。
その時、イアティースはこう言っていた。
「エンギルの力は便利だけど、多用すると死ぬ時もあるの。あまり使い過ぎると命を縮めるわよ。だからコースケも、ちゃんと水を飲んで訓練しないとね」と。
これはつまり、魔法の行使し過ぎは、脱水による多臓器不全を意味しているのである。
初めて知る恐ろしい事実であった。
その為、俺はそういう悲劇を避けるべく、ここ最近は常に、経口補水液を備蓄しながら、エンギルの力の特訓を続けているのである。
なので、俺の部屋には経口補水液の買い置きが沢山あるのだ。
この間、ドラッグストアで箱買いしてきたからである。
その数、約70本。命に係わるので、用心に越した事はないからだ。
まぁそれはさておき、時計を見ると午後10時となっていた。
後、1時間くらいすると、イアティースの夕食前の礼拝時間である。
実を言うと、夜中に起きるのは辛いので、1日の最後の面会は、この時間帯にしてもらったのだ。
というわけで、俺はそろそろ魔法の訓練を終える事にした。
「フゥ……さて、今夜はこの辺にしておくかな。とりあえず、イアティースが来る前にシャワーくらい浴びとくか。っと、その前に水分補給しとこう。今日も良い感じで疲れたしな」
俺はイアの術を解き、経口補水液を飲んだ。
なんせ、魔法行使後の疲労感が凄いのである。
おまけに、なぜか筋肉痛も結構起きるのであった。
実を言うと、俺は魔法というモノを楽に考えていた。
ゲームの影響か、魔法使いというと、力の弱い者がする職業という妙な先入観があったからである。
しかし、ここ最近は、その先入観を覆される毎日なのであった。
(……にしても、まさか、ここまで肉体に疲労が蓄積するとはな。とはいえ、最初は筋肉痛も凄かったけど、最近はそうでもなくなってきたかもな。これも訓練のお陰か。身体も魔法に慣れてきたんだろう。そういや、イアティースは俺の魔法の上達ぶりに目を丸くしてたしな。俺って意外と才能あるんかも。まぁそれはともかく、イアティースで思い出したけど……ここ最近、ちょっと元気ないんだよな、イアティース。オルフェウスの領内に、とうとう不死の王の軍勢が現れたとか、昨日言ってたが……大丈夫なんだろうか? まぁかといって、俺にできる事なんて何もないかもしれないけど……ン?)
すると、その時であった。
水鏡に映っている部屋の奥の扉が勢いよく開き、イアティースが雪崩れ込むように入って来たのである。
「ん? イアティースじゃないか。どうしたんだ?」
しかし、いつもと違い、様子が変であった。
なぜなら、イアティースの着ている純白のローブが所々薄汚れていたからだ。
それだけではない。イアティースは部屋に入るや否や、扉の鍵を閉め、逃げるようにこちらへと駆けてきたからである。
イアティースは息も荒く、顔面蒼白であり、命からがら逃げてきたという感じであった。
しかも、目は潤んでおり、頬に少し汚れと掠り傷があったのだ。
不測の事態が起きたとみて、まず間違いないだろう。
「おい、どうしたんだ、イアティース! その傷に汚れ……一体、なにがあった?」
するとイアティースは、崩れ落ちるように両膝を着いて身体を震わせ、大粒の涙を流したのであった。
「もう、もう……終わりよ。私達……もう……これでもう終わりだわ……」
「もう終わり? どういう事だよ、イアティース」
「コースケ……もうオルフェウス城は、不死の王の軍勢によって……陥落寸前なの。よかった……最後にコースケに会えて……。でも……もう、お別れね。私……ちょっとの間だったけど……貴方と話せて楽しかった。ありがとう」
イアティースはそう言って、目を潤ませ、俺に向かい無邪気に微笑んだ。
それは俺にとって、胸が苦しくなる笑顔であった。
どうやら最悪な事態が、オルフェウスに襲い掛かっているようだ。
「イアティース……」
何も出来ない自分が、ただただ歯痒かった。
(こういう時……どういう風に声かけりゃいいんだよ。俺は良いのか、これで……。このまま、この子を見殺しにするのか……俺は! クソッ! ン?)
すると、その直後であった。
「な!? 扉が燃えた……」
なんと、イアティースが入ってきた奥の扉が、真っ赤に燃え上がったのである。
熱された鉄の如く、扉は紅蓮の炎で燃え上がり、崩れ落ちていった。
そして、扉の向こうが露となったのである。
(何かいる……得体の知れない何かが……)
崩れ落ちた扉の向こうには、漆黒のローブを纏った不気味な存在が、静かに仁王立ちしていた。
それは明らかに異様な存在であった。
なぜなら、明らかに人ではなかったからである。
中に人がいるような漆黒のローブ姿だが、頭部には、真っ黒で歪な形のフルフェイスの兜を被り、袖から出た手首はミイラのように干からびていた。
それだけではない。その全身からは、黒い炎を思わせる禍々しいオーラが、メラメラと立ち昇っていたのだ。
それはまるで、いつか見た指輪物語の映画に出てきた、指輪の幽鬼・ナズグルの首領を思わせる化け物であった。
「な、何だよ、あれは……」
「あれが……不死の王・ハンズよ。隣国を滅ぼした悪魔だわ……ごめんね、コースケ。あんなのを連れてきて……でも、最後に貴方に会いたかった」
「不死の王・ハンズ……」
俺はこの化け物の恐ろしい姿を見て、息を飲み、立ち尽くしていた。
当然である。こっちの世界では、創作物以外で見る事などない化け物だからだ。
不死の王と呼ばれる化け物は、こちらへとゆっくり近づいてきた。
すると程なくして、地の底から響くような、おどろおどろしい声が聞こえてきたのである。
「オルフェウスの女王……イアティースだな。我が主の御命令だ。オルフェウスの血族は消えてもらおう……その魂と共に、永遠にな……」
化け物はイアティースに右掌を向けた。
(不味い……殺す気だ。イアティースの死ぬところなんか見たくねぇよ! チッ、仕方ない……)
俺はとりあえず、奴の注意をこちらに向ける事にした。
「おい、不死の王とやら! お前、一体何者だよ! いきなり現れて、わけのわからん事を言いやがって!」
「鏡? フン、鏡に映る亡霊か。失せるがよい!」
するとその直後、奴の右手から赤く光る何かが、俺に向かって発せられたのである。
イアティースの悲鳴が響き渡った。
「キャァァ! コースケ!」
ソレはこちらに来るなり、轟音を上げながら弾ける。
そして、水鏡の中は炎に包まれたのである。
だが、それだけであった。
俺には何の被害もない。
やはり向こうからは、こちら側に影響を及ぼす事ができないのだろう。
「何ィ……鏡は無傷だと。何だこの鏡は……」
どうやら向こうの鏡も、奴の攻撃を耐え凌いだみたいだ。
しかし、状況は変わらない。
「おのれ、ならばもう一度だ! 失せろッ!」
不死の王は、先程と同じ攻撃をこちらに向かって放ってきた。
するとその時であった。
俺の右掌が疼きだし、そこで頭痛が起きたのである。
その直後、奇妙な光景が頭の中でフラッシュバックしたのだ。
それは、どこかの小さな泉に沈む、銀の器の光景であった。
(クッ……突然、何だよ、この頭痛は。おまけに、なんでこんな光景が見える。泉……泉に沈む、銀の器……なんだこれは。俺の中の何かが、こうしろと言ってるのか……チッ)
頭痛は更に激しさを増した。
それは何かを警告しているかのようであった。
そして、そのあまりの痛さに耐え兼ね、俺は額を押さえて片膝を付いたのである。
(イタタタ……チッ、こういう風にしろという事か……仕方ない……)
俺はとりあえず、脳裏に浮かんできた光景に従う事にした。
銀の器を抱え、俺は風呂場に向かった。
それから蛇口全開で湯船に水を張り、銀の器をそこにいれたのである。
すると思った通りの現象が現れた。
湯船全体が水鏡となったのである。
水鏡には、奴の魔法攻撃による紅蓮の炎が、一面に映り込んでいた。
(さっきのフラッシュバックは……ここから向こうの世界に行けという暗示なのか? しかし、行ってどうなる。俺に一体、何が出来るというんだ……)
紅蓮の炎は、程なく消えていった。
そして、不死の王と怯えるイアティースの姿が、水鏡に映し出されたのである。
「無傷だと……なぜ、燃え尽きない! グッ……まぁいい、後だ。まずは、この女を始末するのが先……」
不死の王は怯えるイアティースに向かい、掌を向けた。
万事休すである。
俺はこの時の行動を今でも不思議に思っている。
なぜなら、無意識に次の行動をしていたからだ。
なんと、この時の俺は、湯船に頭から飛び込んでいたのである。
そして俺は、向こうの世界へと足を踏み入れる事となったのだ。
この突然の展開に、不死の王は手を止めた。
「なッ!? 貴様、どうやってここに!」
「え、コースケ……どうして」
俺は挨拶とばかりに、思いっきり訓練した魔法の力をお見舞いしてやった。
右手を伸ばし、出力全開で不死の王を突き飛ばしたのである。
その刹那、不死の王は物凄い勢いで奥の壁に激突した。
しかし、それで倒れるような事はなかった。
「クッ……貴様、何者か知らぬが、中々に強いエンギルの力を操れるようだな。だが、我は不死の肉体……そのような力で、不死の王・ハンズを滅する事など出来ぬわ。いいだろう、貴様から始末してやろう」
不死の王は奇妙な動作を始めた。
宙に何かを描きながら、呪文のようなモノを唱え始めたからである。
不思議な現象であった。
奴は指先を使い、赤く光るネオンの如く、魔法陣のようなモノを宙に描いていたからだ。
だがそこで俺にも変化が現れた。
なぜなら、俺の脳内に魔法を発動させる方程式のようなモノが浮かんできたからだ。
俺は無意識にそれを行っていた。
指先に白く輝くエンギルの力を集め、奴と同様、俺は宙に魔法陣のようなモノを描き始めた。
しかもそれは、あのイシュタルトの紋様だったのである。
するとその直後、不死の王は動きを止めたのであった。
「な!? そ、それは……まさか、イシュタルトの……」
奴が驚く中、俺は宙に浮かぶイシュタルトの紋様に右手を当て、呪文を唱えたのであった。
「エル・イシュタルト」と。
その刹那!
イシュタルトの紋様から、眩い光の砲撃が奴に向かって放たれたのだ。
光の砲撃は不死の王に直撃する。
「なぜこんな所に、イシュタルトの力を使えるモノがァァァァ!」
奴に直撃した瞬間、光の砲撃は消えていった。
その直後、不死の王に異変が現れたのである。
なんと、奴の身体は白く発光し、崩れ始めたのだ。
「か、身体が、崩れてゆく……馬鹿な……わ、私の不滅の身体がァァァ!」
奴の身体は霧散するかのように、徐々に小さくなっていった。
「そんな馬鹿なァァァ」
不死の王は断末魔の悲鳴を上げ、間もなく、この場から完全に姿を消したのであった。
辺りに静寂が漂い始める。
だがその時である。
足元がおぼつかなくなり、俺は片膝を付きながら、床に突っ伏したのであった。
俺の頬に、石の床のひんやりとした温度が伝わってくる。
どうやら疲労が一気に来たのだろう。
これは勘だが、今使った光の砲撃は、俺にはまだ早い魔法だったに違いない。
おまけに喉がカラカラで、頭が朦朧としてきたところだ。
このまま放っておくと、脱水症状になりそうであった。
するとそこで、ぼんやりとではあったが、傍に駆け寄るイアティースの姿が視界に入ったのである。
「コースケ! しっかりして! ねぇ、コースケ、大丈夫なの! ねぇ、コースケ!」
イアティースは慌てて、俺の上半身を抱きかかえた。
「ああ、イアティース……無事か?」
「うん、私は無事よ」
「なら、良かっ」――
そして俺はそこで力が抜け、意識を手放してしまったのであった。
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