第4話 運命の出会い

運命の出会い



美織にとって、OJTで本物の飛行機に乗って、本物のお客様を前にしたトレーニングは、厳しすぎるし、復習をする時間も足りないし、半ばあきらめの気持ちになっていた。


OJTは、残りあと1週間。


そして、今日のフライトメンバーは、全てベテランの先輩ばかり。

一番下の先輩でも、CA歴3年。国内線で旭川線往復だった。

秋の北海道シーズンだったが、早朝のお客様の人数は、3分の2程度で、

満席でもなく、少なくもない、というフライトだった。



 教官は、とても美しいけどピリッとしている、初めてお会いする方。

小柄だけど、スタイル抜群で、アップした髪もツヤツヤして、隙のない、でも優しい笑顔を持つ人だった。


フライト中は、私の仕事で不足している部分は、いつも冷静に、でも的確に指摘して

くださっていた。

でも今日も仕事は全然できていないし、ミスも多いのは自分でもよくわかっていた。


「ああ、また今日もたくさん言われるな」


そう覚悟して、でも半分は言われることに慣れてきていたので、諦めの気持ちで他の

先輩方からのアドバイスを聞いていた。


そして、今日のインストラクターの教官の言葉を待った。



教官は私を見て、静かに落ち着いた様子で言った。


「今日あなたの担当の席に座っていたお客様に、あなたはどうやって償いをするのですか」と。


「え?」


声にならない声が出ていたと思う。


「今日あなたのところに座っていたお客様は、支払った金額以上のサービスを受けていません。ですがすでに降りて行ったお客様に、今さらお金を返すこともできません。あなたはどうやって償うのですか」


シーン、と他の先輩たちも静まり返っていた。


美織は今までこんなことを言われたことがない。

「もう少し周りを見てください」

「もっと笑顔でキャビンを歩いてください」


などは、よく言われているんだけど。



「でも、私は訓練生だし」

決して口に出しては言えないけど、心の中でそう思ってた。

先輩たちはみんなベテランだし、でも私は訓練生だと。


その瞬間、「同じ制服を着て機内にいる以上、たとえ訓練生でも、10年目の人と

同じだけのサービスができなければなりません。

お客様はCAを選べません。頂いたお金以上のものを返す、それがプロです」


と、美しい教官は静かに、でもビシッと言った。


決して激しい口調ではなく、冷静な口ぶりは、言葉がズーンと心の奥底に入って

くる。


一言も反論できなかった。その通りだからだ。


今まで甘えていた。

訓練生だからしょうがない。

私は仕事ができないからしょうがない。

私は不器用なタイプだからしょうがない。

慣れれば私でもできるようになる。


ずっと心のどこかでそう思っていた。


でも訓練生の間も、お客様は本物。

訓練生料金なんてない。

正規の料金を払って乗ってくださっている。

だったら、私は甘えている場合じゃない。


そこから美織は、ようやく甘えを捨てた。

訓練生でも、先輩たちと同じくらいに仕事ができるようになることを目指した。

あの美しく、静かで穏やかな教官に、あそこまで言わせてしまった。

2度と一緒に乗務することはないかもしれないけど、もしまた一緒にお仕事を

することがあったら、絶対に「成長したね」と思って欲しい。

何より、今日のお客様に申し訳ない気持ちがようやく湧いてきた。


それからは、毎日の復習にさらに力を入れた。

OJTが終わったら、先輩たちに「なんでも言ってください」と言って、

わからないことは、徹底して質問した。

もう一回で合格したプライドなんてどうでもいい。


私があのお客様だったら、「え、この会社ってこの金額払ってこの程度なの?」

って絶対に思うから。


私は絶対に成長してみせる!!


美織のスイッチが入った1週間がすぎた。



そうして、美織は一度でチェックに合格できた。



つづく

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