第3話 プロへの階段
美織が飛行機に乗って、客室乗務員の姿で記憶に残っているのは、
ミールやドリンクを配っている姿だ。
CAになったら誰もが、あのカートを押して「お食事でございます」などと言って、にこやかにお客様にミールやドリンクサービスをすることに憧れているが、訓練では、置き方、ドリンクの注ぎ方、分量など、とても細かいところまで注意を受ける。
「お客様の期待を裏切ることはできません。お客様は飛行機の中で暇な時、何をしていると思いますか。私たち客室乗務員を見ているんですよ」と言われた時には、「確かに」と思い、一つ一つの所作にも注意をするようになった。
さらに、少し雑な美織は、立ち方、お辞儀の仕方、物の渡し方まで注意をされる。
「足を開いて立ってはいけません」
「指は揃えて」
など、本当に細かい。
あんなにあっさり一回の受験で合格できたんだから、きっと自分はCAに向いていると思っていたのに、こんなにたくさん注意をされて、こんなにたくさん怒られるなんて、全然向いてないじゃん、私、と何度思ったかわからない。
なんで面接官は私を合格させたんだろう、と考えたこともある。
そんな時は、当然自信をなくしていて、「向いてないなら辞めて福岡の実家に帰ろうかな」と
思ったことも、何度もある。
でも、やっぱり辞めたくないからなのか、自分に都合の良いように考えて復活した。
それは、「私がCAに向いているかどうかは、自分ではわからない。でも、
プロである面接官が認めて合格した訳だから、どっか向いているところがあるはず。君ならできるでしょ、と言われたのだ」と。
そうして、OJT、(On the jpb training,実際の飛行機に乗っての訓練)、
本物のお客様の前に出る前の大きな試験に、5人全員無事合格した。
ただ、同期の中で2名だけこの試験に合格することができなかった人が出た。
彼女たちは、契約通りこの日の夕方で契約が終了し、制服を返却し解雇された。
今は、解雇されることはなく、「リチェック」ということで、訓練を延長して受け、再度見極めを受けることになる。
だが当時のこの厳しい現実に、教官も同期はみんな泣いていたし、美織も同期を
可哀想に思ったが、明日のOJTスケジュールが発表され、フライトが決まっている今、自分のことで頭がいっぱいで、正直自分のことしか考えられなかった。
そのOJTは、美織の今までの努力が吹き飛ぶくらい、ハードだった。
早朝便での訓練が多いので、朝2時おきで、3時に家を出て出勤する。
同期と一緒に会社が手配してくれたタクシーに乗っていくが、誰も車内で言葉を
発しない。
緊張と、暗記事項の確認で頭がいっぱいなのだ。
真っ暗な外の景色を時折眺めながら、あんなに好きだった空港が近づくにつれて、
胃がキリキリする。
「今日も頑張ろうね」
「うん」
みんな同じ気持ちなのだ。
とタクシーを降りて、みんなでロッカールームに向かう。
それでも、不器用な美織は、仕事が遅いし、雑だし、一点に集中してしまって、
先輩やお客様の動きに気づかない。
「ああ、また今日も仕事ができなかった」
と毎日思う。
先輩方からたくさんのアドバイスをもらうが、気持ちはどんどん落ちていく。
一人暮らしの自宅に戻り、ご飯を食べてから復習。
何も考えずただただ毎日やることをこなしていく。
同期とも、それぞれフライトが違うのでなかなかお茶をして帰る機会も
なくなっている。
どんどん追い詰められているのがわかる。
つづく
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