第11話 苦戦
キン、キン、ガキーン!!
剣と剣が激しく打ち合わされる音が続いています。
フルートと黒ひげの男は、切り込み、受け止めては飛びのくことを繰り返していました。
お互いにかなりの剣の使い手なので、一瞬も気を抜くことができません。
フルートは子どもなので、力はあまりありません。
けれども、身が軽く反射神経も良いので、スピードで相手に勝っています。隙を見ては飛び込んでいって、鋭く切りつけます。
やがて、ロングソードの切っ先が男の革の胸当てをまともになぎ払いました。
「ほう」
黒ひげの男は感心したように、自分の胸当てに残った深い傷跡を眺めました。
革が分厚かったので、体まであと数ミリというところで、傷は止まっていました。
「なるほど。金の石の勇者は確かに一流の剣士らしいな。この俺に刀傷を残すとは。だが……やはり子どもだな。甘すぎる!」
そう言うなり、男はフルートの頭上に大剣を振り下ろしました。
フルートはとっさに剣を構えましたが、力任せの一撃を受け止め切れませんでした。
思わずよろめいて前のめりになったところに、男が剣を突き出しました。剣がまともにフルートの胸を突き刺します。
と思った次の瞬間、大剣がまっぷたつに折れました。フルートの魔法の鎧の方が、剣よりはるかに強力だったのです。
「むっ!?」
男は一瞬愕然としましたが、すぐに折れた剣を投げ出すと、吠えるような声を上げてフルートに飛びかかっていきました。
フルートの小柄な体を押さえ込み、銀の兜をはぎ取ります。
「しまった!」
フルートは思わず声を上げました。少女のような幼い顔と金髪の頭がむき出しになります。
黒ひげの男はフルートを地面に押し倒すと、馬乗りに押さえ込んで笑いました。
「だから甘いというのだ。魔剣で戦っていれば、さっきの一撃で俺を焼き殺せていたはずだぞ。人間相手に魔剣を使っては卑怯だと考えているのか? 甘い甘い! 命がけの
男がフルートの
フルートは必死になって男を引き離そうとしましたが、相手は大人です。とても押し返せません。
フルートは右手にまだロングソードを持っていました。必死で剣を握り直し、男の横腹に突き立てようとしたとたん、男の片手ががっしりとそれを受け止めました。
「無駄だ。おまえのしようとすることなどお見通しだ」
と黒ひげは笑い、咽を絞める手にいっそう力をこめてきました。
「ぐ……」
フルートは息ができなくなってもがきました。
けれども、それでも男を振り切ることができません。
男がますます力をこめてきます。息の根を止めるまで、手をゆるめる気がないのです。
フルートの意識が
「ぎゃあっ!」
馬に乗っていた若い男が、叫び声を上げて草原の中に転落しました。
その胸には、革の防具を貫いてエルフの矢が突き刺さっています。
草原で追っ手を迎え撃っていたゼンは、まだ弦が震えている弓を、驚いて眺めました。
「ホントに狙ったとおりに当たったぞ。エルフが言っていたとおりだ」
魔法の弓矢は、数十メートル離れた敵にも、ゼンが狙いをつけたとおりに飛んでいって突き刺さったのでした。
追っ手の男たちが馬を駆ってこちらへ向かっていました。
残りはあと二人です。
ゼンはすぐに次の矢を構えながら、気がかりそうに草原の向こうへ目をやりました。
「フルートのやつ、大丈夫かな……」
そこからでは、草原の草丈が高すぎて、フルートたちの戦っている様子が見えません。ただ、ところどころで火の手が上がり、草が燃え上がっているのが見えるばかりです。
すると、追っ手の男たちの姿が急に草の中に消えました。馬上に身を伏せたのです。
ゼンは目を細め、馬が草の海をかき分けて走る軌跡を追いました。敵は二手に分かれてこちらに迫ってきています。
と、ちらりと片方に人の姿がのぞきました。草丈が低くなった場所にさしかかって、背中が上に出てきたのです。
ゼンは慎重に狙いをつけて矢を放ちました。エルフの矢は緩やかな放物線を描きながら吸い込まれるように男へ飛んで、肩先に突き刺さりました。
男が悲鳴と共に落馬します。
「あとひとり」
とゼンがつぶやいて次の矢をつがえようとしたときです。
炎の向こうに広がる草の中から、突然、金の光が湧き起こりました。
かげろうのような淡い輝きのなかで、金の星がまたたいて、すぐに消えていきます。
ゼンは目を見張り、急にぞっとしました。
金の石の光に違いありませんが、今まで見たことのない輝き方です。
ゼンにはそのきらめきがフルートからの救援要請に見えました。
「
ゼンは光が消えていったあたりを狙って、エルフの矢を放ちました。
矢が大きく弧を描いて草の海の中に消えていきます。
その時、背後の草の中から馬に乗った男が飛び出してきました。
勝ち誇った声が響きます。
「取ったぞ、ドワーフ!」
はっと振り返ったゼンの背中に、男の剣が深々と突き刺さりました。
ゼンは悲鳴を上げると、弓もろとも馬上から転がり落ちていきました。
ポポロはフルートの馬に乗ったまま、ポチについて森に入り込んでいました。
森の中はしんと静かで、物音ひとつしません。草原でフルートやゼンが戦う音も聞こえてきません。
ポポロは何度となく後ろを振り返っては、フルートたちが追いついてこないか確かめていました。
すると、先を行くポチが困ったように立ち止まりました。
「ワン、この森は
ポポロは、どきりとして前に向き直りました。
森は入り口から十メートルほどの間は木と
ところが、その先になると、大小さまざまな木がぎっしりと生い茂り、隙間という隙間に太い蔓草が絡みついていて、馬が進めそうな空間が見あたらなくなっていたのです。
それでもポチはあたりを見回して、ポポロに言いました。
「ちょっとここで待っていてください。どこかに抜け道がないか探してきます」
後には、ぽつんと馬に乗ったポポロだけが残されました。
相変わらず森は静かです。
ポポロは急に心細くなってきて、馬の手綱を握りしめました。
小さなポチでも、そばにいるだけで心強かったのだと思い知らされます。
ポポロはまた、後ろを振り返りました。フルートたちはまだ来ないのでしょうか……。
すると、ふいに蔓草のカーテンが揺れて、ぶち馬が頭を出しました。
続いて蔓草をくぐり抜けてきたのは、派手な黄色い服を着た女占者でした。
ぎょっとしたポポロに、シナは笑いながら言いました。
「ほーら見つけたよ、お嬢ちゃん! あたしの目から逃れようとしたって無駄なんだよ。どこに隠れたって、あたしにはちゃんと見えるんだからね」
それから、シナは森の奥の方を眺めて、ふん、とつぶやきました。
「ワンちゃんは向こうに行ってるんだね。まあいいわ、後でゆっくり狩り出してやるから。まずはあんたの始末が先だわねぇ」
ポポロは真っ青になって身を引きました。
それに合わせて、馬も二、三歩後ずさります。
シナは腰の帯に差していた杖を引き抜きました。先端に鋭い刃がついた仕込み杖です。
ポポロはとっさに馬を駆って逃げようとしました。
ところが、馬はポポロの下手な指示には従いません。とまどったように数歩進み、すぐに混み合った森にぶつかって立ち止まってしまいました。
ぶるる……と抗議するように鼻を鳴らします。
シナがまた笑いました。
「あんただけは本当に何もできないんだねぇ。どうして普通の女の子が勇者たちと一緒にいるのやら。でも、勇者の一行を皆殺しにしろと言うのが公のご命令だからね。悪く思わないでおくれよ」
シナが握る仕込み杖の刃が、ぎらりと光りました。
ポポロは思わず馬のたてがみにしがみついて悲鳴を上げました。
「いやぁぁっ! あっち行って……!」
とたんに、森の奥から犬のほえる声が聞こえてきました。ポチが悲鳴を聞いて駆けつけてきたのです。
ポチはポポロの前に飛び出して、激しくほえました。
「ワンワンワン……! ポポロに手を出すな! ぼくが相手だ!」
シナは目を丸くして笑い出しました。
「おやまぁ、面白い騎士のご登場だこと。あんた、もの言う犬なんだね。なるほど勇者の仲間だけあって勇敢じゃないの」
けれども、その声は小さなポチを馬鹿にしきっていました。
ポチはうなり声を上げると、勢いをつけて馬上のシナに飛びかかりました。牙をむいてかみついていきます。
シナは馬を引いて牙をかわしました。
ポチは地面に落ちると、すぐにまたジャンプして飛びついていきましたが、それもかわされます。
「かわいいわねぇ、豆犬ちゃん。でも、残念ね――あたしは犬が大嫌いなのよ!」
そう言うと、シナは仕込み杖をポチへ突き出しました。ちょうどシナに飛びかかろうとしていたポチは、腹をまともに刺されて地面に転がりました。
「キャウン!!」
「ポチ!」
悲鳴を上げたポポロに、シナが目を向けました。
「さあ、次はあんたの番よ。無事天国に行けるように、お祈りでもしてなさい」
笑いながら言って、仕込み杖でポポロを突き刺そうとします。
ところがそのとき、ポチがシナの馬の足にかみつきました。
馬がいなないて棒立ちになり、シナは地面に転げ落ちます。
「よくも……! このクソ犬!!」
シナがまた仕込み杖でポチを突き刺しました。
ポチは悲鳴を上げましたが、血を流しながら踏ん張ると、ポポロに言いました。
「逃げて、ポポロ……早く逃げて……!」
「ポチ! ポチ!」
ポポロが泣きながら叫び続けます。
その馬に向かって、ポチはワンワン……と吠えました。
馬は心得て、すぐに森の中を逃げ出しました。奥へは進めないので、森の縁に沿って走っていきます。
「お待ち!」
シナが、したたかに打った腰をなでながら自分の馬に飛び乗り、後を追って走り出しました。
もう一度足にかみつこうとしたポチを、ぶち馬が蹴り飛ばします。
「キャーン……」
ポチは悲鳴を上げて転がりました。
二頭の馬が森の中を走っていきます。
シナの馬が、ぐんぐんポポロの後ろに迫ってきます。
ポポロは、青ざめて死人のようになった顔で振り返りました――。
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