第10話 追っ手

 馬に乗って現れた大人たちは、草原の中に立つフルートの、ほんの数メートル手前で立ち止まりました。

 背の高い草の海の中、馬は緑の波に浮かぶ小船のようです。

 その上に、軽装に革の防具をつけただけの、ひげ面の男たちが乗っています。


 男たちはフルートを見てあきれ顔になりました。

「おいおい、なんだい。やっと追いついたと思ったら、お出迎えはこんなガキだけか?」

「本当にこんなチビが金の石の勇者なのか? 何かの間違いじゃないのか?」

「おまけに、かわいいお姫様まで乗せてるじゃないか。俺たちゃ子どもの勇者ごっこにつきあってるんじゃないんだぞ」

 男たちが口々に後ろのほうへ文句を言います。


 すると、男たちの馬の間を通って、ぶち馬が進み出てきました。

 乗っていたのは、派手な黄色い服を着た、細身の中年女性でした。額に服と同じ色の宝石をくさりで垂らしています。


「あんたたちの目には見えないんだろうねぇ」

 と女は嘲笑あざわらうように言いました。

「この坊やは本物の金の石の勇者さ。この子からものすごい金の光がほとばしっているのが、あたしには見えるのさ。周り中を真昼のように照らしているよ。これだけはっきりしてりゃ、どこにいたって見逃しっこないね」

 この女がエルフの言っていた占者に間違いありませんでした。


「だがよぉ、こんなチビをひねりつぶすのなんて、わけない話だぞ。いくら金の石の勇者だと言っても、ただのガキじゃないか。なんでこんなのを殺すのに、これだけの人数が必要なんだ? エラード公も焼きが回ったな」

 と別の男が言って笑いました。その手には抜き身の大剣たいけんが握られています。


「馬鹿をお言い」

 と黄色い服の女はぴしゃりと言い返しました。

「そんなことを言ってると、あんたが一番最初に命を落とすよ。そら、あんなところに銀の光と小さな星が隠れてる。ウド、あんたを弓矢で狙っているよ」

 大剣の男は、ぎょっと飛びのくと、女が示した方向へどなりました。

「で、出てきやがれ!」


 背の高い茂みの中から、馬に乗ったゼンが出てきました。手にエルフの弓矢を持っています。

 今まさに矢を放とうとしたところで気づかれたので、ゼンは渋い顔でした。

「ちぇっ、占者ってのはホントに目がいいんだな」

「誉めてくれてありがとう、ドワーフの坊や。あたしは占者の中でも特に目がいいほうなのさ。占うのに鏡やらカードやらの媒体ばいたいがいらないからね。おかげでエラード様から贔屓ひいきにされてるんだよ」

 と女が笑います。


「シナ、これで全員か?」

 と今まで黙っていた男が占者に尋ねました。男たちの中でもひときわ貫禄のある、黒いひげの男です。

 女占者はうなずきました。

「勇者の一行は全員顔を揃えているよ。まったく、あきれた話だよね。こんな子どもや犬ころが、ロムド中から闇の霧を追い払ったって言うんだから。だけど、確かにそれだけの『力』がこの子たちには備わっているのさ」


「安心しろ。俺は油断はせん。見た目によらない敵には、今まで嫌というほど出会ってきたからな」

 と黒ひげは言うと、他の男たちに向き直りました。

「こんなガキどもを始末し損ねたとなれば、それこそ公に合わせる顔がなくなるぞ! 全員確実に息の根を止めてやれ!」

 今まで笑っていた男たちは、たちまち真顔になりました。剣を抜き、馬を走らせてフルートとゼンの馬を取り囲みます。 


「フルート……」

 ポポロがまた泣きそうな声を上げました。身をすくめて震え続けています。

 その手の中に馬の手綱を渡しながら、フルートは言いました。

「このまま、進行方向はまっすぐ東。手綱をしっかり持っていて――」

 言いながら素早くロングソードをさやに戻すと、もう一本の剣を抜いて両手に握ります。

 それを行く手に向かって振ろうとしたとたん、女占者が金切り声を上げました。

「危ないよ、グン、バート! そいつは魔法の剣だ! 火だるまにされちまうよ!」

 行く手をふさいでいた男二人が、大あわてで飛びのきます。


 フルートはポポロの腰に片腕を回すと、馬の横腹を蹴って叫びました。

「走れ! 森へ逃げ込むんだ!」

 馬が全力で走り始めたので、ポポロは悲鳴を上げました。後ろからフルートが抱き支えてくれていなければ振り落とされるところでした。

 ゼンも黒馬を走らせて、包囲網の切れたところから外に出ます。


「逃がすな!!」

 男たちが後を追ってきました。占者の女も男たちにぴったり並んでついてきます。

 フルートはポポロから腕を放して、また剣を両手で構えました。振り向きざま勢いよく振ります。

 ゴォッ

 うなりを立てて剣の先から炎が飛び出しました。追っ手の目の前の草原に火の手が上がります。

「おおっ!?」

 男たちは驚いて二の足を踏みました。

 炎の剣は切っ先から炎の弾を撃ち出すことができます。草原は緑の草の根元に大量に去年の枯れ草を抱えていて、そこに火が燃え移ったのです。


 けれども、黒ひげの男がまたどなりました。

「この程度の火を恐れてどうする!? 飛び越えろ!」

 すると、シナも叫びました。

「お待ち! 火の中にいるよ!」

 ところが、勢いづいたひとりが忠告を無視して炎を飛び越えました。

 たちまち炎の中で剣がひらめき、飛び越えていく馬の腹を切り裂きます。

 馬が悲鳴を上げて地面に落ちました。乗っていた男は馬の腹の下敷きになります。


 仲間の男たちはぎょっと目をこらしました。ごうごうと音を立てる炎の中に、光る鎧が見えます。

 それは、フルートでした。銀の鎧を赤く染めロングソードを構えて、燃えさかる火の中に立っています。フルートの鎧は、熱や寒さを完全に防ぐ、魔法の鎧なのです。


「ほほぅ」

 黒ひげの男が感心したような声を上げました。

「さすがに金の石の勇者を名乗るだけのことはあるか。ただの子どもとはわけが違うようだ──。よし来い、勇者! 俺が直々じきじきに相手をしてやる!」

 黒ひげが馬から飛び降りて大剣を構えました。

 フルートも剣を手に火の中から出てきます。


 他の男たちがいっせいに飛びかかろうとすると、また黒ひげがどなりました。

「手を出すな! こいつは俺が倒す! おまえたちは逃げたガキどもを追え!」

 フルートは、はっとして男たちへ切りかかろうとしました。

 その剣を黒ひげの大剣が受け止めます。

「間違うな。おまえの相手はこの俺だ」

「こっちだよ!」

 シナが馬を駆って、炎の薄い方向へ仲間たちを誘導していきます。


 フルートは後を追いかけようとしましたが、すぐに黒ひげに行く手をはばまれました。

「おまえが残って仲間を逃がす段取りだったのか? 見上げた心がけだな。だが、案ずるな。すぐにまとめてあの世に送ってやる。おまえも仲間も、みんな一緒にな」

 黒ひげがうなりをたてて大剣を振り下ろしてきました。

 フルートは大きく飛びのくと、すぐに剣を構えて切りかかりました。

 切り結ぶ音が、燃える草原に響き渡ります。


「キャァァァ……!!!」

 ポポロは悲鳴を上げて馬の背中にしがみついていました。

 フルートは草原に火をつけると、馬から飛び降りて馬の尻をたたき「走れ!」と叫んだのです。

 馬はそこから全力疾走を始めて、ポポロには止められなくなっていました。振り落とされないように手綱にしがみついているのがやっとです。


 そこへゼンの馬が追いついてきました。

「手綱を引け、ポポロ! 手綱だ!」

 とどなっていますが、ポポロにはそんな余裕もありません。

 すると、ゼンの馬の籠からポチがほえ出しました。

「ワンワンワンワンワン!!」

 とたんに馬が速度をゆるめ、ドッドッド……とひづめの音を立てながら停止しました。ポチが犬のことばで「止まれ!」と伝えたのでした。


 ようやく止まった馬の上で、ポポロはあえいで泣きじゃくっていました。

「いやよ……もういや……助けて、お母さん……」

 とたんにゼンがどなりました。

「泣くのは後にしろ!! 敵が追いかけてきてるんだぞ!!」

 ポポロは、びくりと身をすくませてゼンを見ました。おびえて目を見開いています。


 ゼンは渋い顔になると、行く手をあごで示しました。

「森は目の前だ。先に行ってろ。それぐらいならできるだろう? 俺は追っ手を片づけて、フルートを助けてくる」

「あ……」

 ポポロは今来た草原の方向を振り返りました。

 草原は火が燃え広がって、あちこちで大きな火の手が上がっていました。その中のどこかで、フルートが戦っているのです。

 そして、火のこちら側の草原には、彼らを追いかけて馬を走らせてくる男たちが見えていました。


「ポチ」

 ゼンが鞍の前の籠から子犬を抱き上げて言いました。

「ポポロを道案内してやれ。森の中の安全な場所で、俺たちが来るのを待ってるんだ」

「ワン、わかりました」

 ポチは地面に飛び降りると、ポポロに言いました。

「さあ、ついてきてください。こっちです」

 ポチがワンワンと馬にも呼びかけたので、馬はポポロを乗せたまま、ポチの後について歩き出しました。彼らのすぐ目の前には、大きな森が広がっています。


 動き出した馬の背中からポポロが振り返ると、ゼンが草原に駆け戻っていくところでした。

 追っ手の馬が迫ってきています。

 ゼンはまっすぐそちらへ馬を走らせていました――。

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