第2話 勇者の家
「つきました。あそこが金の石の勇者の家です」
旅人を案内してきた少年は、そう言って町はずれにぽつんと建つ一軒家を指さしました。
町を通り抜けてきたので、家のすぐ向こうはもう荒野です。
旅の男は
「なんと……金の石の勇者というのは、ずいぶんと質素な家に住んでおられるのだな。ロムド国を黒い魔の霧から救った英雄だと聞いておるのに」
それを聞いて、少年はちらりと旅人を見上げましたが、口に出しては何も言いませんでした。
旅人は家の戸口に立って扉をたたきました。
「ごめん、金の石の勇者殿はご在宅か?」
けれども中から返事はありません。
男は何度も戸をたたいて呼びかけ、困った顔になりました。
「勇者殿はご不在らしい。どこへ行かれたのだろう?」
すると、少年が言いました。
「町に買い物に出かけたんです。お母さんに頼まれたものがあったから」
「勇者殿は母君と一緒にお暮らしなのか。して、その母君はどこへ行かれたのだろう」
「お父さんと一緒に隣町まで用事で出かけました。夕方には戻ります」
旅の男は目を見張り、たちまち少年をにらみつけました。
「ここはおまえの家か──? 誰がおまえの家に案内せいと言った!」
すると、少年は
「でも、おじさんは金の石の勇者に会いたかったのでしょう? ここは間違いなく金の石の勇者の家です。だって、ぼくがその勇者だから」
「……なに?」
たっぷり一分間沈黙した後、男は聞き返し、すぐに声を上げて笑い出しました。
「こらこら、思わず本気にしてしまったではないか! そんな
すると、少年は子犬を抱き上げながら言いました。
「冗談なんかじゃないですよ。ぼくはフルート。本当に金の石の勇者です」
とたんに男は笑いを引っ込め、険しい形相でまたにらみつけてきました。
「子ども! いい加減にしないと後悔することになるぞ! わしは重大な役目を負ってここに来ているのだ! 金の石の勇者はどこにいる!?」
すると、どこからか、別の男の子の声が聞こえてきました。
「ワン。やっぱりこの人、ロムドの人じゃないですね。よその国の人なんだ」
「うん。貴族みたいだけど、ロムド国王に仕える人じゃない。それならぼくのことを知ってるはずだもの」
とフルートが答えます。
旅の男はフルートが話している相手を見て
「ば、化け物……!」
男が思わず叫んだとたん、子犬はびくりと身をすくませました。
フルートはそれをかばうように抱きしめて言い放ちました。
「金の石の勇者は少年! ドワーフの少年ともの言う子犬がその仲間――! そんなこともご存じなくてぼくを探しに来たなんて、あなたはいったいどなたなんですか!?」
男は思わずたじろぎ、そんな自分に驚きました。
相手はまだ声変わりもしていない少年です。そんな子どもに本気で圧倒されたことが信じられませんでした。
しかも、少年は自分が金の石の勇者だと言います。とても信じられない話です。
……ですが。
すると、フルートとポチが同時に今来た方向を振り向きました。
「誰か来る」
「ワン、剣と弓矢の匂いがします。敵です!」
ポチがフルートの腕から飛び降り、フルートは家の入り口の戸を開けました。
すばやく男の腕をつかんで、戸の陰に引っぱり込みます。
男が前のめりによろめき込んだとたん、戸の外側に音をたてて何かが突き刺さりました。
矢です。
畑の間の道を四、五人の男たちがこちらへ走っていました。
抜き身の剣や弓につがえた矢の先端が日の光に白く光っています。
旅の男が叫びました。
「エラードの手の者か! わしがここに来ると踏んで見張っておったな!」
ぼろぼろのマントをぱっと跳ね上げて腰の剣を抜きます。
その鞘帯には銀の百合の紋章が刻まれていました。隣国のエスタ王国の紋章です。
そこへ、ポチが家の奥からロングソードをくわえて戻ってきました。
「ワン! フルート、剣です!」
「ありがとう!」
フルートはすぐさまロングソードを背負って体の前で鞘帯を止めました。細身の剣をすらりと抜きます。
「お、おい……」
男は思わず目をぱちくりさせました。少女のように優しかった少年の顔が、いきなり鋭い戦士の顔つきになったからです。
フルートは男に向かって言いました。
「あなたがどなたで、どんなご用件で来たのかはわかりません。でも、あなたはぼくのお客様だし、あの人たちは問答無用であなたを殺そうとしている。ぼくは、あなたに
敵はもうすぐそばまで迫っていました。
フルートは戸の陰から飛び出すと、先頭の敵に切りかかりました。
「お、おっ……!?」
賊は思いがけない敵の出現にたじろぎ、それがまだ
その隙を逃さず、フルートは間合いに飛び込んで剣を繰り出しました。
血が飛び散り、男の悲鳴が上がります。
フルートは返す刀で次の男の脇腹を貫きました。目にもとまらない
ぽかんと見ていた旅の男が、我に返って自分も飛び出していきました。敵を相手に剣をふるいます。
こちらもかなりの腕前で、たちまちひとりが切り伏せられ、残るひとりも深手を負いました。
すると、少し離れた茂みの中から悲鳴が上がりました。
太った男が転がり出てきます。
その尻にポチががっぷり食いついていました。弓矢でフルートたちを狙っていたので、後ろからかみついたのです。
フルートは男の前に跳んで、弓の弦を剣で断ち切りました。さらに剣を構え直して男をにらみつけます。
「ひっ、ひっ、退け! 退けーっ……!」
弓の男は真っ青になって叫ぶと、深手を負った男たちを担いだり仲間に担がせたりして、畑の間の道を逃げていきました。
「ふぅ」
フルートは小さく息を吐くと、ロングソードを背中の
ポチが足下に駆け寄ってきます。
「ワンワン。フルート、大丈夫でしたか?」
「うん、何でもないよ。あいつら、ぼくに油断してくれていたからね」
それからフルートは旅の男に向き直りました。
「これでぼくが金の石の勇者だって信じてもらえましたか? ぼくは魔の森に住む泉の長老から魔法の石をいただいて、金の石の勇者になる役目を負っているんです……。今度は、あなたが話してくれる番ですよね。その剣の紋章を見ると、あなたはエスタ国の方みたいだ。どうしてぼくに会いに来られたんですか? エスタとロムドは敵同士のはずなのに。それに、さっきの人たちはいったい何者なんですか?」
男は目をぱちくりさせて、フルートを見つめていました。
そこにいるのは、まだ背も伸びきっていない、まるで少女のような子どもです。
なのに、言うことも自分を見る目つきもいっぱしで、大の大人を相手にしているような気持ちになるのです。
「こ、ここで話すわけにはいかぬ……家の中で話したい……」
ようやくことばを絞り出すと、フルートはうなずいて入り口の戸を大きく開けました。
「どうぞ、お入りください」
そこで、男は金の石の勇者の家へ入っていきました。
が、足下にポチがやってきて一緒に中に入ろうとしたので、わっと声を上げて飛びのきました。ものいう犬が怖かったのです。
「い、いや、これは失礼……」
あわてて取りつくろって謝る男に、フルートとポチは思わず苦笑いしました。
エスタの国からの旅人は、どうやらあまり頭の柔軟な人物ではないようでした。
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