第3話 怪事件

 「わしはエスタ王国の近衛隊長だ。名をシオンと言う」

 旅の男は、フルートの家の居間の椅子に座ると、そう名乗りました。

 静かな昼下がり、窓の外からは小鳥のさえずりと、木のこずえを吹き抜けていく風の音だけが聞こえてきます。

 フルートは客人の前の席に座って、黙って話に耳を傾けていました。


「わしの家は代々国王のおそばに仕えてきた家系だ。それ故、こうして剣に王家のご家紋をいただくことが許されている。陛下の信頼も厚いと自負している」

 そこまで言って、シオン隊長はちょっと自慢そうに鼻をうごめかせました。


 ところが、フルートに感心したようなそぶりが見えなかったので、咳払いをすると、また話を続けました。

「今からふた月ほど前のことだ。陛下はわしを呼びつけて、ひそかに命令を出された。ロムドの国へ行き、金の石の勇者を見つけ出して王の御前に連れてくるように、というご命令だ」


 フルートはびっくりしました。

「王の御前って……エスタ国王のところへ来いってことですか? 何のために?」

 エスタはフルートたちが住むロムド国のすぐ東隣にある国ですが、もう二百年以上も前から仲が悪くて、大きな戦争を何度も繰り返しているのです。

 今のロムド国王の代になってから和平が結ばれたので戦争はなくなりましたが、国境の近くでは今でも両国の警備隊がしょっちゅう小競こぜり合いを起こしています。

 その敵国の王がロムドの勇者を招くというのは、とても不思議なことのように思えました。


 すると、シオン隊長は少し口ごもってから、「これは口外無用に願いたいのだが」と前置きして、こんな話を始めました。


「エスタの王都カルティーナは、白亜はくあの都と言われるそれは美しいところだ。我ら近衛隊が昼も夜も守り続けていて、世界で一番安全な都市とまで言われてきた。ところが三月みつきほど前から、都や近辺の町や村にな正体不明の殺人鬼が現れるようになったのだ。犯人の姿を見たものは誰もおらぬ。そいつに出くわしたものは、全身をずたずたに切り裂かれて死んでいるからだ。男も女も、老いも若きも小さな子どもも、まったく区別なく殺されている。エスタの中央は、目下得体の知れない悪党のために恐怖のどん底に陥っているのだ」


「殺人鬼……ですか。姿も見られずに人を殺せるんですか?」

 とフルートが聞き返すと、シオン隊長はうなずきました。

「むろん、わしら近衛隊は総力を挙げて犯人検挙に当たっている。被害にあう町や村が広がるにつれて、陛下直属の大部隊も共に警備に当たるようになった。だが、卑怯な敵は、常に我らの裏をかいてくるのだ……!」


 ドン! と隊長はこぶしをテーブルにたたきつけました。

 隊長の前に置かれたお茶のカップが飛び跳ねて、ガチャンと音を立てます。


「そこでわしらは『罠をはらせてもらいたい』と陛下に願い出た。りすぐりの近衛隊員数人に私服を着せ、武器を隠し持たせて、夜の通りを行かせたのだ。むろん近くには近衛隊の本隊が待機して、合図があればいつでも駆けつけて犯人を取り押さえられるよう、万端の構えでいた。ところが、だ……! 彼らはその晩のうちに全滅したのだ。刀を抜いたものもあった。だが、ほとんどの者は、刀どころか合図の呼び子を取り出す暇もないうちに、全身をバラバラに切り刻まれて死んでいた。彼らの悲鳴に本隊が駆けつけたときには、すでに通りは血の海で、犯人の姿はどこにも見あたらなかった。まるで魔法で姿をくらましたように、どこにも痕跡ひとつ残っていなかったのだ」


 一気にそこまで話すと、シオン隊長は歯ぎしりしました。ぎりっという音が聞こえてきます。


 フルートは足下のポチに尋ねました。

「どう思う?」

「ワン、魔物のしわざのような気がしますね。強い兵隊さんたちが、そんなにあっさりやられちゃうなんて、それしか考えられないでしょう」

 近衛隊と言えば王族たち貴人を守る部隊ですから、隊員はことさら腕に自慢のある戦士のはずです。それが剣を抜く間も与えられないほど、あっさり殺されたというのは、常識で考えればまずありえないことなのでした。


 シオン隊長はまたうなずきました。

「陛下もそうお考えになられた。それで、魔法の力で犯人の正体を知ろうとされた。城にある星のと呼ばれる部屋に、実力揃いの占者と魔法使い十数名を集め、力を合わせて敵を見極めさせようとしたのだ。そして……全員が、死んだのだ」


 フルートとポチは思わず目を見張りました。

「全員?」

 と聞き返すと、隊長は青ざめた顔で答えました。

「わしはその現場を見たが、ひとり残らず、まるで見えない巨大なハンマーでたたきつぶされたように、ぺしゃんこになって死んでおった。ただ、ひとりだけ即死をまぬがれたものがいた。一番年若い占者で、ほとんど死にかけていたが、苦しい息の下から一言こう言い残していったのだ。『この敵と渡り合えるのは、ロムドの金の石の勇者』と」


「ぼく……ですか? ぼくがその魔物と戦えるはずだと?」

 目を丸くしたフルートに、シオン隊長はむっつりした顔で、またうなずきます。

 フルートとポチは顔を見合わせました。

 エスタ国王が招集するくらいの占者や魔法使いなら、力は相当なはずです。

 その人たちがたばになってもかなわなかった相手というのは、いったいどんな敵なのでしょう。何故、金の石の勇者ならその敵と戦えると言うのでしょう。


 開け放した窓から荒野が見えていました。柔らかな緑におおわれた景色の向こうに、青くかすむ山脈が見えています。ドワーフたちが住む北の山脈です。

 フルートはそれを遠く眺めながら、心の中で思わず仲間に呼びかけていました。

 ゼン、どうしたらいいと思う……? と。

 けれども、頼りになるドワーフの少年は、はるか彼方かなたの峰にいて、相談したくてもここにはいないのでした。 


 シオン隊長は、ますます重い声になっていました。


「この事態に、陛下はただごとではないと気がつかれた。下手をすればエスタ王国の存在そのものまでおびやかす事態になりかねない。そこで陛下はひそかにわしをロムドにつかわし、金の石の勇者を捜させたのだ……。金の石の勇者のうわさは我々も聞いていた。黒い魔の霧は我が国にもいくらか流れ込んできていたからな。それがある日突然、強い風と共に吹きちぎられ、青空と太陽が戻ってきた。成し遂げたのが金の石の勇者と呼ばれる人物だという話も、ほどなく伝わってきた。だが、その勇者がこんな小さな子どもだとは、誰も想像もしなかったのだ」


 そして、隊長は改めてフルートをつくづく見つめました。

 本当に、女の子のように優しい顔をした少年です。先ほどの戦う姿はいっぱしでしたが、それが嘘のように、今は静かに座って話を聞いています。

 この子どもが、魔の霧を打ち払い、ロムドの国を闇の手から救った勇者だとは、隊長にはやっぱり信じにくいのでした。


「金の石の勇者が少年だと伝わっていなかったのなら、どんな人物だと思われていたんですか?」

 とフルートが聞き返したので、隊長は苦笑いしました。

「見上げるような大男だと聞いておった。火の魔力がある剣と、地を揺るがす巨大なハンマーを持っていて、魔法の石の魔力で敵を打ち倒すのだ、と。その勇者には地に潜るのが得意なこびとたちが大勢仕えていて、魔法のわざを使って戦う。また勇者には巨大な白いライオンが従っていて、勇者のために勇敢に戦うのだ、と聞いていた」


 フルートとポチはあきれて、また顔を見合わせてしまいました。

「見上げるような大男って……このぼくが?」

「ワン。巨大な白いライオンって、ぼくのことでしょうか? ぼくはただの子犬なのに。それに地に潜るのが得意なこびとたちっていうのは――」

「ゼンのことだろうね。これを聞いたら、ゼン、きっとすごく怒ると思うな」


 フルートたちの世界では、情報は人の口伝えに広まっていきます。

 魔法の石を持つ不思議な勇者と仲間たちの話は、いつの間にか人々の想像が入り込んで、エスタ国に届く頃には、当人たちとは似ても似つかない英雄像に変わってしまっていたのでした。


「エスタだけではないぞ。ロムド国に入ってからも、わしは金の石の勇者の噂を集めてきたが、だいたいがそのような話だった。勇者は怪力の大男で、従っているのは小人とライオンか巨大なオオカミ。吟遊詩人の歌でも人形芝居でもそうだった。勇者が住む場所は曖昧あいまいだったが、シルの町にいるという噂を聞いて、ようやくここまでたどり着いたのだ」


 フルートは思わず肩をすくめてしまいました。

「そんな噂が広まっているなら、ぼくがエスタ国王のところへ行ったって、きっと誰もぼくを金の石の勇者だなんて信じませんよ。すぐに追い返されてしまうでしょう」

 現に、フルートはロムド国王に会いに行って、危なく城から追い出されそうになったことがあります。そのあたりは容易に想像がつきました。


「しかし、おまえは――いや、あなたは本当に金の石の勇者なのだろう!? 我々に謎の殺人鬼を捉えるすべはない! エスタに平和を取り戻せるのは、あなたしかいないのだ、フルート殿! 哀れと思ってどうか力を貸してほしい!」

 シオン隊長は必死でした。なんとしてもフルートに一緒にエスタまで来てもらいたいのです。


 ところが、フルートがそれに答えようとしたとき、入り口の戸が開いて、声が飛び込んできました。

「調子いいよなぁ、まったく! ついさっきまでフルートが金の石の勇者だなんて信じられない、って言ってたくせに、急に態度を変えて『平和を取り戻せるのはあなたしかいない!』かよ。気をつけろよ、フルート。こういう調子のいいヤツの話は信用できないんだぜ」


 部屋の中の人々は驚いて入り口を振り向きました。

 特に、フルートとポチは息が止まるほどびっくりして、戸口に現れた人物を見つめてしまいました。

 小柄でがっしりした体格の少年が、茶色い革の服にはがねの胸当てを身につけ、弓矢を背負って立っていました。

 明るい茶色の瞳が、フルートとポチに向かっていたずらっぽく笑いかけています……。


「ゼン!」

「ワンワン! ゼン……ゼン!」

 フルートとポチは歓声を上げると、椅子を蹴倒し、飛び跳ねて、入り口に立つドワーフの少年に飛びついていきました――。


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