兄弟

第33話

******

 セレーネのブレスレットの光に包まれ、気がついたらカインとセレーネは見慣れた部屋の一室に居た。


 見慣れたというのは〝カインにとっては〟というのが正しいだろう。


 そこはカインの寝室だった。


 今まで誰一人として立ち入れることを許さなかった場所だ。


 カーテンも閉め切っていたため部屋は真っ暗で、夜目が効くカインとは違いセレーネにとっては部屋かどうかの判断もついていない状態だろう。


 不安げに辺りを見渡すセレーネの手を取り

「大丈夫、戻ってきたみたいだ」

 と告げるとセレーネはカインの声がした方に顔を向けた。


「ここは何処でしょうか……暗くて何も見えないです」


「ここは、私の部屋みたいだ。少し様子を見てくるから待ってて」


 そう言ってカインは立ち上がり、部屋の中を徘徊しつつも、ここへ戻る直前のセレーネの表情が頭を過り、思い出すほどに赤面していく顔を片手で覆い隠した。


(まさかセレーネからキスしてくれるなんて―――いや、それはここへ戻るために必要な行為であったからそうしたわけであって……だとしても、あんなの無理だろ可愛すぎる、耐えた自分を褒めたい。いや、耐えられてはないかもしれない。こっちに戻ってきたから平静に戻れたけど、かなり危なかった。好きって幻聴まで聞こえたのはさすがにまずい)


 セレーネからのキスの段階でカインの容量は上限を超えており、セレーネの告白は脳を経由せず右耳から左耳へと抜けていた。


 静かになったカインを心配してか

「大丈夫ですか?」

 とセレーネの透き通った声が部屋に響く。


「あ、あぁ。大丈夫だ」


 カインが座り込むセレーネの元へ戻ると、セレーネは手探りでカインの手を握り、少し安心したように目尻を下げる。その様子を見たカインの心臓は再度強く脈を打った。


(可愛い……)


 カインは今すぐにセレーネを抱きしめてもう一度キスをしたいという欲望に駆られたが、さすがに今はそれどころではないと慌てて顔を背けセレーネに問いかけた。


「どのくらいの時間がたったか分からないが、ラホール卿は大丈夫だろうか」


「あれからあまり時間が経過していないといいのですが、心配ですし早く合流した方がいいですね」


 カインは、自分からラホールの話を振っておいて、セレーネが彼の心配をしている様子に、もやっと心に影がさすのを感じた。


(分かってる。セレーネにとってラホール卿は家族同然の護衛騎士だということは。分かっているのに……心が騒がしくて仕方がない)


「……あぁ、とりあえずさっき別れた部屋に戻ろう」


 カインが握られた手を離そうとするとセレーネはそれを拒否するかのようにカインの手を強く握り、不思議に思うカインに向かってポツリと言葉を漏らした。


「あの……私がさっき、ここに戻る前に言ったこと、どうお考えですか……?」


 暗くて色が分からなくてもセレーネが顔を真っ赤に染めていることがわかる。


 視線を落としたセレーネのまつ毛が流れ、柔らかそうな唇は緊張しているのか硬く閉じている。


 その様子を見たカインは先ほどの言葉は幻聴なんかではなかったとようやく理解した。


 誰の邪魔が入ることもない真っ暗な寝室、目の前には求め続けた存在が恥ずかしそうに座り込んでいる。


 視界の端で、ドレスからはみ出た素足が寒そうに動いた時には、プツンと何かが切れたかのように全ての理性が吹き飛び、目の前の愛おしい存在を引き寄せて強く抱きしめていた。


「セレーネ……好きだ。十一年前のあの日からずっとセレーネが好きなんだ……」


 そう言って静かに見つめ合うと、カインはゆっくりとセレーネの頬に、口に、と唇を落とす。


「誰にもあげたくない。ずっと隠していたい。でも、セレーネに嫌われたくない」


 おでこをくっつけて鼻が触れるくらいの距離で囁くカインに対して、セレーネは

「じゃあ、これから先もずっと一緒に居てくれますか?」

 と問いかける。


 カインはセレーネの紅潮した頬に手を添えて潤んだ瞳を親指で優しく拭った。


「ずっと一緒にいる。ずっと一緒に居させて欲しい。セレーネ、言うのが遅くなったけど、私と結婚してくれますか?」


 カインがそう問いかけると、セレーネは一粒涙を溢し

「はい」

 と嬉しそうに笑った。


 その顔を見て、カインがセレーネの首筋に唇をあて、ゆっくりとセレーネを押し倒した時だった。



 〝コンコンコンコン〟



 入り口から乱暴にノックする音が聞こえた。


 二人は一瞬のうちに我に返り、警戒の姿勢に入るが、ドアの外から聞こえてきた声は緊張感の無い声だった。

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