第13話

 焼きあがったお肉を前に、少年はキラキラと目を輝かせた。


「食べていいよ」

 と渡すと、相当お腹が空いていたのか、がっつくように口いっぱいにお肉を入れた。


「あはは!頬袋があるみたい!」


 人の事を笑っているが、私もかなりの空腹だったため、食事のマナーを無視して思い切りお肉にかぶりついた。


 その様子をみた少年が咀嚼しながら

「おまっほぉんほぉーになんもん?」

 と何を言っているか分からないが話しかけてきた。


「ちゃんと飲み込んでから喋りなさい」


「……んっ……お前、本当に何者なの?」


「何者……難しい質問ね。皆それを求めて生きていくんじゃないかしら」


「ふざけるな、俺は真剣に聞いてる」


 私はお肉をもう一口かじって少年の目を見つめた。


 カイン様から紺色の髪の少年にはカイン様の事を言わない方が良いと言われたけれど、私の事は言ってもいいという事よね。


 でも私だけ自分の事を喋るのは面白くないし……


 黙ったままお肉を食べ続ける私の様子にしびれを切らして少年は話を続けた。


「『ラホール卿』と気安く貴族の名前を呼んで歩く姿、言葉遣いや振る舞いから滲み出る育ちの良さがあるものの、服装は平民と変わらないし、攫われて一人森に置き去りにされたにしては肝が据わってるというか、挙句の果てにはウサギ捕まえて捌きだすし……」


 少年に言われて私も

「確かに」

 と納得した。


「でも、それを言うならあなたもそうよ?こんなところに子供一人でいるにしては良い服着てるし、木の実やヘビしか食べてないにしてはやせ細ってないし、本当にこの一週間でサバイバル生活始めましたって感じよね」


 少年は図星なのか、黙り込み、触れて欲しくないのかしばらく沈黙の後、違う話題の質問を投げてきた。


「これからお前はどうするんだ?」


「そうね……最終目標は家に帰ることかしら。闇雲に歩き回るより、見つけに来てもらうほうが簡単だけれど、来れない可能性もあるし……来れないってことは、帰る家が無くなってるパターンもあるし……とりあえず、ここがドレスト帝国内だとすれば一週間くらいは待ってみようと思うわ」


 続けて

「そういえば、ここはどこか知ってる?」

 と聞くと少年は首を横に振った。


「わからないけど、俺もここは帝国内だと思ってる。転移魔法にしろ、輸送にしろ、国境を超えるのは無理だろうからな」


「ほう、つまりあなたも帝国内で連れ去られてここにいるわけね?」


 私の言葉に一瞬眉毛がピクリと動いたが、肯定も否定もしない。


 深入りしても殻に閉じこもるだけだろうとそれ以上の追撃はやめておいた。


「というわけで、もうしばらくここに居たいのだけれど、いいかしら?」


「別にいいけど……」


 少年はぶっきらぼうな言い方だが、口元が少し嬉しそうに笑っているように見えた。


 本人は隠しているつもりだろうが、普段ほぼ表情の変わらないラホール卿と話をしている私からしたら、この少年の気持ちを察する事なんて朝飯前なのだ。


「フフフッ。あ、あなたはどうするの? もし私の救助が来たら一緒に来ない? その方があなたも早く家に帰れると思うけど」


「俺は……ここに残るよ」


 てっきり一緒に帰るものだと思っていたので、意外な返答と、一瞬にして表情を曇らせた少年に私は困惑した。


「え? 残るっていつまで? ずっとなんて言わない……」

「俺はお前と違って帰る場所なんてないから」


 少年は私の言葉にかぶせるように、強い口調ではっきりと言い、かまどの前から立ち上がった。


「……俺、薪集めてくるから」


 背中を向けたまま、少年は小屋から出て行ってしまった。


 私は自分の言葉をもう一度思い返し、何を間違えたのか考えた。


 私は凝り固まった自分の狭い世界の中で生きてきたことを分かってはいたが、無意識下ではついつい想像が滞ってしまう。


 どうみてもお金を持っている家で育った彼には帰りたい場所なり、会いたい人なりが当然のようにあると思ってしまった。


 子供の癖に泣きもせず夜の道を歩き、お腹が空いていてもすぐに口に入れずに様子を伺い疑う反面、私を小屋に迎え入れることを許してくれた、そんな彼の警戒心と寂しさの裏側を想像しようと思えばできたのに。


 私も急いで立ち上がり、小屋から飛び出して少年の背中を探し、後を追った。


 名前を呼びたいのに、名前を知らない。


 私は紺色の髪の少年の事を初対面ではなく、どこか知った気になっていたが、本当は何も知らないのだと酷く痛感する。



 太陽の出ている森の中は意外と見通しが良く、木の実もあちこちに見受けられる。


 少年を見失いつつ、しばらく歩くと川の流れる音がしたため、そちらに向かった。


 流れの緩やかな小川があり、綺麗な水面から時折魚が跳ねる様子が見られる。


 道具があれば魚釣りも出来そうだ。


 私は喉の渇きを思い出したため、川に近づき水を大きく掬って飲み干した。


 昨日までは初夏を感じていたのに、今日は一段と暑い気がする。


 暑いと水辺に集まるのが人の本能なのか、川上には少年の姿があった。


 浅瀬で何かをやっている少年に近づくと、私の気配に気が付いたのか、手を止めて振り返った。


「何してるの?」


 私が声をかけると、手には網のようなものを持っていた。


「別に、昨日お前が引っ掛かってた網を修理したら魚が捕れるかもと思ってやってみてただけ」


 そう言われたら見覚えがある網だ。


 小さな魚はすり抜けそうだが、ニジマスくらいの魚なら捕れるかもしれない。


「網の周りに石を括り付けて、重りになるようにしたらいいかも」


 私は少年を手招きして岸辺に呼び、広げた網の周りに石を括り付けていく作業をした。


 少年も私のやっていることを真似て括り付けるのを手伝ってくれる。


 最初は無言で黙々とやっていたが、追いかけてきた当初の目的を思い出し、話しかけるタイミングを伺った。


 少年も私の様子を伺っているのか、チラチラと視線がぶつかり合い、私の方が気まずさに耐えきれずに

「あのさ」

 と声を出した。


「そういえば、名前聞いてなかったわよね。何て呼べばいい?」


「なんで今更そんなこと聞くんだよ」


「君を追いかけてる時にさ、呼び止めたかったのになんて呼んだらいいかわからなくて、それって思った以上に不便で困るなぁって気が付いたの」


「……じゃあ、リヒトって呼べ」


「私はセレーネ。リヒトかぁ……光って意味よね。素敵な名前ね」


「セレーネはなんて意味なんだ?」


「うーん、私の実の父親が名付けてくれたのだけど、月の女神様から貰った名らしいわ。私の家では月の女神様を祀っていて、領地では年に一度お祭りも開かれるのよ」


 私が名前の由来を説明すると、リヒトは私を見つめたまま手を止めた。


「どうしたの?」


 私が聞くと、リヒトは

「いや、何でもない」

 と言って小石を括り付ける作業を続けた。



「よし、時間がかかっちゃったけどいい感じにできたわね!」


 時間はすでに昼を過ぎているだろう。


 私の腹時計は正確だが、電池切れが早いのが玉に瑕だ。


「もう少し上流の流れが速いところに行きましょ!」


 私はリヒトの手を握り、その手に戸惑うリヒトを無視して川沿いを更に登って行った。


 木が生い茂り、先ほどよりも幾分か涼しくなったところで、私はブーツを脱ぎ捨て、飛び跳ねる魚目掛け、全身を振り子のようにして重たい網を投げた。


「リヒト!引っ張って引っ張って!」


 流れの急な川に足を取られないようにリヒトに支えてもらおうとしたが、そのリヒトが足を滑らせ、お尻から水に着地した。


「冷てぇ!」


「あはは!何やってるのよー!ほら早く立って!」


 網を肩に担ぎ、左手を伸ばしたが、リヒトは突然ニヤリと笑い私の手を引っ張った。


 膝から川に倒れ込み、上半身も水に浸かりそうになったが、引っ張った本人が僅かに残った良心で体を支えてくれた。


「冷たーい!何てことしてくれんのよー!」


「今日は天気良いからすぐ乾くよ」


「そういう問題じゃないでしょー!」


 私はもういいやと吹っ切れ、服を脱ぎ下着姿になった。


「えっ、えっ、お前何してんだよ!」


 脱いだ私よりもリヒトが顔を赤くし、腕で顔を覆った。


「ついでだから洗濯するわ。いつかはしないといけないし、リヒトも今洗っといたら?」


 小屋から川までまぁまぁ距離があるし、リヒトの言うとおり天気も良いし、純粋な気持ちでそう言ったが、リヒトは悔しそうな顔をして背中を向けた。


「分かったよ!俺が悪かったよ!そんな当てつけみたいなことしなくてもいいだろー!」


「ガキんちょのくせに、何一丁前に恥ずかしがってんのよ。ここは生きるか死ぬかのサバイバルなのよ!一番に捨てるべきは恥じらいなのよ!」


 そう言って私はリヒトに近づき服に手をかけた。


「ほら早く、洗ってあげるから脱ぎなさい!」


「俺はいいよ!死ぬわけじゃないし!」


「不衛生は病気の素よ!というか、さすがにそろそろ洗わないと臭うわよ?」


 私がそう言うとリヒトは目を潤ませ、観念したように私から離れた場所で服を脱ぎ、小さくしゃがみこんで服を洗っていた。

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