蒼い月夜と薔薇

秋喬水登

第1話

夜は海を映して遠く青く

薄く透きとおる月の船が

天の東岸から西へと滑って

オリオンの三つ星の左にさしかかる時刻。


天使は今宵生まれた命に

贈り物を届ける仕事をしておりました。


その夜ギフトを届ける先には

屋敷の前に広い広い

薔薇の園がありました。


静かな月夜に

花たちは夜の青に染まり

甘く儚い夢をみて

眠りについておりました。


薔薇がふと

目を覚ますと

一人の天使が

ずっとこちらをみておりました。


天使の羽根は

夜の青に染まり

星屑を纏ったように

輝いておりました。


薔薇と天使は

一目で恋に落ちたのです。


天使は左手で薔薇の花びらを愛撫して

その中心にくちびるを寄せました。


薔薇は

溜息をつき、

甘い蜜を

天使の指に流しました。


薔薇と天使は

月の船が空の西岸に辿り着くまで

何度も愛を交わしました。


空の青が解け

暁の金星が

別れの時が近いことを知らせます。


天使は薔薇と離れがたく

薔薇を手折り

天上へ持ち帰ろうと考えました。


天使が薔薇の首に手をかけた時、

薔薇は鋭い棘で天使の指に

印をつけました。


薔薇の小さな歯向いに

驚き天使は身を離しました。


朝になって

空が明るくなり

すべてのものが見える時刻になっても、

私のことを見つけられたら

その手で殺して愛を叶えればいい。


薔薇はそう言って泣きました。


月が沈み空が白みはじめ

やがて夜の青が消えていきました。


天使の前には

幾千の白薔薇の園が

甘い香りを放って広がっておりました。


天使は

その中から

愛した薔薇を見つけられませんでした。


ただ、天使の左手の中指についた

小さな傷が

痛みとなって天使のもとに残りました。


それから

天使の左手の中指は

青い月の夜に

薔薇を思って血を流すのです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒼い月夜と薔薇 秋喬水登 @minato_aki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ