第3話 本物の恋 


 世話好きな美里は、道彦の妻を押しやってでも私が看病したいと、瞬間思った。

自分にも功二という夫がいることも忘れて。


 商社マンである功一は優しいが、既に結婚27年も経つとお互いに嫌な部分もたくさん見ている。 

誰にでも優しい功一が、自分より功一の母の肩を持っている、と感じた頃だった。

二人の間に溝があるのに気づいたのは。


 穏やかな性格の功一は決して喧嘩はしない。

言いたいことも黙ってしまい、ぶつけてこない。


 だからと言って、美里が満たされていたわけではない。

ただ、年々「今更結婚相手を変えても、結局は同じ」と思ったことと、商社マンの夫という肩書きは、ファッションの世界においても何かと美里の評判を高めてくれていたから、事を荒立てずにここまできた。


 今目の前にいる道彦も優しい人だったが、当時はやりたいことがたくさんある美里を、束縛するかのように全てのスケジュールを美里に合わせていたのが、鬱陶しくなっていた。


今考えてみれば、それだけ愛されていたのだろう。


ただその時は、自分の進む道を見つけられない道彦に、呆れていた。

どんどん距離が離れていた時、美里が大学を辞めたことで決定的な別れになった。


 その別れ話をするために行ったファーストフード店での光景も、そして大学を辞めることを大学の友人に告げるために最後に大学に行ったとき、道彦もその仲間の1人でいたのに、ろくに会話をせず、2度と会ってなかったことも、全て映画のワンシーンのように、鮮やかに甦ってくる。



「あのときさ」

「うん」

美里には、どの時ががわかる。


あの最後に大学のカフェテリアでみんなと一緒に、最後に会った時のことだ。


「せっかく、ファッションデザイナーの広報担当として就職決まったのに、おめでとうが言えなくてごめんね、ってずっと思ってたんだよ」

「え、そんな昔のこと」

「いや、たとえどんな状態でも、お祝いの言葉くらいは言えないのは情けないよ」

「ありがとう。こちらこそ、お礼を言わなきゃ。道彦はいつも優しかったよ。本当に大事にしてもらったよ。覚えてる?いつもデートの後は毎回私の住んでた女子寮まで送ってくれたよね」

「うん、送って行った」

「あれは嬉しかったな。大事にされてるって感じで」

「うん、俺偉いよね」

「ははは」「ふふふ」


 この時間が終わらなければいいのに。

何度もそう思い、「また会えるよね」と言っていた。


「うん、また上京するときには連絡するね」

「うん、ぜひ」


 道彦はすでに会社は退職し、空気と環境が良い那須に奥さんと一緒に移住したらしい。

今はフリーランスのフラワーデザイナーだ。それだけ名前が売れているということだ。

あの幼い感じの道彦が。


美里は、もったいないことをしたな、男の将来性を見る目は私にはなかったんだな、と思った。

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