第2話 再会 2人は35年ぶりに会う その理由は・・・
約束の日、品川駅で待ち合わせをし、道彦を見つけた瞬間、あの激しい恋の痛みが
胸に蘇った。
三十五年の時は一気に縮まった。
事前に「ハグくらいしようね」と言い合っていたので、
約束通りハグした。
ああ、道彦の匂いも体型も、何も変わってない。
165センチの美里より少しだけ背が高い道彦は、白髪はあるものの、
学生の頃と全く変わっていなかった。
デニムを履き、少し長髪で、黒の革ジャンを着ている道彦は、
どう見ても40代にしか見えない。
「久しぶり」
「久しぶり」
「元気だった?」
と二人同時に同じ言葉を言い合う。
「変わらないね」
「変わらないね」
と、ほぼ同時に同じことを言う。
美里は、白の緩めのタートルニットに、ペンシルタイプの白のパンツ。
ベージュのショートブーツを合わせ、髪はふんわりと肩まで下ろしている。
全て美里が務めるデザイナーの作品だ。
身長165センチの美里の白のワントーンコーデは、周りの目を惹く。
二人ともそれ以上の言葉が、なかなか出てこない。
お互いに見つめ合うと、言わない言葉以上のものが、伝わってくる。
そしてまた思う。なぜ別れてしまったのだろう。
美里の父親の会社が経営不振となり、美里が大学を辞めてしまった
ことが一番大きな理由だろう。
「私は全く違う人生を歩いていくんだ」と自分に言い聞かせ、
得意な英語を活かしてファッションデザイナーの会社の
広報アシスタントとして働き始め、現在ではパリコレデザイナーの
広報チーフとして働いている。
新人時代は、それはそれはきつい、厳しいことの連続だったが、
負けず嫌いの性格と、大好きなファッションの仕事だったから
続いてきた。
パリと東京を行き来することもある美里は、フランス語も独学で
身につけ、大好きなファッションを仕事にできて、良かったと思っていたが、
道彦に「仕事頑張っているのを知って、嬉しかった」と言ってくれた時は、
頑張ってきて良かった、と思った。
自分の頑張りを、若かった自分をよく知っている人に認められるのは、
なんと嬉しいことなんだろう。
品川駅構内の落ち着いたカフェを見つけ、二人で入る。
程なくして道彦が「実は俺、ずっと東京にいたんだけど、病気になって那須に
引っ越したんだ」と言った。
美里は遠慮がちに「何の病気が聞いていい?」と聞くと
「うん、白血病」と道彦が答えた。
美里は目の前が真っ暗になった。
「え、ごめん。こんなこと聞いて」
「ううん、全然いいよ。俺のは、慢性だから進行が遅くてね。
薬も会うのが見つかっているし、先生も良い先生が見つかってね。
そうしているうちに、特効薬ができるかもしれないじゃん。
だから、大丈夫だよ」
そう言われると、顔色も、表情も普通だ。
病人のようには全く見えない。
「そうなんだ。でもくれぐれもお大事にね。」
「うん、ありがとう」
「美里は、結婚は?」
「うん、出張先のパリで知り合った人と。子供はいないけど」
「じゃあ、うちと同じだね」
「フラワーデザイナーって、すごいよね」
「まあ、普通のサラリーマンは無理だって思ってたからね」
「そうなの?だって、お父さんは銀行マンだから絶対に固い仕事に
就くんだって思ってたよ」
「無理無理。兄貴は銀行マンになってるけどね」
「やっぱり」
一度会ったことがある道彦のお兄さんは、確かに頭が固そうだった。
「でも、俺がフラワーデザイナーになったのは、美里のおかげだから」
「え?」
「覚えてる?別れる少し前かな。これ、可愛かったから買ってきた、って言って、
カーネーションを3本俺に持ってきてくれたじゃん」
「え、覚えていない」
「はは、そうか。そう、買ってきてくれたんだよ。あれを花瓶に生けてたら、
なんか面白くなってさ」
「え、じゃあ私のおかげじゃん」
「ははは、そうなんだよ」
「知らなかった。何がきっかけになるかわかんないね」
「うん」
「私はほら、いつも一緒にラフォーレとか行って服を見てたじゃん」
「行ったねー」
「バーゲンの時は学校サボって行ったよね」
「うん、だから大学辞めた時自分がやりたいことって、ファッションしかないな、って思って、採用してくれるかどうかはわからないけど、とりあえず履歴書送ったんだよ。そしたら、面接に来てって言われて。その前に人が辞めてしまって、
英語ができて、若ければなんとかなるんじゃないかって採用されたんだよ」
「すげー。」留学してたから英語はできたもんね」
「まあ、それくらいしか取り柄がないから」
「でも、結婚してもずっと仕事をしていて、嬉しかったよ」
「道彦は、依存する女が嫌いだもんね」
「そうそう。やっぱり美里だな、って思ったよ。お父さん、お母さんは?」
「うん、元気だよ。道彦のところは?」
「母が7年前に・・・」
「え、あの優しいお母さん?」
「うん、そうか一度だけ会ったことあったよね」
「うん、何も知らなくてごめん」
「いや、美里のご両親が元気でよかったよ」
「なんで私のことがわかったの?」
一番聞きたかったことを、ようやく美里は聞いた。
「病気になって、病気のことを調べるときに「未来」っていうワードを入れていたんだよね。そうしたら美里の会社のホームページが出てきて、そこに美里の写真が出ててさ」
美里が広報を務めるデザイナーが、今年は「未来」をテーマにしてデザインして
いて、その特集があらゆるファッション雑誌で組まれた。
広報担当の美里は取材を受け、そのプロフィールに書かれていたアドレスに
道彦はメールを送ってきていた。
道彦は、大丈夫と言ったがやっぱり病気になってしまったことで、
不安だったのだろう。
そのときに見つけた懐かしい、お互いに初恋、初体験の相手というのが思い出されたのだ。
だから私に連絡してきたんだ。
美里は、ようやく道彦の35年ぶりの連絡の意味がわかった気がした。
つづく
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