つまるところ、厄介払い(2)

 私を訪ねてきた女性は、モーリス商会のマリアナと名乗った。

 歳は三十代半ばぐらいのデキる女な印象を受ける彼女は、聖女の御用聞きのためやって来たらしい。

 ああ、それ聖女に楽しく暮らしていただこうっていう配慮ね、本来は。またこのパターンか。

 私にその資格がないことを、急なことでマリアナさんまで連絡が行かなかったのだろう。来ていただいたのに申し訳ない。

 という私の困惑が伝わったのか、彼女は「ミナセ様。事情は聞き及んでおります」とにっこり微笑んできた。「三日間で欲しい物、片っ端からいっちゃいましょう!」と。

 三日で元を取る気で来たとか。たくましい!


「三百年ぶりにディーカバリアと交流するからといって、非常事態でもないのに聖女様を召喚する国のやり方には、どうかと思っていたのです」


 私と同意見を聞けて嬉しい!

 決めた。私の心をえぐってきたクノン国に気を遣うより、マリアナさんの商会に潤ってもらうわ。


「そういえば、ここへ来る途中、先触れの使者を見かけました。竜族は珍しいものが好きというのは真実のようです。城の庭で見つけた七ツ葉のクローバーを、その場で金貨を出して買い取っていました」

「ええー……確かに珍しいは珍しいだろうけど……」


 自分の『好き』に振り切れてるなあ。人間だとそんなこと――いや、そんなことあったわ。まさに私が、彫刻材として二十センチくらいのこくたんを万札はたいて予約していたわ。あ、何だか私、竜族の人と気が合いそう。


「そうだ、黒檀!」


 清水の舞台から飛び降りる気持ちで予約したのに、結局それを手にする前にここへ来てしまった、黒檀だよ!


「モーリス商会には、彫刻刀と彫刻用の木材ってありますか?」

「勿論、ございます」

「じゃ、じゃあ……黒くて硬い感じの木材はどうですか?」

「ああ、それなら丁度最近、大量に買い付けました」

「大量に⁉」


 日本の市場では中々手に入らない黒檀(仮)を大量に⁉


「我が国に、ディーカバリアからの国特産の木材を大量に贈られたようでして」


 ファンタジーな竜族の国なだけあって、ディーカバリアは夢のような国だった⁉


「王室に恩を売るために買い取ったものの、国に贈られたものを販売なんてできません。処理に困っておりましたので、好きなだけお譲りいたします。そうです、いっそミナセ様が全部使い切って下さいませんか? そうすればこちらも管理費用が浮いてありがたいのですが」


 保管に経費が掛かるからマリアナさんところに売ったのか。クノン国、せこい。


「でも貴重な木材なのでは?」


 そう聞き返しながらも、ついついもう何を彫ろうか考え始めてしまう。

 私は常日頃から、黒檀を好きなだけ彫れたらもうこの世に思い残すことなんてないと思っていた。そんな人生一大目標の達成が目の前にチラついたのだ、心がおどるのを止められるわけがない。


「貴重なのは、これまで交流がなかったからですよ。国交が回復すれば、普通に流通するはずです。今手元にあるものは一旦手放し、一般流通までの間に使い途と管理の仕方を決める方が無駄になりません」

「確かに!」

「ふふっ、それでは早速、ご用意いたしますね。すぐに戻って参ります」

「あっ、図案を描く、紙とペンもお願いします」


 私の呼び止めに、マリアナさんが「かしこまりました」と微笑んでから退室する。


「うおぉ……これは、これは思わぬ収穫……!」


 私は今度は胃ではなく胸を両手で押さえながら、ダイブしたベッドの上を転がった。

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