第11話 ミリオシア王国 サイレウス3
「は?」
さすがに訝かし気な声が出た。
衣擦れの音がする。
サイレウスは瞳をマリア・リアに向けた。
ユーウッドにしなだれかかっていた彼女はいま、上半身を起こしてサイレウスの方に身を乗り出していた。
「魔獣の侵略を防ぎ、聖騎士に聖力を注ぐような」
マリア・リアの瞳には異様な光が宿っていた。
気味の悪いものでも見た気分で、咄嗟にサイレウスは一歩下がる。
「……それは、ございますでしょう。神の寵愛を受けた聖女から……ことほぎを受けるのです。すべての聖騎士は矜持を持って……」
「そんなことを言っているんじゃないわ」
マリア・リアはゆったりと首を横に振った。
「本当にそんな力があるのか、って尋ねているの。聖女には超能力が」
「……それは……」
ない。
少し前の自分ならそう答えただろう。
建国当初の神代ならまだしも、現在の聖女にはそのような力はない。
ただ、儀式を踏襲し、身を清めて慎ましく生活をすることで国民を安堵させる。
それだけの存在だ。
魔獣はどうせ聖騎士が倒すのだ。武力でもって。
聖女はただの偶像にすぎない。
だが。
サイレウスは知っている。
もう、知ってしまった。
アルテイシアには。
なにかあることを。
「あのね」
無言を貫いていると、あどけない声でマリア・リアが呼びかけた。
「あたしの聖騎士はみんな死んじゃうの」
「……は?」
今度は眉根まで寄り、ぽかんと口まで開いてしまった。
視線の先では無邪気に聖女が笑っている。
「あたしは一生懸命『頑張れーっ』って気持ちをこめてお祈りするのにね、みんな死んじゃって……。ぜんぜん魔獣を倒してくれないの」
「マリア・リアのせいじゃない。騎士のくせに弱いあいつらが悪いんだ」
腕を伸ばし、マリア・リアの頭をユーウッドは撫でる。子犬のように目を細めたマリア・リアをサイレウスは無言で見つめた。
討伐が、失敗しているのは本当なのだ。
聖騎士が魔獣を倒せていない、ということか。
聖女のことほぎを受けて出征した騎士は。
死んでいる。
ことごとく魔獣にやられて。
ならば。
国が荒れるのは必然。
「ねえ、サイレウスさま」
マリア・リアは爛々と輝く瞳をサイレウスに向けた。
ぞくり、と背に冷たいものが走る。
この女にとって、他人の命などどうでもいいのだろうか。
自分のせいで幾人も。幾十人もの騎士が魔境に送られて命を散らしているというのに。
その責任を感じていないのだろうか。
「おねえさまはいったいどうやって聖騎士にお祈りをしていたの?」
「……それをわたしに聞くのは筋違いというもの。神殿の神官にお尋ねするのが一番かと思われますが」
「そのとおりにしてもぜんぜんなんだもの」
ぷう、とマリア・リアは口を尖らせた。
「おねえさまはきっと、なにかを独占しているんだわ。それをあたしが引き継がないときっと聖騎士はこのまま死んじゃう。ううん、別にね、聖騎士が死んじゃうのはいいの」
あははは、とマリア・リアは無邪気に笑う。
「だけど、そうなるとあたしが聖女じゃないんじゃないか、ってみんなが疑うの。それは困るじゃない? ねえ、王太子殿下」
ふふ、とユーウッドが笑い、マリア・リアの長髪をすくいとって口づけた。
「聖女なんて所詮肩書だけだと思っていたら……。なんだか面倒くさいな」
「ねー。どんくさいおねえさまにでもできるんなら、あたしにだって、って思ったのに」
ふたりして笑いあうさまを、サイレウスは茫然と見つめる。
(……なんと恐ろしい……)
早くアルテイシアを確保せねば。
居場所を見つけなければ。
このふたりに、国が壊される。
じりじりとサイレウスは扉の方に後退する。
「失礼いたします。王太子殿下」
扉の向こうから訪いの声が上がる。
いきなりのことにサイレウスは上がりそうになった悲鳴を必死で飲み込んだ。
「入れ」
ユーウッドが命じると、神官服を着た男が入って来てユーウッドに近づく。
何事か耳打ちする様子を見て、サイレウスは深々と頭を下げた。
「王太子殿下はお忙しいご様子。わたしはここで……」
「待て、サイレウス」
ユーウッドは侍従に頷くと、瞳を転じた。
「いま、お前の父親を捕縛した」
「………は? ……え。な……」
サイレウスは狼狽したまま部屋中の人物の顔を順にみていく。
あどけない笑みをたたえるマリア・リア。
冷ややかな視線を向ける神官。
にやにやと粘着質な笑いを浮かべているユーウッド。
「神殿に対し、重大な情報を秘匿している。これは由々しき事態だ。審問にかけねばなるまい」
審問。
その一言にサイレウスは震えあがった。
やつらのそれは〝審問〟と呼べるものではない。
拷問であり、結論ありきの尋問だ。
結果、神殿から異端の認定でも受けようものなら、タートル子爵一門すべてが滅ぶ。
「わたしがいま、なにが欲しいかわかるか、サイレウス」
ユーウッドはソファのひじ掛けに頬杖をついた。サイレウスは小刻みに震えていた。
怒りと恐怖がないまぜになって震える自分の左手は、知らぬうちに何度も腰にない佩刀を探っている。
「マーガレットからの手紙があるな? それと引き換えに、お前の父親を返してやろう」
ユーウッドの語尾にマリア・リアの甘たるい声が混じる。
「おねえさま、いったいどこにいるのかしら」
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