第十四章 揺らぎ
新たな年が始まって最初のバイトの日、僕はいつも通り例の本屋に赴いた。新年早々ということで比較的緩やかな気分で顔を出した。業務はいつもと変わらず、自分なりに慣れた業務をこなしていった。途中で隼人も顔を出し、新年の挨拶を送ったが、軽く頭を下げるだけだった。それから特に会話もなく、休憩時間になり、二人になった時、初めて隼人は口を開いた。
「お前さあ、文と付き合ってんのか?」
隼人からその名前を聞くとは思わなかった。目が鋭く、何処か友達と言う垣根を超えているような、軽蔑に似たものを感じた。気のせいだろうか。だけど、からかって野次っている表情ではなかった。
「どうしてそれを?うん。一緒に居てくれてる。」
聞いてる理由が見当たらない。何か関係があるのだろうか。僕にはこの短い時間で予測することはできなかった。
「あいつ今どうしてんだ?」
僕の質問は無視され、次の質問が飛んできた。この緊迫したような空気感に緊張感を覚えた。早くこの重さから解放されたい。
「どうって。普通に過ごしてるよ。普通は人それぞれだけど…。」
無視はされたがそのまま返した。文が普通と言うべきか分からず、言葉は濁ってしまった。
「そうか。俺、あいつと話し終わってないんだ。会う様に言ってくれないか?」
隼人は納得したのか、少しほぐれた様子だったが、どこかヒビが入ってしまっているような冷たさは残ったままだった。
「良いけど。昔何かあったの?っていうか知ってるの?」
自分の中でどこか理解しかけてきた。前に失恋したと言っていた。その相手が文で、名残惜しさを感じていると、そういうことじゃないのか。だが、そんな偶然が起こりえるか?だとしたら良い意味ではなく運命的だと言える。
「色々な。言う気はねえよ。じゃあ、頼んだ。」
捲し立てるように隼人は答え、目も合わせず立ち上がって店舗の方へ行ってしまった。今日は裏方の作業が少し残っていて、それが担当だったため、その日隼人とそれ以上会話することはなかった。
その日の夜、僕は文に電話し、確認と共に隼人の伝言を承ることにした。
「やっぱりね。無理、話したくない。それより、大丈夫だった?」
声は落ち着いていたが、言い方が冷たかった。やはり何かあったみたいだ。付き合っていたのだろう。
「ごめんね、一つずつ話したい。えっと…聞きたいことが山ほどあるんだけど…まず、やっぱりって?」
頭の中で幾つもの情報が交差し、整理がつけられなかった。僕の悪い所だ。
「前さ、気を付けてって言ったじゃん?あの夜、手繋いでたとこ目が合ったの。」
色々とはそれのことか。僕は全然気づかなかった。その時も緊張して注意力が散漫になっていたから。しかし、文の発言には不可解な点があった。
「え?でも、僕と隼人が知人だって知るはずが…どうしてそれを?」
そう、隼人は文と僕が居るのを見ていたが、隼人と僕が一緒に居る所を見られたことはない。
「カバン。あのアクリルチャーム、二人で作ったやつ。凹凸があるのは、つがいが揃ったらぴったりと合うから。にしても、まだ着けてるとか趣味悪い。」
そういえば忘れ物を凝視していたな。変で気になるからと予想したが、違ったようだ。その時に気づき、解っていたのだ。それで間違いないと分かりながら、遠回しに気を付けてと言ったのか。でも、何を?ただいざこざがあることを伝えたようには見えないのだ。
「気を付けてってどういう意味?」
それをそのまま聞いた。
「あいつ、ちょっとヤバいの…。」
そんな風には見えなかった。むしろ大地と重ねてしまっている部分があるため、印象が悪いわけがなかった。今日の態度は変だったけど、未練のある元カノが他の男といる所を見てしまっては、心がざわつくのは無理もない。
「ヤバいって…あのね、文、責める意味で言うわけじゃないよ?だけど、なんでもっと早くに言ってくれなかったの?気づいてたんでしょ?僕の家に来た友人が彼だって。」
隼人が危険な人物と言うのはにわかに信じがたい。いや、信じたくはない。そうだ、きっと文に依存し過ぎてたに違いない。それで別れ際でもしつこくなってしまったとか、そんなのだろう。
「口にしたくなかったの。それに、もう大丈夫かもって思ってたから。」
文の言い分からはどんな恋愛があったのか、想像がつかなかった。
「僕はこれからどうすれば…正直、隼人以外に友達は居ないんだ。距離を取った方が良いのかな。」
接し方も一気に難しくなった。文が話したくないという事を伝えて、治まる様には思えない。そしたら、ずっと亀裂が入ったような状態になり、友達としてもいられない可能性もあるじゃないか。
「友達としては問題ないんじゃない?縁を切れなんてわざわざ言わないよ。ただ、私には近づけて欲しくない。」
文はこう言ってくれたが、かなりの溜があった。時間が必要だ。なんとか納得してもらい、失恋と言う過去から立ち直れるようになることを待つしかない。この絆は手放したくはなかった。僕と言う存在自体が、友情の軋轢になっているのは否定しようがないけれど、文と隼人の距離が縮まることはもうなさそうだし、理解してもらうしかない。だから、時間が必要だ。
「分かった。注意はしとく。また連絡するね。」
一筋縄ではいかない。きっとちょっとした波乱になる。僕は電話を切り、布団へ潜った。
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