第十二章 絆
もうじき冬になろうかという頃、飯島とまた遊んでいた時のことだ。因みにどうでも良いが、もう鞄はとっくに返し終えている。
「そろそろ寒くなるだろ?その前にキャンプでもしようかと思ってんだけどさ。一人だとなんだから来ないか?」
と飯島がこんな提案をしてきた。まあ、今みたいに家に籠ってゲームばかりするのでは亨もないではないか。それはかなりの良い機会だった。いよいよ友人と胸を張っても怒られない関係性になったとも取れる。
「つまり二人ってこと?場所は?」
僕は手を叩く勢いで乗り気になり、飯島に質問した。
「ああ、レジャーに向いた山がある。まあ、他に連れて行っても良いが、お前とも仲良くなってきたし、折角なら。と思ってな。」
そういえばそんな山があった気がする。いや、一度大地と行きたいって話になって知識がないから断念した所じゃないのか?それと、飯島は心より嬉しいことを口にしてくれた。バイトでも結構な迷惑を掛けていたし、ゲームが本音かもしれないとも予想していたからだ。
「それは、喜んで行くよ。都合は…合わせるよ。」
バイトが一つともなれば、予定はある程度融通は効く。最も、生活を支える努力は欠いてはならない。
「んじゃ、こっちで調節していくわ。また必要なもん伝えるから、よろしく。」
飯島もゲームをしながら口角を上げ、僕に答えた。大地の影がぴったりと重なった。ただ、それは後ろめたさが残るものではなく、新たな親友として確立できそうだという、熱い期待によるものだった。
「おお、月並みな感想だけど、良い空気だ。」
当日、僕らは山にキャンプ道具を持って行き、集合した。場所は山の中腹にあり、綺麗な小川がある場所であり、良い雰囲気だった。僕ら以外にもチラホラとキャンプを楽しむ一行があったため、初めてなだけに、大自然に二人と言う不安を和らげてくれる要因でもあった。時刻は昼下がりで、天候にも恵まれていた。
「腹減ったわ。さっさと準備するぞ。」
飯島は肩を回し、いつもの調子で言った。反面、僕の中ではしみじみとしていた。きっと、友達と言う存在をこんなにもありがたく感じることは珍しいことだ。勿論、感謝すべきことだ。だけど、当たり前と言えば当たり前で、それについて深く考える機会は少ないもののはずだから。
テントを立て、あれやこれやを準備していたら、昼食はおやつの時間くらいになっていたため、誤算だった。飯島も完全に慣れているわけではなく、知識はあるものの、手際は完璧とは程遠かったのだ。それでも苦労した甲斐もあり、無難にカレーライスを作ったが、普段では味わえないスパイスを得ることができた。場所や居る人によって味が変わるというのは本当だな。
「うん、美味い!僕らみたいに昼食を取る人たちはいないね。」
冗談交じりに僕はそう言った。これは当然、皮肉で言ったのではなく、粋なもんだな。と伝えたのだ。遠くから聞こえてくる人の声以外にも、風の通る音や、それによって木々の枝が揺れる音は心地よかった。
「まあ、こんなに遅いとな。悪いな、手間取って。でもよ、いっちゃあ何だが、こんな大自然でやれることは限られてる!そういう面では、暇な時間が減ったと言えるな。」
飯島も冗談っぽく陽気に返してくれ、僕らは笑った。こんな日常、失ってしまった。そのはずが、それを取り戻したんだ。諄いが、ありがたく思えてならない。良い意味で、全てが振り出しに戻ったみたいで、ほんの一瞬、それはもう刹那だが、生きる喜びみたいなのがそこにはあった。それは錯覚であり、僕の苦しみに釣り合うようなことはないのにだ。
「ははは。言えてる。でも、暗くなるまでは歩き回ったり、バドミントンしたりもできるし、それを楽しもうよ。」
僕らは、言った通りに屋外で楽しめるレジャーを堪能した。と言っても、日没までの時間は短く、直ぐに暗くなってしまったのだが。すっかり日も沈むと、帰る一行も出始め、最初よりも数は減った。それでも遠くに散見するため、人気な場所であると解った。僕らは最初からテントを張り、寝泊りすることを予定していたので留まった。
夜の食事は少し遅めにし、野菜だけを切り、乾麺を湯に掛けてそれを主食とした。キャンプ場は安全面が配慮され、夜には照明が付き、そこそこ明るかった。僕らは火を暖にし、それを明かりともしていたが、それが無くても周りが見えた。できた塩ラーメンはこれまた雰囲気が美味しくしてくれた。
「そういえば有坂は地元、ここらなのか?」
食事の最中、飯島が聞いてきた。そういえば、僕の地元、もとい僕が通っていた学校は小中がほぼ一貫だった。もしも近所と言うなら飯島が通っていてもおかしくはなかった。他にもあるけど。
「そうだよ。実家は別だけど。」
僕の実家からは学校が近かったが今では遠い。故に実家もその程度の距離だった。今いる場所も地元と言えば地元で、大した区分は必要なかった。
「へえ、俺は高校の時に来た。だけど、実家は遠いな。両親も今はそこ。もともと祖父の家で、住める者が居なくなったから、俺が高校出たら帰った。俺もいつかここを離れるかも。ただ馴染み深い場所ではあるぜ、ここも。」
それなら会うはずもないか。高校は行っていたが、この辺りではないから。僕らは何気ない会話の中で相手を知った。それからはそういう小話を食事の合間に挟み、それとなくお互いの人相を確かめ合った。
片付けを終えた後はテント内でランタンを明かりとし、トランプやその他二人で出来るボードゲームを楽しんだ。飯島は見かけと反し、と言うと失礼だが頭は切れ、心理戦を必要とするゲームでは大抵勝てなかった。ただそれでも面白かった。飯島はゲームの時は少しリアクションが大きくなり、見ていて面白いからだ。
疲れるまでそうして遊び、夜も更けて来たので今日は寝ようという話になった。寝巻に入り、肩を並べて寝る。僕は今日の充実した一日、それと下り坂ながらも、どこか抗えそうな日々に希望を覚えてしまっていた。不安と安心。それが混じり合い、どちらともいえない感情がそこにはあった。単純に喜びがあった訳ではなく、こんなに充実しているのに、幸福とは少し違った。
「飯島、まだ起きてるよね。」
定まらない心境の中、声を発し、それを言葉にしたくなった。
「ああ、どうした。」
飯島は聞いてくれそうだ。バイト先で知り合った時も、許容してくれた。良い友人であるとしっかりと思えた。
「僕さ、前に友人を亡くしたって言っただろ?大地っていう一番の親友だった。なんかさ、飯島はあいつと重なっちゃうんだ。いつも元気そうで、前向きなとことか。失ってからは散々だった。友人なんて一人もいなくて、心の支えも無くなって、もうどうにでもなれって思ってた。今も、肯定的ではない。だけど、こんな友人に出会えるとも思っていなかった。最近は、飯島だけでなく、理解してくれる人とも出会えてさ、なんか、もしかしたらまだ諦めちゃダメなのかなって思うんだ。別に親友になってくれって言ってるんじゃないけどさ、結構強く飯島の事を信頼してるって言うのは伝えたかった。後、名前で呼んでもいいか?」
僕は飯島からそっぽを向いた状態でそんな言葉を続けた。明かりはなく、姿は見えなかったけど。僕の言った通り、それはお願いではなく、ただの、言葉だった。切っても切れないような縁に僕は感じてしまっているが、まだ互いが親友だと思える程には深くない。変な場所から深い関係を持とうとしても、距離感はそのままだという事を僕は知っていた。
「そうなんか。人が離れていくって寂しいよな。どんな形であれ。ありがとうな。素直に嬉しい。大地の代わりにはならないけどよ、仲良くするくらいならどうってことないぜ?好きに呼べよ。」
隼人らしい回答だった。楽観的だが、客観的ではなく、離れてはいなかった。そうだ。今はそういう気持ちを伝えるだけでいい。日々に焦りを持っている僕だったけど、時間と言うものでしか解決できない問題だというのは理解していたのだ。それにこうして距離も詰まった。良いことではないか。
「まあ、それだけ。」
僕は少し笑い、寝返りを打って仰向けになった。これからの事を考えるのは怖いし嫌だが、今だけはそんな気がしなかった。
「ところで、さっき理解してくれる人と出会ったって言ったけど、もしかして彼女か?」
隼人は数秒の沈黙の後、少し茶けた様子で僕に聞いてきた。友達なんて居なかったって言ったし、気づかれたか。僕の口から文について触れるのはやはり恥ずかしかった。
「まあね。まだ付き合いたてなんだけど。」
詳細は語らず流すことにした。半分惚気話になるのも恥じらいがあるし。
「隅に置けないな。お前は友達亡くしたって言ったけど、俺は前に恋人を失ったよ。いや、ただの失恋だけどな。悪い、別にだから何ということじゃない。気にすんな。」
隼人の声は少し寂しそうだった。わざわざ引き合いに出したのは、きっとそれが大事な恋だったからだろう。慰めの発言もそれがあったためか。別に当てつけで言っているわけではないのは伝わった。
「そっか。こういう言い方、嫌いだけどさ。また良い人見つかるといいな。」
こんな時、何て言うのが適切か、僕には分からない。自分で下手な慰めを受けるのが嫌いなのに。いっそ黙ってた方が良かったかもしれないのだ。
「なんだけどな…ちょっと、やり直せるかもとか思っちゃうんだよな。おっと、もう寝なきゃな。今の話、ただの会話のネタだからな。あんまり深く考えんなよ?」
その話についてはいつか僕が相談役を買いたい。口ではこういうが、その手の話は結構、根底にあったりするからだ。ただ、隼人は気を遣ったのか、それ以上話を広げることもなかった。誰しもが寂しさのようなものを抱えているという事を胸に、その日僕は眠りに就いた。
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