第九章 友情

 苦しみに溺れてしまわないようにと考えた僕は、なるべく身の周りの事に集中することにした。文と言う存在は余りにも大きく、やはり僕の動機を底上げするような存在だった。まずは基盤だ。生活習慣を整え、自立と言う言葉が相応しい状態までにしようと試みた。でもこれは簡単な事じゃなかった。知らぬ間に完全に鬱病になっていたみたいで、何もやる気が起こらないことはざらで、元に戻すことは出来なかったのだ。いつまで経っても治らないんじゃないかという恐怖さえあった。

 バイトに関しては順調と言えば順調だ。斎藤店長はため息が多く、僕を好んでは居なかったが、いじめのようなものは無く、一従業員としては真っ当に扱ってくれていた。飯島とも仲良くなってきた。ゲームの話では気が合うし、友人としての立ち位置も獲得しつつあった。そういう所から見直していけば、いつの間にか快調になっているのかもしれない。

「マジ?今週末家行っていいか?俺それめちゃくちゃ興味あるんだよ。」

 休憩時間にゲームの話で盛り上がり、自然と遊ぶ約束になった。男と言うのは何歳になっても趣味に熱が入るものだ。

「あれ一番古いやつだよ?知ってるとは。飯島が良いなら。」

 今までは友人と言う感じではなかった。恐らくは、辞めるまで同僚だろうと思っていた。友人と言う友人が一人も居ない僕にとっては、これもまた僥倖だった。文以外の生きがいを見つけなくてはいけないという思いも少しだけ軽くなった。

 当日、飯島を家に呼ぶことにした。住所を教え、来てもらった。友人を招くのなど大地以来だ。体調の事情があるので昼の深い時間に合うことにし、なるべく起き上がれる時間帯にした。この日は起きることができ、訪問にも間に合った。

「お邪魔~。」

 玄関を開け、飯島を招き入れた。飯島の普段の服装はかなり無難で、特に言う所は無かった。素行に関しても同様で、すこしチャラチャラしているイメージがあったが普通だった。それこそ大地のようで、変に気を使ったりしないため気が置けない奴だった。

「じゃあ、早速やろうか。操作は分かるよな?」

 リビングに二人で座り、古いゲーム機の電源を入れた。僕はよくこのゲームをやっていたが、最近は他のハードを主にやっていた。そもそも今やろうと思っているのは二人用のゲームではないため、文が来たときは違うものを二人でしていたのだ。

「セーブデータ…ダイチ?友達?埋まってるんだが、消しても良いやつとかあるか?ないならいいけど。」

 最初のセレクト画面で、飯島の手が止まった。セーブデータは三つ埋まっており、その内の一つがダイチという名前で記録されていたのだ。僕がゲームを捨てれなかったのも、その大事な一ページがあったからと言っても過言ではない。一瞬、もの凄く鮮明に大地とこのゲームをしていた時の記憶が蘇り、動揺した。まだ大地の死を完全に受け入れられていないことに気づいたからだ。

「あ…ああ。そう友達、もう亡くなったんだけど…悪いけど、そのセーブデータは消さないで。上の二つなら問題ないよ。」

 僕は自分に言い聞かせるように事実を口にした。しかし、その反面大地と言う存在が居ないにも関わらず、誰もするはずがない記録を消すことは出来なかったのだ。

「悪い。そんなことがあったとは。」

 飯島も手を止め、謝ってくれた。謝るようなことじゃない。ずっと心の中で受け入れなくちゃとは思っていたんだ。不幸の一欠けらとしてずっと背負った気でいることがまずいんだ。

「いや、大丈夫。まあ、忘れて。僕もあんまり気負いたくはないし。」

 僕は微笑み返し、床に置かれたコントローラーを手に取り、手早く自分のセーブデータを削除し、飯島に渡した。今は考える時じゃない。そんな甘い考えが確かに残っていた。

「そうか。じゃあそうする。おお、これこれ。やっぱ初代が神。」

 飯島は気を遣ってくれたのか、それ以上のことは言わなかった。バイト仲間という感覚もまだ抜けきっていない頃合いなので、お互いにあまり相手のプライバシーには触れられないというものだ。

 それからは何事も無かったかのように、僕もわだかまりを抱えることなく楽しい時間を過ごせた。長時間一緒に居ることで生まれるコミュニケーションや、共通の趣味を持っているからこそ距離が縮まるというのは感慨深いものがある。いつの間にか青春を取り戻したかのような、胸の奥が熱を帯びる感覚があった。この友人関係は大切にしなくてはならない。そう強く思えた。

「今日はありがとうな。また来るわ。次は二つ目のダンジョン制覇させてくれ。」

 時間を忘れ、お腹が減ったと思った頃に時計を見たら20時を回っていた。ゲームもキリがよく、少し遊び過ぎはしたが止め時だった。そんなに遊んでいたのに、お互い何処か名残惜しさを感じ、飯島が出て行く頃には30分が経過していた。

「勿論。完全クリア目指そうな。」

 僕は玄関先で手を振り、見送った。その後はキッチンで軽い夜食を作り、腹を満たした。折角なら飯島にも作ってやれば良かったかな。

 シャワーに入り、余暇の時間がまたできた所で、久しぶりに僕もあのゲームを遊びたくなった。そのためリビングに戻ってゲームに近づくと、あるものが視界に入った。

「あいつ。カバン忘れてる。」

 リビングの隅には凹凸のあるアクリルチャームが付いたショルダーバッグが置かれていた。軽くため息をついてスマホを手に取る。もっと早く気づいておけば手間が省けたのに。

「おう、有坂か。ホントだ。ねえわ。ま、大したもん入ってないから次行く時にでも持って帰るわ。じゃあな。」

 電話越しでも飯島に焦った様子はなく、本当に大事なモノなど入って居なさそうだった。僕は中を物色するような不届き者ではないが、深い仲ではないので、多少の焦りがあると思っていたが、その心配はなさそうだ。もう信用してくれたということなのだろうか。

 僕はそうか。と言って電話を切り、気にしないことにした。予定通りゲームを始め、残った自分のセーブデータを削除し、初めからスタートした。

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