星座 題材「病」

 田中たなかのぞみが私に話しかけてきた。

諒子りょうこちゃんは誕生日、いつ?」

「えっと。私の誕生日は7月7日だよ。七夕なんだ」

「おお。いいね。素敵だね。ロマンチック」

 田中は心底、楽しそうな表情だった。誰かの誕生日を聞いたところでどうなんだろうと思った。

 でも、私自身も7月7日が誕生日なのは少し気に入っている。

 り姫様、彦星ひこぼし様の素敵な話が好きだからだ。

 年に一度しか会えないなんて、すごくロマンチックだ。

 現実的に考えると遠距離えんきょり恋愛れんあいは本当に難しい。

 空想の話だけど、胸をときめかせるものがある。

「私、かに座なの」

「そっか。今日の運勢はすごくいいみたいだよ」

 田中は何かの雑誌のページを開き、私に見せてきた。確かに今日一番運勢のいい星座になっていた。

「やったーありがとう」

「よかったね」

 田中の見せてきた占いページには「6/22~7/22 蟹座 cancer :今日は超ラッキーな日。最高の出来事が来る」と書いてあった。私はガッツポーズをする。

「ね。最強の日だね!」

「うん。あ。そうだ。蟹ってcancer(キャンサー)って英語で書くじゃん。なんで?」

「そうだね」

「cancerって病名のガンと一緒じゃん。どうしてなの?知ってる?」

 田中はニヤリと笑う。どうやら、その意味を知っているようだ。

 田中の博識はくしきぐあいは知っていた。

 さすがテレビのクイズ番組に出演し優勝しただけあると思った。

「ヒポクラテスっていう古代ギリシアの医師は解るかな?」

「知らないな。何、それ?」

 私は古代ギリシアの人を知らない。そんなに偉い人なのだろうか。

 ヒポクラテス。どこかで聞いたこともあるような気がした。

「ヒポクラテスは医師の倫理りんり、医学の柱、医学の父と呼ばれているんだ」

「そんなにすごい人なんだね」

 なんだか壮大そうだいな話になってきているような気がした。

 蟹の話と、ヒポクラテスは関係しているということだろう。田中は嬉しそうに話す。

「ヒポクラテスは有名な宣誓文。「ヒポクラテスの誓」は現代でも医師のモラルの最高さいこう指針ししんなんだ」

「なんかすごいこと教えてもらっている気がする。そうなんだね」

「うん。すごいよね」

 田中は目を輝かせていた。ヒポクラテスは確かにすごい。

 そんな人がいたから私たちは今、素晴らしい医療にアクセスできるようになっているのだろう。

「で。肝心の蟹の話だけど。最初にガンを蟹に例えたのはヒポクラテスって言われているんだ。紀元前の古代ギリシアで既に「乳ガン治療」の外科げか治療が行われていたんだ。その治療はガンの部分を切り取った後、そこに松明たいまつで焼くという荒っぽいやり方をしていたんだって」

「うわ。それまたすごいね。そうか。そんな前から「乳ガン治療」しているって。乳ガンと蟹にどこが関係しているの?」

 私にはどうにもピンと来なかった。

 けれど、紀元前から「乳ガン治療」が行われていたことも驚きだった。田中が口を開き、ゆっくりと話す。

「当時。最先端を走っていたヒポクラテスはそうやって取ったガンの塊を切り刻んでスケッチしていたんだ。そこに「蟹のような(カルキノス)」という記述を残していたんだって。ガンの部分が周りの組織そしき浸潤しんじゅんした感じが手足を伸ばしている蟹にみたいだったらしいよ」

「へぇ。すごく面白いね」

 私はその話が面白くて感心した。

 蟹がガンに見えた。ガン自体を見たことはないが、蟹のように手足があるみたいなのだろうか。あとで画像検索してみようと思った。

「更にね。進行した乳ガンは皮膚に引きつれを起こして、これが蟹の甲羅こうらのように見えたんだって。これも蟹って言われる由縁ゆえんらしい」

「まさか。英単語のcancerから、こんなスケールの大きい話になるとは」

「でしょ。本当に言葉の語源って面白いね」

「そうか。改めて、蟹座生まれが誇らしく思えてきた」

「大げさだね」

 田中は私の反応に笑っていた。確かに大げさかもしれない。

 けれど、田中の話を聞いて、蟹座に生まれたこと、七夕に生まれたことが嬉しくなった。

 正直。ちょっと蟹座がダサイと思っていたことがある。

 けれど、古代ギリシアの医師、ヒポクラテスの話が偉大すぎて高揚こうようかんいた。

 田中の知識はどどまることを知らない気がした。以前、田中が進路について話しているのを聞いたことがある。医療いりょう関係かんけいに行こうとしているらしかった。

 その意味でもこの話は田中にとって得意分野だったのだろう。

了 題材 病

参考文献 

どうして、癌は英語でCancer(カニ)なの http://www.ctjsc.com/ct/whatCT.htm


41:11




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