受取り方 題材「悪」

 派遣で働いてから二ヶ月が経過した。仕事も慣れてきて、同僚の彩田さいた吉良きらとも友達になった。彼女は私よりも二歳ほど下で仕事も出来、外見もいい美人だ。

 その上に性格も前向きでこちらまで元気をくれる。の打ち所が見当たらない。

 私は彩田が人として大好きだ。けれど、弱点が見当たらないゆえに、彩田をよく思わない、嫉妬しっとする気持ちを持った人がいるのも解る気がする。

 

 ある日のことだった。

 正社員で上司の塚田つかだもえこが彩田に会議で使う資料のコピーを頼んだ時だ。

 塚田は普段から彩田への態度がキツイ。明らかに彩田を嫌っているオーラを出している。塚田に頼まれた仕事を彩田は了承りょうしょうする。

「はい。わかりました」

 彩田は塚田の指示通りに会議で使う資料をコピーする。

 50ページあり、それも似たようなものばかりが沢山あった。彩田は細心さいしんの注意を払いながら、コピーをし、ページ番号を確認しながら順番通りに並べた。

 それを冊子さっしにした。作り終えると彩田は塚田の机の上に置く。

 塚田の指示では「二部ずつコピー」だったので、彩田は解りやすいように一番上のコピーに付箋ふせんを貼る。

 その付箋に「二部ずつコピーしました。ページが似ているので、確認しながらお願いします」と書いた。

 塚田はコピーを確認し、ミスがなかったらしく彩田に何も言わなかった。

 私が横目で見ていると、塚田は舌打ちをしているように見えた。


 彩田がコピーした資料は会議で無事に使われたらしい。寧ろ、会議で評判が良かったと言っている人が居た。


 その日の昼食の時間になった。

 私と彩田は昼食を食べにいく。その歳に塚田が彩田を呼び止めてきた。

「ちょっと」

「なんですか?」

「コピーのことだけど。ページ抜けていたよ。これね。私が確認したからいいけど」

「あ。はい。すいません。以後、気を付けます」

 彩田はすぐに謝罪した。彼女の素直な応対に塚田は黙る。彩田が再び口を開く。

「塚田先輩。ありがとうございます」

 彩田が感謝を述べると、塚田はもごもごしながら「あ。わかればいいから」と言いい、去って行った。

 その様子を他の人も見ていたのか、彩田に感心しているように見えた。

 私自身もその応対に少し驚いた。自分のことを良く思っていないらしい人からの注意は、いくら正しい指摘でも不快に思えてくる。そんな中、「感謝の意」を述べている。中々に出来るものではない。

色田いろたさん。行こう」

 彩田は私に呼びかけて、私は「そうだね」と言いながら、昼食を摂りに行くため会社を一緒に出た。私と彩田は会社から近いカフェに入った。

 店員に案内され、向かい合わせで座る。咳につくと私は口を開く。

「彩田さん、すごいね」

「なにが?」

「塚田さん。いつも彩田さんに悪意を向けているじゃん」

「そう?」

 彩田は塚田を気にしていないようだ。彼女は水を一口だけ飲む。

 私は彩田が結構、気が強いのかもしれないと確信した。彩田は私の顔を見て、話す。

「あのさ。悪意って。それが仮に悪意を持っているものでも、それを受け取るときに“悪意”だと思わなければ”悪意”じゃないよね。本当に塚田先輩が私を嫌っていたとしても、私自身は先輩が嫌いじゃないからさ。別にって感じかな」

 私は彩田の価値観に驚いた。確かに向けられたとする”悪意”を正直に受け取らなければそれは、別ものになる。なんだかお釈迦様の教えみたいに思えた。

 そう思うのは中々に難しいだろう。けれど、それが出来れば気持は大分、楽になるだろう。

「やっぱ彩田さんはすごいや」

「いいや。全然すごくない。私も昔は悪意を受け取って、それに支配されていた。だから、どんどん病んでいって。だったら、その"悪意"を受け取らなければいいんじゃないかって」

 私は彩田の言葉に重みを感じた。

 ここまでの精神力を養うのに、彩田には相当な出来事があったように見えた。

 完璧そうに見えた人でも、絶対に苦労があるのだろうと私は改めて思った。


了 題材「悪意」


42:27



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