第3話

 なかなか情報が集まらない中、昼食をとっていた三浦の携帯が鳴った。番号には心辺りは無い。


「もしもし三浦」

「佐々木と申します。先日は」

「ああ、どうかされましたか?」

「ええ、もしよろしければ、今からお会いできますか?」


 食べていた丼もあと一口ほど残っていたが、三浦はそのまま会計を済ませて、すぐさま店を出た。


 待ち合わせの場所は事件が起こったすぐ近くで、その付近で食事をしていた三浦はすぐに駆けつけることができが、そこには佐々木亮司が既に到着していた。


「どうも」

「すみません。急にお呼び立てをしまして」

「いえいえ。それでどうかしましたか?」


 佐々木は先に目星を付けていたのか三浦を近くの喫茶店に誘導した。

 小さな個人経営の店は昭和面影が残りながらも、現代テイスト取り入れた店作りで落ち着いた雰囲気だ。マスターらしき人物が、水と注文を取りに来る。


「三浦さんは?」

「ではブラックを」

「じゃあ二つお願いします」


 佐々木は店の人間が居なくなると、持っていた鞄から白い封筒を取り出し、中から書類を出すと、三浦に見せた。


「これは?」

「今回の事件に関わった一人です」


 三浦は驚いた。警察でもまだ掴めていない被疑者の情報を持って来たのだ。当然の如く三浦は佐々木に質問をした。


「どうやって見つけたんですか?」

「企業秘密です。ですがあと二人はまだ分かっていません」


 写真には黒いパンツに白のワイシャツを胸のあたりまで肌蹴刺した、ホスト風の男が写っている。首には金のネックレスをして、お世辞にも善良市民には見えない。


「私には彼らを逮捕できる権限はありませんので」


 三浦は佐々木のその堂々とした雰囲気から、そんな無力な言葉を聞くとは思わなかった。三浦は葬式の時にあった時の彼を思い出し、兄弟の仲は良かったのだろうと心の中で訂正していた。


「弟さんを殺した犯人が、憎いですか?」


 何も考えずに出た言葉だった。無神経な事を言ってしまったと思ったが、声に出た言葉を取り消す事は出来ない。


「わかりません。ですが、こうして調べている自分を考えると、そうなのかもしれません」


 ガラス越しに外を見つめながら、どこか他人事のように佐々木は言った。

 三浦はそんな佐々木の顔を見ながら、その目元から何かが零れ出しそうになっているのを、見逃さなかった。


 二人の間に、甲高い機械音が鳴り響き、佐々木がテーブルに置いていた携帯を手に取った。誰かに呼び出されたのか、今から会う約束をしているようだ。


「三浦さん。済みませんがクライアントと急に会う事になりましたので、今日は」

「いえ。こちらこそ面目ないです。被害者家族の方から手掛かりを貰う事になってしまい」

「いえ。それでは後はよろしくお願いします」


 佐々木は深々と頭を下げて店を出て行った。

 頭を下げるべき人間は自分自身にも関わらず、先にさせてしまった罪悪感を持ちながら、三浦も署に急いで戻る事にした。


 緊急の捜査会議を開き、情報に基づき周辺の交友関係を洗う事になった。三浦は元村と行動する事になる。


 佐々木から預かった書類には、加害者名と出入りしている店の詳細が書かれてあった。名前は南部(なんぶ)正行(まさゆき)。その経歴を調べてみると、少年院、暴行、強姦未遂に麻薬と札付きの悪と言っていいほどだった。


「周りを調べれば全員、直ぐに逮捕出来そうですね」

「そうだな」


 この時三浦もそう考えていた。そして佐々木亮司にも報告をする事が出来ると。だが三浦が思い描いた様にもの事は進まなかった。


 容疑者として浮上した残りの二人は、佐野(さの)明人(あきと)と三島(みしま)寛(かん)治(じ)といい、南部と同じ様な経歴の持ち主だった。


 三人はよくつるんでは、何かと騒ぎを起こしている。事に佐野は組事務所に所属しており、この三人の中では一番、発言力があると言ってもいい。

 警察はこの三人同時に、バラバラに事情聴取を行った。


「だーかーらーその日は佐野さんとマーシャルっていう店の奥で飲んでました! 店の店員に聞けばわかるっつーの」


 狭い取調室で南部は、大股を開き椅子にふんぞり返りながら、捜査員の質問答えている。度々部屋に他の捜査員が出入りするのは、各々の証言を確認する為だ。


 三浦と元村はこの南部に何度も同じ質問を、形を変えて行っていた。三人の証言の裏取りを、同時進行で他の捜査員が出て取りに行っている。だがもたらされる報告は、この証言が完璧だという事だけ。残りの佐野、三島の証言ともパズルのピースのようにぴったりと合っていた。


 翌日、三浦と元村は証言に出てくるマーシャルと言う店に出向いた。場所は事件があった場所をから五分ほど離れた場所で、昼間は夜に比べると落ちついた街並みだ。店は雑居ビルの一階にあったが夜からの営業の為、電気は点いていない。しかし扉を引くと、すんなりと中に入る事ができた。


 店内はカウンター席と、ホールに立って飲めるように背の高いテーブルが幾つか配置され、天井にはミラーボールが飾られている。小さな明かりが点いている店奥からひと際、明るい光が薄暗い店内で目立っていた。


 三浦と元村はその部屋に向かった。部屋に入ると、くたびれたワイシャツを着た若い男が、煙草を咥えながらテレビを見ていた。


「お前らなんだよ! 勝手に入ってくんじゃねえよ!」


 二人に気付いた男は、威勢よく喰ってかかってきた。


「K署の者だ」


 警察手帳を提示すると、一気に尻尾を丸めた犬のように大人しくなったが、その態度に変わりは無く、座っていた椅子に座ると、置いてあるテーブルに足を投げ出した。

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