死ぬには秘密が重すぎる

星見守灯也

死ぬには秘密が重すぎる

 薄暗い空間で目が覚めた。

「ん? なにが……」

 そうだ、俺は階段から滑って落ちて、それから……。



「こんばんは。死の入り口へようこそ」

 ぬっと現れたのはドクロに黒いフードの、みるからに死神だった。手には鎌と天秤。

「俺は死んだのか?」

「残念ながら。ちょっと失礼」

 そう言うと死神は俺の額に指を触れ、青白い塊をとり出した。それを鎌でざっくり切り離す。

「なにをした?」

「うわあ、あなた秘密が多いんですねえ」

 死神はその青白い光を天秤にかけた。ぐらりと天秤がそちらに傾く。

「俗に『墓場まで持っていく』とは言いますが、秘密を持ったままあの世には行けません」

「秘密のない人なんていないだろう」

「その通りです。だからここで吐き出していってくださいな」

「と言っても……秘密かあ……」

 俺は頭をめぐらせる。秘密にしていたこと。

「ううん……身長を少し高めに言ってること……とか」

「ほうほう、続けてください」

「妻に内緒でキャバクラに行ってるのは」

 ほんのわずかに天秤の傾きがゆるくなる。

「実はギャンブルが好きで……よくサボって行ってる……」

「うーん、なかなか減りませんね。この際、ぶっちゃけちゃいましょう」

「宝くじが当たったのを黙ってパチンコに注ぎ込んだのは?」

「いいですね」

「職場の女の子に浮気してること……上司のお茶に下剤入れたこと……」

 ゆっくりと天秤が上っていく。

「秘密と言われて相談されたことみんなにバラしたのは俺だって言うのと……」

「減ってきましたよ」

「痴漢が好きなこと……客先で水出しっぱなしにして同僚になすりつけたとか。あいつ、それでクビになった」

「その調子です」

「後は……高校時代、友達の彼女を妊娠させて逃げたこと……?」

「ずいぶん減りました、あとちょっとです」

「娘の学資預金を勝手に使ってること……」

「おお、いい感じですね。……ん?」

 死神はちょっと待ってとスマホを出した。それをみて大きなため息。

「ああ……もたもたしてるから蘇生が間に合いました。これだから人間は。……あ、戻っていいですよ」

「戻ってって……」

 聞き返そうとしたが口が回らなかった。全てがぼんやりとして溶けていった。




「目が覚めました!」

 声がして、目を開ける。ここはどこだ。

 白い天井、白い壁、そしてひきつった妻の顔。

「ああ、術後のせん妄がひどくて……気にしなくていいですよ。よくあることですからね」

 看護師が言いにくそうに言った。

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死ぬには秘密が重すぎる 星見守灯也 @hoshimi_motoya

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