無底

てると

存在の和解

 いつまで経っても埋まらない。底の抜けたバケツは水を貯めることが無い。皮肉なことに、不眠の昼寝で布団の中にいる時、最も愛を感じられる。僕は知っている。肉欲に塗れた男ほど欲望の婉曲表現に気を遣うことを。僕が友人から学んだことは、むしろ僕の場合肉欲であるという嘘をつかなければならないことだ。


 青年はこのようなことを意識と無意識の境で思念しながら、ぼんやりと睡魔が逢着するのを布団の中で待っていた。青年はいつも徹夜の翌日、自己制御を失う恐れから呼吸が乱れる習慣となっている。こんなときに青年がまどろみに入ると、いつも奇妙な感覚を覚えるのを常としていた。


 またこの感覚だ…、一切の恒常的孤独から解放されている、この全身に愛が流れる感覚…。母性愛の感覚なんだけど、きっと僕の中で「存在」は育ちつつあるんだろう。言葉じゃない、大丈夫って囁いてくれる、存在としての存在。


 青年は、聖霊、という概念を想起した。きっとこのことなんだろうと察した。そうして、青年は伝えるべき対象の不在を冷静に観察した。そうして再び眠りについた。


 蜃気楼の中、僕は耳を凝らした。すると存在の声が臨んだ。

「たけちゃん、どうしとったね?ん?」

「お母さん…?バカ!バカ!お母さんのちんちんバカ!…言えずにいたんだよ」

「ごめんね…。今でもたけちゃんが一番やけんね」

 僕は泣きながらお母さんに抱き付いた。お母さんは、涙を私の頭に零しながら抱き返してくれた。

「すっごく悔しいけど、どれだけ勉強してもどれだけ人と出会ってもやっぱりお母さんが一番なんだよ、お母さんをずっと否定しようとしたけど結局無理だった。お母さんずっと一緒にいてよ!いてくれないと僕そのうち死んじゃいそうだから!」

「たけちゃん、お母さんはずっといたんだよ。ずっといたし、生きてたんだけど、なかなか気づいてくれなかったね。これからも生きてるんだからね。」

「お母さん、僕ね、本当に生まれてきてよかったと思ってる。お母さんがお母さんでよかった。ありがとう。大好き」

 母が僕にほほえむと、再び蜃気楼が立ち込めてきて、気づけば僕は布団の中でまどろんでいた。


 青年は起き上がりコーヒーを飲んで目を覚ました。そうして、しまった、死ねなくなったと悟った。

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無底 てると @aichi_the_east

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