もちもちバレンタイン

鳥尾巻

貰えたらなんでもいいんです

「健康促進部」に所属する名古屋在住の男子高校生3人は、休日、何の用もなく暇つぶしに集まり、街をぶらぶら歩いていた。

 健康促進とはいっても、活動内容はダイエットを兼ねた筋トレだったり脳トレと称した麻雀だったり。「とりあえず部活やっとけ」という、あまり機能していない名ばかりの部だ。部員は後輩含め5人。


 部長を務めるのは2年のマシロ。癖のない黒髪に黒縁の眼鏡をかけた、一見すると色白の優男だが、性格は一癖も二癖もある。

 2年で副部長のタクマ。金髪頭で体格も良く、筋トレが趣味である。三角筋は「ハンバーグ乗ってる」とマシロに言わしめるほど発達している。ヤンキーのような見た目だが、性格は素直で繊細かつ臆病。

 部員で2年のトオル。やせぎすで茶色の天然パーマ。育ちが良く、映画や海外ドラマ好きで物知りだが、好きなこと以外にはあまり興味を示さない。


 1月も終わりが近づいたその日、冬の寒さを本格的に迎えた空は、張りつめたような空気をまとい、綺麗に晴れ渡っていた。

 タクマは誰に言うでもなく、のんきな口調で呟く。


「もうすぐバレンタインやな」


「そ、そんなものは存在しない!」


 タクマの呟きを拾ったマシロは、動揺した素振りで言い切った。その隣でトオルが溜息をつく。


「現実見ろ、マシロ、タクマ。俺たちに関係あるか?そんな行事」


「……ないな」


 タクマは悲し気にハンバーグの乗った三角筋を落とし、マシロは遠い空を眺めて眼鏡の奥の瞳を潤ませた。


「じっちゃんのじっちゃんが言ってたんだって……。チョコってのは牛の血を固めた食いもんだって。だから我が家では代々、婆連汰陰バレンタインには血夜固冷吐チヨコレイト入りの牛肉を食べるんだ」


「嘘つくなや。バレンタイン司祭に謝れ」


 マシロの戯言たわごとに慣れているトオルが冷静にツッコむ。3人は物悲しい気分で、熱田神宮の前を通りかかった。


「そういえば、初詣行ったか?」


 トオルが尋ねれば、残る2人は首を横に振る。カップルやリア充で賑わう初詣など、非リアには辛い場所でしかない。


 熱田神宮は、三種の神器の1つ、草薙神剣くさなぎのみつるぎを祀り、草薙神剣を御霊代みたましろとする熱田大神あつたのおおかみを主祭神としている。また草薙神剣や天叢雲剣あめのむらくものつるぎを神体とする天照大神あまてらすおおみかみのことを指す。

 相殿神は天照大神、素戔嗚尊すさのおのみこと日本武尊やまとたけるのみこと宮簀媛命みやすのひめのみこと建稲種命たけいなだねのみこと。合わせて6柱を祀る、由緒正しき神社である。

 家内安全、無病息災、縁結び、出世開運、商売繁盛、合格祈願のご利益があり、近隣の住民からは「熱田さん」の名で親しまれている。


「縁結びか……」


 熱田神宮前で立ち止まり、鎮守の森の大楠おおくすの梢をぼんやり眺める3人。


「やっさしい~も~りにはぁぁぁ~♪」


「やめろ、歌うな、タクマ」


 唐突に熱田神宮CMソングを歌い始めたタクマの腹直筋を叩いたマシロだが、岩のような硬さに逆に手を傷めて顔を顰める。トオルは天パを掻き上げ、そんな2人を振り返った。

 

「今なら人も少ないし、バレンタイン祈願行っとくか」


「西洋の行事を日本の神様に祈るってどうなん?」


「まあ、ええやん。腹減ったからきしめん食いに行こまい行こまい」


「今どきそんなコテコテ名古屋弁使う奴おらんがね」


 口々にくだらないことを言い合いながら、中に吸い込まれる3人。正月を過ぎて人も少なめな境内を、砂利を踏み踏みそぞろ歩いて行く。


「あれ?マシロくん?マシロくんやないと?」


 後ろから声を掛けられたマシロが振り向くと、そこには長い黒髪の淑やかな雰囲気の女の子が笑顔で立っていた。

 その隣にはショートボブのちょっと気の強そうな猫目の女の子と、2人の後ろに隠れるようにふわふわのセミロングで垂れ目の大人しそうな女の子。10月に広島に修学旅行に行った時に知り合った、福岡の女子高生達だった。


「あ、タキさん。サヨリさんとハヤセさん。お久しぶりです」


「久しぶりやね!みんな元気してた?」


 元気なサヨリに挨拶され、女子に不慣れな男子高校生達はおずおずと頷いた。トオルは不思議そうに首を傾げ、彼女達に問いかける。


「あの……今日はどうしてここへ?」


「ああ?ええと、こっちにパパ?とママ?の別荘?があるから、ちょっと遊びに、ね?」


 マシロは「なぜ、全部疑問形なんだ」とツッコみたいが、ツッコめない。どうやら彼女達は、各地に別荘を持つお嬢様らしい。


「ねえ、君たち、名古屋は地元やろ?案内してくれる?」


「はい!喜んで!」


 直立不動でいきなり大声を出すタクマに3人の美少女がクスクスと笑う。さっきまでバレンタインに憂鬱になっていたのが嘘のようなご褒美タイムである。

 

 とりあえずそのまま6人で一之御前神社から巡り、神鶏を眺めたり、美肌に効くと有名な清水社で水と戯れ、弘法大師が植えたという大楠の前で記念撮影をする。

 境内の中にある老舗のうどん屋できしめんを啜り、レトロな雰囲気の神宮前商店街などで遊び、楽しい時間は過ぎていく。


 夕刻も迫り、6人は再び熱田神宮前に戻って来る。お土産を買うと言う女子に「清め餅総本家」を案内すると、彼女らは喜々として店内に入って行った。


 店の外で待ちながら、マシロはボソボソと呟く。


「なあ、高校生にこのチョイス渋すぎん?」


「まあ、ええやん。名物やし」


「そうそう。名古屋行ってきたって感じするだろ」


「ひつまぶしとか味噌カツご馳走したかったけど、お小遣い足りんしなあ」


「きしめん食べたしええんちゃう?」


 女子に対して奥手な2人の返事は、意外にも楽観的である。そうこうする内に土産袋をたくさん抱えた女の子達は、楽しそうに笑いながら、マシロ達に近づいてくる。


「お待たせ〜」


「いっぱい買っちゃった」


「うちら親戚多いやんな〜」


「喜んで貰えて良かったです」


 マシロが照れながら答えると、3人はにっこり笑って、袋の中から清め餅の小さな包みを取り出した。


「御礼って言ったら難やけど、これあげるっちゃね」


「ちょっと早いけど、バレンタインの代わりばい」


「どうぞ」


 そっと手を握られつつ、それぞれに渡され、感激のあまり挙動不審になる3人である。


「あ、あありがとうごぜえます」


「さんきゅーべりマッチョであります」


「ありがたき幸せ!」


「うふふ、やっぱ君ら面白かね」


 

 その後、地下鉄の駅まで送り、改札の向こうへ消えていく彼女らを最後まで見送る。

 

「ご無礼します〜!」


 教えたばかりの古き良き名古屋弁を残し、可愛らしく手を振って去っていく。3人はうっとりと溜息をついた。


「なんか女神様みたいや……」


「同意」


「バレンタインの願い叶ったな……」


「さすが熱田さんや。清め餅、うめぇ」


「タクマ、もう食ってんのか」


 上質なこしあんがしっとりした羽二重餅に包まれた和菓子が、タクマの大きな口に吸い込まれていく。


 同様に餅を取り出してみたマシロだが、ふっくらすべすべしたその手触りは、先ほど握られたタキの手に似ていると思った。

 そして、しみじみ感慨にひたり、もったいないから少しだけ取っておこうと思うのであった。



【曲】

「森は生きてる」 〜熱田神宮会館イメージソング〜

作詞/阿木曜子

作曲・唄/宇崎竜童

カバー/Ms.OOJA


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


この3人の物語は【男子高校生がわちゃわちゃする短編】に収められています。

https://kakuyomu.jp/users/toriokan/collections/16817330664860846642

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