5.海辺に煌めく可憐な姉妹たち

第1話 ︎︎素晴らしきこの世界

 八月の中旬に差し掛かる前──数日続いていた雨雲が過ぎ去り、ギラギラと晴れ渡った青空の下。


 母さんが運転する車に長い時間揺られ、やっとの思いで到着したその場所は、遥か向こうの地平線の先まで広がっていくマリンブルー……美しき大海原。


 視界の開けた海岸では大勢の観光客、カップル、家族連れ等がテントなどを張って太陽の光に晒されながらも、和気あいあいと海ではしゃぎ回っていて。


 沿岸沿いでは多くの屋台も出店され、香ばしい香りとともに風に乗って舞い上がる、波打ち際の潮香。


 正に夏そのものを表すこの情景を前にして、俺は腕を組んで青空を悠々と見上げていた。


「……夏だなぁ」


 深々と感じ入るようにそう一言。


 一足早く公共の更衣室でサーフパンツと白地のTシャツに着替えた俺は、自前で用意したワンタッチテントを海岸の空きスペースに組み立てたのち、更衣室からみんなが戻ってくるのを今か今かと待機中。


 何年ぶりだろうなぁ、海。最後に来たのは三年くらい前だったか……家族旅行で和やかに遊んでいた記憶があるけども、今年の海はこれまでとは全くの別物。


 何せ、


「おにいちゃーんっ! お待たせーっ!」


「おっ……お、おおお……ッ!」


 華やいだ声がした方角に振り向くと──その先には、白地のラッシュガードを着用した智香ちゃんが笑顔でこちらへと駆け寄って来ていた。


 そう。今年は、誰もが羨むほどに見麗しい智香ちゃんたち相川三姉妹が揃っているのだ。


(ま、眩い……! 控えめに言って大天使ッ……!)


 下は健康的な肉付きをした太ももが眩しい花柄のビキニを覗かせたまま、長い茶髪はランニング時と似たようなポニーテールで結ばれていて、普段の甘えん坊属性を払拭するような瑞々しいその姿は間違いなく他の誰よりも魅力が抜きん出ている。


 智香ちゃんの横を通り過ぎようとした全ての人間が足を止めて見惚れ、大きな注目を浴びつつも俺のために手を振りながら駆け寄って来てくれている。……ああ、俺はなんて幸せ者なんだろう。あんな可愛い女の子に、こうして求められるだなんて。


「えへへ、絶好の海水浴日和だねぇ。見て見てわたしのしょーぶ水着っ! ねぇねぇ、可愛いかなぁ~?」


 俺の前に来るや否や、早速ラッシュガードのチャックを開いて大胆に胸元を露出させる智香ちゃん。


 ──やはり、何がとは言えないが、大きい……ッ!


 着瘦せするタイプだとは常々感じていたが、まさかここまでとは……ッ! こんなの、他の男が見たら黙っていられなくなるヤツだッ!


「……今日、智香ちゃんのことは、俺が絶対に守り抜いてみせるからね」


「へ? う、うん? あ、ありがとぉ? でもその、水着の感想……」


「可愛すぎて今にも昇天しそう」


「おにいちゃあーんっ♡」


 ああ、待って、そんないつもの調子で真正面から抱き付かれたらダイレクトに感触が──やっばいこれ柔らかすぎて俺溶け死ぬ。あ、死ぬ。


「……さよなら世界、良き人生であった」


「おにいちゃあーんッッ!!?」


 パタリと横たわり、口から血を流して俺の魂は天国に向かって昇っていく……一回死んでからまたここに戻ってくるよ、アイルビーバック。


 しかし、意識が潰えようとしていたその直前、


「何してんですか、二人とも」


 馴染みのある声でガバッと呼び起こされると、すぐ目の前にはいつの間にか紗彩ちゃんが立っていた。


「さ、紗彩ちゃんッ……!」


「……ど、ども。ちょっと、まだ恥ずかしいんで、水着のお披露目はもうちょいあとってことで」


 頬を赤らめて言う紗彩ちゃん。天使はもう一人いた。


 智香ちゃんと同じ藍色のラッシュガードを着用しているが、下はビキニではなくショートパンツを穿いている。髪も普段のおさげではなく、ゴムでキュッと結ばれたお団子ヘア。おさげだと中学一年生とは思えない貫禄を常日頃醸し出しているが、こうして結んで見せると年相応に可憐な印象が際立っていた。もちろん良い意味で。


 総じて、智香ちゃんにまったく引けを取らない完璧なビジュアルだ。これなら海岸を歩けばすぐに周囲の目を引くのは間違いない。


「ど、どぉですか? こーゆー姿、お兄ちゃんに見せる機会今までなかったですし」


「……紗彩ちゃん」


「は、はい」


「紗彩ちゃんのことも、俺が守り抜いて見せるからね……」


「え。あ、そ、それは、どうも。で、ですけど、感想はどーなんです?」


「可愛すぎて今にも昇天しそう」


「……っ。あ、ありがとぉ、ございます」


 ああ、照れたその顔大真面目に国宝級。溶け死ぬスピードにググンッと拍車が掛かった気がする。


「なんでわたしと同じ扱いしてるのぉ! もっとわたしを特別扱いしてよぉ! おにいちゃあん!」


 不満そうに後ろからぎゅむぎゅむ抱き付いてくる智香ちゃん。理性崩壊するからやめて。


「こ、こら、お姉ちゃんっ? お姉ちゃんの体は……ちょっと、男性には刺激が強すぎるんだから、そういう行為はここでは控えてってば」


「こうしてれば誰も近寄ってこないでしょっ! おにいちゃんはカッコいいんだから見ず知らずの女に逆ナンパでもされたらどうするのっ! おにいちゃんの隣はわたしのものっ!」


「そこまで心配しなくてもお兄ちゃんなら穏便に事済ませられるだろーし」


「おにいちゃんに近づく女は全て排除ッ、この相川智香が直々に制裁を下してやるぅッ! んあああああくたばれクソあまぁアアアアアアッッ!!」


「お、おねーちゃーん? 落ち着いてー?」


 ……智香ちゃんがクソだなんて言葉を使うとは……時代の流れを感じるなぁ。知らんけど。


 そんなこんなで騒いでいると、しばらくしてから母さん、父さん、美乃里、ひまりちゃんの四人も着替えを終えてやって来た。


「ふふ、久しぶりの海ねぇ。光一さん、私たちの愛を形作るのに相応しい最高のロケーションだと思わない?」


「ああ……そうだな。愛してるよ、春香」


「こ、光一さんっ……!」


「春香ぁ……!」


 愛はさておき、今日は有休を使って会社を休んだ父さんも同行だ。四十代半ばだと言うのに引き締まったあの肉体美、そういえば最近の趣味は筋トレだって言ってたな。止める理由はないから別にいいけど。


「お、お兄っ。水着、新調したんだけど……ど、どうかなっ?」


「うん、すごく似合ってる。さすがは美乃里、自慢の妹」


「え、えへへぇ……そ、そんなぁ、お兄もカッコいいよ? お、お兄の、素肌……ふへへ、捗る」


 嬉しそうに笑う美乃里はワンピースタイプのチェック柄水着。人目につくのが苦手な事情、こうした肌の露出を控えたデザインをチョイスする傾向にある。しかしもちろんとても可愛いし、まるで海の妖精かのよう。髪型は紗彩ちゃんとお揃いのお団子ヘアだ。


 智香ちゃんと比べたらまだ幼さが残る体つきではあるが、それでもなんかこう……微笑ましいというか、愛着が持てる容姿だな。兄としてこんな可愛い妹を持てて誇らしく思う。


「へぇ~、可愛いねぇ美乃里ちゃん。まあこのわたしには遠く及ばないけどッ!」


「ああん? 何言ってんだよ、智香より私の方がお兄好みの体だし」


「わたしの方がお胸大きいもんっ! 男の子はね、女の子の大きいお胸が大好きなんだよっ! だからこの勝負はわたしの勝ちっ! やーい格下ぁ~」


「なんだやんのかコラァーッッ!!」


「暴力はんたーいッ!!」


 美乃里と智香ちゃんの二人は今日も仲良くいがみ合っている。あれが通常運転ということで、俺からはもう何も手出ししない。巻き込まれたくないので。


「長田先輩と八宇治先輩も今日一緒に来れたら良かったんですけどねぇー。特に長田先輩はあの色気ムンムンなパーフェクトボディーを一目見たかったです」


「まあ、二人も今頃はインターハイで忙しいから仕方ないね」


「インターハイ……いい響きですね、青春です」


「ね」


 紗彩ちゃんと見合い、ウンウンと頷き合う。


 本当はこの場にその二人もお誘いしたかったけど、今週は年に一回の夏の大会、インターハイの時期だ。女子テニス部のエースである環奈と、期待の新人と称されているらしい八宇治さんの邪魔をするわけにはいかない。


 けど確かに、環奈の水着姿見たかったな……深く考えずとも見惚れてしまうのは確定だろう。一番ナンパされそう、雰囲気的に。


「……」


 ──ふと、気配を感じて振り返ると、浮かない顔をしたひまりちゃんはじっと俺を見つめていた。


 上下別のスカート水着。上は水玉模様のタンクトップ、下は膝上しかない白のミニスカート。露出面積が広い肌は血色が良く、名前の通りキラキラと輝いたその容姿は見る者全てを笑顔に……するはずなのだが、


「ひまりちゃんも、水着似合ってるよ。可愛いね」


「……う、うん。あ、ありがと」


 元気がないのは明白で、俺が可愛いと言っても気まずそうに声を落としてしまう。


 ……く、苦しい。ひまりちゃんにこんな態度を取られると、想像していた百倍胸が苦しい。は、早く、笑顔が見たい……ッ!


「お、おにーちゃん」


「ん、んっ? ど、どうしたのっ?」


 不安がらせないよう笑顔で接すると、ひまりちゃんは俯きながらボソッと話す。


「……ミルクちゃん、お家に置いてきちゃって、ほんとに大丈夫だったのかな。寂しがってないかな……」


「……ッ。だ、大丈夫だよ。ちゃんとご飯を食べて水分補給もして、冷房も効かせてるんだから。半日くらい見てなくても心配することなんて何もないよ?」


「……」


 諭しても釈然としないひまりちゃんの頭を優しく撫でながら、俺は笑顔を崩さずに向き合い続ける。


「今はせっかく海に来てるんだしさ、不安なことは一旦忘れて楽しく遊ぼう? ずっと楽しみにしてたでしょ?」


「……うん」


「ん。今日もずっと、ひまりちゃんの傍に居るから。俺はどこにも行かないからね」


「──……っ」


 燦々と降り注ぐ太陽の光のせいなのか、それとも──ひまりちゃんの頬は火照ったように赤く、切なく潤んだ瞳で俺だけを見据えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る