第3話 手順としては
「わあ~! ねこちゃんだぁ~! かわいい~っ!」
「こらひまりっ、素手で触ろうとしちゃダメ。もしかしたら感染症とかあるかもしれないから」
「えー……? でもっ、ちょっとだけぇ~」
「だーめ。ほら、離れて」
「ううう~……っ!」
「唸ったってダメなものはダメだから。それに、そんな風に迫ってきたらこの子猫ちゃんだって怯えちゃうでしょ? はい、離れて離れて」
そう言いながら、紗彩ちゃんは一匹の子猫が入った段ボール箱を両手で自分側に引き寄せた。
くりっとしたつぶらな瞳で見上げながらにゃーにゃーと鳴く子猫。それを見た紗彩ちゃんの頬が一瞬ふにゃっと緩むも、気を取り直すように咳払いを入れる。
「……っ。え、えっと。それでこの子は、お兄ちゃんが公園で見つけて拾ってきたんですよね?」
「う、うん」
「迷い猫だとか、そういう可能性は……ない、ですかね。この大きさだと」
「そうだね。多分、生後何ヶ月とか、それくらいだと思う」
「……じゃあやっぱり、捨て猫、ですかぁ」
「うん……」
紗彩ちゃんと見合い、お互いに息をつく。
公園で子猫──捨て猫を拾った俺は、病人二人を抱えつつもどうにか強引に引っ張っていきながら、日が明るい内に急いで帰宅していた。
美乃里と智香ちゃんは静養のために自分の部屋に戻り、段ボール箱を手に抱えた俺はリビングに直行すると、家事をしていた母さんに大方の事情を説明。
そして、あとから続けて帰宅したひまりちゃんと紗彩ちゃんも我が家に迎えると、昼下がりのリビングでは俺、母さん、ひまりちゃん、紗彩ちゃんの四人が揃い、子猫一匹を見守っている状況だ。
「困ったわねぇ……光一さんが猫アレルギーだからウチでは飼えないのよぉ。それにこういう時ってどうすればいいのかしら? また外に出しちゃうわけにもいかないしねぇ……?」
頬に手をついて困った顔をする母さん。
確かに、この猛暑日で外に放棄すればこの子猫が衰弱死する可能性は十分にあり得るだろう。
……そう考えたら、元の飼い主って最低だな。子猫の命をなんだと思ってるんだ。
「とりあえずは動物病院に行きましょう。この子が何かしらの病気に感染していないか、体は衰弱していないか、健康状態の確認が大切ですから」
「紗彩ちゃん……そ、その後は、どうすればいいのかしら?」
「そうですね……動物愛護センターに掛け合って引き取ってもらうとか、里親を探すとか、あとはまあ……私たちで飼う、くらいですかね? 里親に関してはネット上で里親募集のサイトとかあったりするんで」
「詳しいのねぇ。紗彩ちゃんったら偉い子っ!」
「え。あ、い、いや、そ、それほどでも……あはは」
はにかんだ笑顔を見せる紗彩ちゃん。もうこの子が相川家の長女でいいんじゃないかな。そう思わせるだけの才知ぶり。智香ちゃんには申し訳ないけど。
「と、とにかくですね、このまま放っておくわけにはいかないのでまずは動物病院に。この子の今後についてはその後から考えましょう。春香さん、お願いできますか? 少し医療費とかかかっちゃいますけど」
「お金に関しては気にしなくても大丈夫よ。ええ、分かったわ。それじゃあお母さん、今から近くの病院に電話して向かう準備をするけれど……紗彩ちゃん、よければ病院まで一緒に付き合ってもらえないかしら? 私一人だとちょっと不安で」
「あ、はい分かりました。その、お兄ちゃんじゃなくていいんですか?」
「寝込んでる美乃里を一人にはしておけないもの。千尋にはしっかりとお留守番してもらうわ」
にっこりと笑う母さん。特に異論はないので俺からも「うん、分かった」と軽く返事をしておく。
「ひまりちゃんも、千尋と一緒にお留守番お願いね? 帰りにスーパーでお菓子とか買ってきてあげるから」
「ほんとっ!? じゃあひまり、クッキー食べたいっ!」
「ふふ、お母さんに任せときなさい。美味しいクッキー見つけてきてあげるからね」
「わあーいっ!」
お菓子一つで手懐けられるひまりちゃん。忠実なわんこのようで愛らしい。
「べ、別にいいですよ春香さんっ。そうやって甘やかすとひまりすぐ調子に乗るんで」
「さーやちゃん余計なこと言わないでっ! 調子になんか乗ってないもんっ!」
「クッキー食べたいって注文してる時点ですでに調子に乗ってるじゃん」
「だって食べたいんだもんっ!」
「ほらちょーわがまま。あと二年で中学生になるんだしさ、少しは大人にならないとダメだよ?」
「ひ、ひまりワガママじゃないもんっ!」
言い合いが激しくなる二人の間に「まあまあ」と仲裁に入る母さん。
正直なところ、紗彩ちゃんが大人すぎるだけで、ひまりちゃんの考え方がごく一般的なんだと思う。小学生なんてまだまだ甘えが許される年頃だし。
それに、ひまりちゃんにはこういう無邪気な振る舞いが本当によく似合う。大人しくしていたらそれこそ逆に不安を感じて落ち着かないというか。
ひまりちゃんにはその名前の通り、いつまでも笑って過ごしていてほしい。密やかな願いである。
「喧嘩しちゃダメよ二人とも? 姉妹仲良くね?」
「す、すみません」
「ごめんなさい……」
二人を宥めると、母さんは着用していたエプロンを外してリビング内を少し慌ただしく動き始めた。
「じゃあ紗彩ちゃん、家事を済ませたらなるべく早く準備するから少しの間だけ待っててくれる〜?」
「わ、分かりましたぁー。あ、あたしも、ちょっと自分の部屋に戻って準備してきますっ! すみませんお兄ちゃん、そういうわけで失礼しますっ」
──そして、紗彩ちゃんは颯爽とした勢いでリビングを抜け出して玄関へと向かい、扉の開閉音とともに姿を消してしまった。
結果的に、この場に取り残された俺とひまりちゃんは……。
「……じゃあ、二人で一緒に何かして遊んでよっか?」
「──ッ! うんっ! おにーちゃんっ、ひまりが独り占め~っ!」
「わわわっ、おーよしよし」
しばらくの間、二人でくっつき合いながらテレビゲームで遊んだりしてけっこう楽しめていた。
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