第3話 賑やかな我が家
「なっつやっすみぃーっ、なっつやっすみぃ〜♪ おにーちゃんといっしょーになーつまっつりぃ〜♪」
「あはは、そんなに楽しみなんだ?」
「うんっ! 今年はおにーちゃんと一緒に美味しいもの食べるのっ! わたがしとかー、かき氷とかぁー」
「甘いものばっかりだ」
「えへへぇ」
──夕食後。
今晩も我が家にやって来た智香ちゃんたち三姉妹を出迎えると、リビングでは我先にと飛びついてきたひまりちゃんを俺は笑いながら抱きとめていた。
試験勉強という重荷が無くなった今、心持ちはとても気分爽快晴れやかである。
加えてこの、ひまりちゃんという名の超高品質な抱き枕。なんて贅沢で幸せなご褒美だろう、全身に蓄積していた疲労が一気にブワッと吹き飛んでいく。
プニプニしてて、柔らかくて、温かくて……このまま一緒に布団を被さってしまいたいくらい。
ああ、可愛いなぁ、ひまりちゃん可愛いなぁ。フワフワと頬がニヤけてしまうのは致し方ない事である。
そんな中、
「こらひまり、お兄ちゃんにくっつきすぎ。困ってるでしょ」
そう注意を促したのは、傍で見ていた紗彩ちゃん。今日も髪を下ろしたオフモードで日に日に美人さに磨きがかかっている気がする。
「やあー! 離れないもんっ!」
「もんっ! じゃなくて。お兄ちゃんが困ってるって言ってんの」
「困ってないもんっ!」
「いやだから……はあ、めんどくさ」
駄々をこねて余計に俺にしがみつくひまりちゃん。
……そして、紗彩ちゃんの背後では、智香ちゃんと美乃里が恨めしそうにじぃーっと見つめてきていた。いや普通に怖い。
「すみません、めんどいとは思いますけどしばらくひまりに付き合ってもらえます?」
「うん、全然大丈夫だよ。ひまりちゃん可愛いし」
俺が言うと、それを間近で聞いたひまりちゃんは「おにーちゃーんっ」と歓喜の声を上げて頬ずりしてきた。うーん可愛い。
「もう、そーやって甘やかすからいつまで経ってもお兄ちゃんはお兄ちゃんなんですよ? たまにはひまりにズバッと厳しく言ってみたらどーです?」
「い、いやあ、それはちょっと無理かなぁ……?」
なんかこう、ポリシーに反するというか。
「お兄ちゃんがしっかりしてくれないと苦労するのはあたしなんですけど? お姉ちゃんも最近はお兄ちゃんに甘えてばっかで頼りになんないし……全く、どうしてあたしばっかり面倒な目にあって……」
……なんか、申し訳ない。俺はこんなにも幸せな思いをしている中で。
不満げにブツブツと呟く紗彩ちゃんに気を遣うように、俺は声をかける。
「いつもありがとね。紗彩ちゃんはしっかり者だからすごく安心するし、信頼してるよ」
「……っ。そ、そうですか。それは、それで、別にいいんですけど」
両方の人差し指を合わせて、ソワソワと気恥ずかしそうに目を逸らす紗彩ちゃん。
実際、この場においては紗彩ちゃんだけが唯一の常識人であり、まとめ役。
美乃里とひまりちゃんは言わずもがな、智香ちゃんも今ではすっかり甘えん坊だし……現状、物事を冷静に捉えて判断できるのは紗彩ちゃんしかいない。
甘えられることが嫌なわけではないが、同じ子供である俺にだって、誰かに少し甘えたい気持ちがあるのは事実で──そんな中、対等な立場で話しかけてくれる紗彩ちゃんの存在価値とは本当にとても大きい。
なので、
「紗彩ちゃんも、困ったことがあったらいつでも俺に相談してくれていいからね。必ず力になるから」
「あ……は、はい。……ど、どうも、ありがとうございます」
俺に出来る範囲で、寄り添い続けてあげたい。
そうして、思いやりを込めて笑いかけると、紗彩ちゃんは若干俯きながらそう言葉を漏らしていた。
……照れてるのかな?
「おにーちゃんっ、ひまりにも構って~っ!」
「あ、ああ、はいはい」
間髪入れず、不満そうに訴えかけてくるひまりちゃんの頭を忘れずに撫でておく。シャンプーのいい香りが鼻先を撫でて心地いい。
「──……お兄~……」
「……おにいちゃあーん……」
そして、その流れに便乗するようにユラユラ~……と、身を乗り出してきた美乃里と智香ちゃん。
なんだろう、この圧力は。二人から溢れ出ている異様な気配に謎の寒気を感じた。
「ど、どうしたの? 二人とも?」
恐る恐る、訊いてみる。
「……お兄はさ、私のお兄なんだから、優先すべきはこの私だよね?」
「……おにいちゃん。わたし、まだまだ甘えたりないよぉ」
さらにズッシリと増す圧力。笑顔が怖い。
「二人ともダメーッ! 今のおにーちゃんはひまり専用なのっ!」
しかしそれに臆することなく立ち向かっていくひまりちゃん。さながら二頭のチーターに立ち向かう産まれたての子ウサギのよう。勇敢だ……。
「専用とかんなもんないんだよッ! 図々しいわッ!」
「そうだよひまりっ! 今すぐおにいちゃんから離れてっ! お姉ちゃん命令っ!」
小学生相手に容赦のない二人、もといチーター。
こ、ここで喧嘩はしないでほしいんだけども……そう思う俺だったが、ひまりちゃんは俺にしがみつきながら抵抗するように声を上げた。
「や、やあーっ! 別にいいじゃんっ、二人はもうおにーちゃんと一緒に遊んだんでしょっ! ひまりはまだ遊んでもらえてないもんっ!」
「関係ないしそんなのっ。妹である私が第一優先、妹であるわ・た・し・が!」
「お姉ちゃん命令に逆らうつもりならお仕置きするよっ!」
「ひうっ……お、おにーちゃあーんっ! みのりんと智香おねーちゃんがひまりのこと虐めてくるーっ!」
怯えて泣きつくひまりちゃん。女の世界では年齢とかそういうのは関係ないのだろうか……恐ろしい。
「ま、まあまあ二人とも、ひまりちゃんも学校から帰ってきてばっかりで疲れてるんだろうし、許してあげて?」
「無理っ!」
ええ……。
「ひまりだってもう十一歳なんだから少しくらい自立するべきなのっ!」
ええー……。
「それ全部お姉ちゃんたちにも言えることじゃん」
紗彩ちゃんの言う通りである。
すると、その発言が気に入らなかったかのように反感を示したのは智香ちゃんだった。
「そんな真面目ぶって、本当は紗彩だっておにいちゃんに甘えたいんでしょ?」
「え? いや、別にそういうわけじゃ……」
「素直になりなよぉ~っ。ほらほら~っ」
「ちょ、お姉ちゃん寄ってこないでっ、ああもうっ、くっつかないで暑苦しいっ! ノリが酔っ払いのおっさんのそれすぎるっ!」
「うへへ、紗彩柔らかくていい匂い~すきすき」
「お姉ちゃんの劣化が深刻すぎるッ!!」
……あれだと、どっちが姉で妹なのか分からなくなるな。仲が良いのは何よりだけども。
「ほら、いい加減お兄から離れろってのっ! そのポジションは私のものなのっ!」
「やああ~っ! やあああ~っ!!」
「うっさい泣き喚くなこんなことでっ!」
「おにーちゃんっ! おにーちゃあーんっ!」
で、俺の元では美乃里とひまりちゃんが争いを繰り広げている。
必死になって俺に縋り付くひまりちゃんを、後ろから力ずくで引っ張って剥がそうとする美乃里。さすがにちょっと横暴すぎるのでは……。
「み、美乃里? ひまりちゃんが可哀そうだって」
「なにっ!? お兄はひまりの味方すんのっ!?」
鬼の形相すぎる。
「……まあ、その、穏便にというか」
「穏便じゃいられないのっ! ひまりも智香も最近調子に乗りすぎなのっ! 私はお兄の妹としての尊厳を保ちたいのっ!」
「……ははは」
俺に異論の余地なし。
「なに笑ってんのっ! ──ううう、うにゃあぁあああああんッッ!!」
そして毎度このオチ。
勢いに任せて抱きついてきた美乃里とひまりちゃんに挟まれて、俺はぎゅうぎゅうに押し潰される。
……最近はこうして美乃里が奇声を上げる場面も増えてきたな。おかげさま(?)で人見知りな部分も改善されてきて、クラスにも馴染んできたって前に話してたし、兄としては喜ばしい限り。
「みのりんじゃまあぁああ~……っ!」
「あんたの方が百万倍じゃまあぁああ~……ッ!」
ちょっと、改善されすぎな気もするけど。
そんなこんなで喧噪に包まれていたとき──玄関側からインターホンの呼び出し音が鳴り響いた。
「あ、あー、二人とも、ちょっと俺出てくるから一旦離れて、ね?」
「やああ~っ!」
「おにぃい~っ!」
「……」
まあ、離れてくれないのは大体予想がついてた。
というわけで、二人を多少強引に引っぺがしてその場に座らせると、俺は玄関に向かって歩いて行った。
「おにーちゃあぁああ~んっ!!」
「おにぃいいいい~っ!!」
後ろから聞こえてくる二人の絶叫。俺は今からどこの戦地へと死にに向かうのだろうか。
(……さすがにちょっと疲れた)
そう思いつつ、靴を履いた俺は不審者の可能性を視野に入れて、玄関の扉を半開きにして隙間から外の相手を確認する。
そこに立っていたのは──
「こんばんは、千尋くん」
「……恵美さん?」
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