第2話 妹 対 妹(?)

「⋯⋯ねえ、お兄とくっつきすぎ。もっと離れて」


「やだ」


「おい、殴るぞ」


「そんなことしたらおにいちゃんがわたしのために怒ってくれるもーん、えへへ〜」


「ぬうぅうううあああ……ッ!」


 一旦落ち着こうか二人とも。


 という意味合いで、俺はぎこちない笑みで二人を両手でバッと制する。


「け、喧嘩はやめて。二人とも仲良く、平等に」


「……むう……お兄〜……」


 訴えかけるように、背後から手を回してしがみついてくる美乃里。


「えへへ〜」


 対抗するように、正面から抱きつくことが最早標準となっている智香ちゃん。


 二人の美少女に前後から挟まれるサンドイッチ状態の俺は、もう人生の半分以上の幸せを浪費している気がしてならない。


 ……にしても、腕の中にひょっこりと収まる智香ちゃんのサイズ感。


 愛おしい。このまま何時間でも続けていられる。


「おにぃ〜っ! 智香ばっかり見ないでーッ!!」


「わたしとおにいちゃんは相思相愛だもーん」


「こんの生意気なメス豚がぁああああッッ!!」


 戦々恐々。いやもうどうしろと。


 学校から帰宅して数時間が経った夕方前。俺たち高校組三人はリビングで悠々とじゃれ合っていた。


 しかしこの状況、立てないどころか身動き一つすら取れない。あまりにも二人からの欲求が強すぎる。これ以上増せば割と本気で圧死する勢い。


 ぎゅむぎゅむ、ぎゅむぎゅむとホントにもう躊躇がなさすぎて俺は──もう仏に徹するしかない。とはいえ、耐えるのにもさすがに限度がある。


「うふふ、千尋ったらモテモテねえ」


「か、母さんっ、見てないでなんか助けてよッ」


「いやよー邪魔したら悪いしぃ。お幸せにねぇ〜」


「……ッ」


 通りかかった母さんはそう言いながら玄関に向かっていき、夕飯を買いに外へと出ていってしまった。SOSを求めているというのにあんまりである。


 紗彩ちゃんとひまりちゃんはまだ帰宅しておらず、父さんも今は職場でバリバリ勤務中。家内に残っているのは俺と美乃里と智香ちゃん、三人のみ。


 ……はあ。さて、覚悟を決めようか。


「お兄は私のお兄なのっ! あんたみたいなよそもんは大人しく自分の部屋でお絵描きでもしてろっ!」


「やだ〜。美乃里ちゃんにばっかり独り占めさせないもん。おにいちゃんには包み隠さずわたしの気持ちをぶつけるんだって、もう決めたんだもんっ」


「だっ……だいたい、なにが『おにいちゃあーん♡』だよっ! なんにも血なんて繋がってないくせに!」


「あ、聞きたい? えっとね、ひと月前におにいちゃんが好きな呼び方でいいよって言ってくれてねぇ、あの日のおにいちゃんは本当にカッコよくて素敵で〜」


「ああーッッ!! いらんわそんな惚気話ッッ!!」


 発狂する美乃里、頬に手をつき幸せに浸る智香ちゃん、そして間に挟まれていたたまれない俺氏。誰か助けて。


「だからおにいちゃんはわたしのおにいちゃんなんだよ~」


「……お、おにい。このどうしようもないメス豚をどうにかして……ッ」


 俺の方がどうにかしてほしいって思ってる。


「と、智香ちゃん」


「なあに?」


 間近から、上目遣いで和らいだ表情を浮かべる智香ちゃん──あ、ダメだこれ。


 ここまでの好意を無下にできるはずもなく、


「…………な、なんでもない」


 ギュッと優しく抱き寄せる以外に道はなかった。


「おぉおおおにいぃいいいいいーッッ!!」


「ちょ、美乃里っ、首絞めるのはやめっ、おえっ」


「うぅうううにゃああぁああああんッッ!!」


 後ろから首を絞めつけてくる美乃里。プロレスラーになるのはお兄ちゃんオススメしない。


「何してるの美乃里ちゃんっ! おにいちゃん苦しそうじゃんっ!」


「やかましいわっ! こんなベタベタ鬱陶しいぶりっ子なんかに惑わされてるお兄を救えるのは私だけなんだよっ!!」


「美乃里ちゃんだっていつもベタベタしてるじゃんっ!」


「私は妹だからいいんだよッ!!」


 それは確かにそう。


「ほらっ、お兄っ! 早く智香を放り捨ててっ!」


「い、いや、放り捨てるのはさすがに……」


「ここで躊躇してたら智香が調子づくだけだよっ!?」


 ……調子づく、智香ちゃん。


『──おにいちゃん大好き~♡』


 うん、悪くないな。


「なんでニヤついてんのおぉおおおおッッ!?」


 ごめんなさい。


「もぉ、いちいち叫ばないでよぉ。ご近所迷惑だよ?」


「誰のせいだと思ってんだっ、誰のッ!」


「自制ができない美乃里ちゃん自身」


「……ッ。ねえ、お兄、そろそろ本気でコイツの顔面殴っていいと思うの」


 家内での暴力沙汰は禁止事項。


 とはいえ、美乃里に対してここまで物怖じしなくなった智香ちゃんの成長には確かに驚かされている。


 決して悪いことではないが、少し誤ればトラブルの元になりかねない……いやもうなってるか。


 俺はこの状況を脱するためにふと思考する。


 険悪な雰囲気を打破するためには面白い話題作りが肝心だ。期末試験が終わった今、この三人に共通して話し合える話題──


「な、殴るのはダメだから。……その、もう少しで夏休みだね? 楽しみだね?」


 ボクシングで出方を伺うジャブのように軽く言ってみると、先に反応したのは智香ちゃんだった。


「あ、うんっ! 海とかお祭りとかすごく楽しみだよねっ。……でも、今年の夏もだいぶ暑くなるみたいだし、熱中症には気を付けないとかなぁ」


「あー、そうだねー……智香ちゃんは暑いの得意?」


「ううん、すぐにぐったりしちゃう。ランニングで体力を補ってはいるけど、昔から暑いのは苦手で……えへへ」


 見た目通り、ということか。


 言われてみれば先月も雨に晒されて体調を崩していたし、単純に体が丈夫ではないのだろう。


 ⋯⋯丈夫ではないとはいえ、そのランニングで俺を大きく上回るくらいには走力があるわけだけど。思い出しただけで息切れしそう。


「そっか。無理はしちゃダメだよ?」


「はぁーい」


 言い聞かせるように智香ちゃんの頭を撫でながら、次は背後にいる美乃里に向けて声をかける。


「美乃里もね?」


「へっ?」


「前にも言ったけど、美乃里も身体弱いんだから無理しないこと。分かった?」


「あ……う、うん。あ、ありがと、心配してくれて」


「そりゃあ美乃里のお兄ちゃんなんだし当然だよ」


「わ、私の、お兄ちゃん……」


「うん。大事な大事な俺の妹だから」


「そ、そんな、大袈裟すぎるよぉ~……ふへへ」


 と言いつつも、照れたように俺の後頭部に頬ずりしてくる美乃里。


 よし、多少のご機嫌取りにはなっただろうか。これで二人とも落ち着いてくれるはず……。


「──ふふん」


 待て美乃里、何故そのドヤ顔を智香ちゃんに向ける。


「……むう」


 そして智香ちゃんもそんな対抗意識燃やしてますみたいな顔しないで。


「聞いたでしょ? お兄にとって私は大事な大事なだぁーいじな妹だって」


 大事が一つ増えているんですがそれは。


「……それがなに? だからって別に、わたしがおにいちゃんの傍にいちゃいけない理由にはならないし」


「往生際が悪い。そうやっていつまでもお兄の妹ぶるなっつってんの。本物の妹は間違いなく私一人だけなんだから」


「そんなの美乃里ちゃんが勝手に決めつけてるだけじゃん。血の繋がりなんて関係ない、一番大事なのはそう思ってるんだっていう強い心なんだよっ!」


 ……な、なんか、また雰囲気が悪くなっているような……。


「血の繋がりが関係ないぃ~? 強い心ぉ~? 何を正論ぶって言ってんだよっ! 寝言は寝て言えっ!」


「正論だよっ! わたしにとっておにいちゃんはおにいちゃんなのっ!」


「わけわかんないこと言うなっ!」


「わかんなくないもんっ!」


 至近距離でヒートアップする両者。ま、まずい、このままでは……。


「あ、あの、二人とも、ちょっと落ち着いて……?」


 俺がそう宥めようとするも、


「媚び売ってばっかのメス豚ッ!!」


「頭でっかちの分からずやッ!!」


(……あ~……紗彩ちゃん、ひまりちゃん、早く帰ってきてぇ~……)


 争いが激化する女同士の戦い。


 その渦中に立たされている俺は、もうどうしようもないので見守るしか他ない。


 たくましくなったなぁ智香ちゃん。涙が一筋ほろり。

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