第1話 沈みゆく感情
「──……か、智香っ?」
「──……?」
名前を呼ばれて、わたしはゆっくりと振り向く。
そこに立っていたのは、この一年一組内で最初に出来た友達の
……今は確か、二限目前の休み時間。
こうして沙織ちゃんに話しかけられるまで、わたしは机の上のノートや教科書すら片付けずに、椅子に座ったままボーッと呆けていたらしい。
登校して、それからここまで教室でどう過ごしていたのか、まるで記憶に残っていない。
一限目の内容も、何も覚えていなかった。
「あ、やっと反応したっ。ねえ、あんた今日ほんとに大丈夫? 朝からずっとそんな調子でさぁ……?」
「……」
「と、智香?」
わたしは下を向いて、そしてすぐに顔を上げる。
「うん、大丈夫」
心配させないように、ニコッと笑顔で。
沙織ちゃんにはそう接した。
「……な、何か悩んでることがあるなら、話くらい聞くよ?」
「ううん、大丈夫」
「大丈夫っていっても……」
「気にしないで?」
「……っ」
沙織ちゃんは気遣い上手で明るい女の子だ。
わたしのことをいつも気にかけてくれて、クラスの中でも男女関係なく物怖じしないリーダーシップを発揮して、常にみんなのことを引っ張っている。
そんな積極性が、羨ましい。
わたしにはない……素敵な魅力。
「さおりーん、ともっち~」
「さっきの授業マジで内容意味不だったわ~」
沙織ちゃんの背後から他の女の子たちが親しげに歩み寄ってくる。
みんなとてもキラキラしてて可愛くて、自分に強い自信を持っていて。
思ったことはすぐに口に出して言えるような、そんな強い心を持った子たち。
…………比べて、わたしは。
「ちょっと、トイレ行ってくるね」
そう口にして、席を立つ。
「あ……う、うん……」
「すぐ、戻ってくるから」
みんなからの視線を感じながら廊下に出ると、トイレまでの距離をゆっくりと歩き始めるわたし。
廊下を歩いていると、すれ違っていく他クラスの男の子たちがわたしに目線を向けてくる。
わたしには聞こえない程度の小声でコソコソと噂していて、
何人もの目線がわたしだけを見ていて、
「……」
……少し、怖い。
どういう気持ちでわたしを見ているのか、分からないから。
──その度に、お兄さんの顔が思い浮かぶ。
お兄さんの目はいつも温かくて、優しくて。
包み込まれるようなあの安心感に、ずっと浸っていたくなるような……。
『でも、女の子と二人で遊ぶっていうのは初めてだったから、最初は緊張したなー。環奈って可愛いし』
「……」
『今日一日でかなり仲良くなったから名前で呼び合うことになってさ、あはは』
「ッ!」
記憶を振り払って、トイレに駆け込んだ。
トイレに入ってすぐ横にある手洗い場で蛇口をひねると、勢いよく出てきた水道水を両手で掬いながら顔にバシャッと濡らす。
濡れた顔からはポタポタと雫が滴り、帯びていた熱は急速に失われていく。
何度も何度も顔を濡らして、すっかり冷えきって、びしょ濡れになった顔を持参のハンカチで拭い取ったとき、
……ふと、目の前の鏡に映ったわたしの顔。
それを見て、無意識に声が漏れる。
「……わたしって、こんなんだっけ……」
肌の血色が、悪い気がする。
それに、目の下も少しだけ、黒ずんでるような。
睡眠はちゃんと取ったのに、どうしてだろう。
「確かに、心配されちゃうよね……これだと」
呟いて、失笑していた。
こんな顔ならいっそ、今日は学校を休むべきだったかもしれない。
遅れた分の授業は自習や予習で補えるし、一人でいた方が今は心が落ち着くというか、身体がそうするべきだと訴えかけてきているような。
今からでも、先生に相談して早退した方がいいのかな。
だけど、クラスのみんなには余計な心配をかけさせたくないし……。
「……?」
──スカートのポケットの中で、スマホがブルルッと揺れる。
スマホを取り出して画面を見ると、LINEからの通知が入っていた。
メッセージを受信したらしい。けど、相手が誰なのかは何となく予想がつく。
……思っていた通り、
「……宮内先輩」
お兄さんと同じ、二年二組に在籍している宮内隼太先輩。
明るくて、身長が高くて、スッキリした顔立ちで女の子にモテそうな優しい人。
お兄さんからの紹介で最近は関わることが多くなっていて、お昼休みの間は特に、LINEを通して宮内先輩が一緒に食べようって誘ってくれたりする。
そして今日も……。
『おはよう! 今日のお昼どうかな?』
「……」
いつもと同じ、お誘いの文面だった。
二年二組の教室で机をくっ付けて、お兄さんと、宮内先輩と、伊月先輩と、それから……。
『すぐに頭下げられるとウザいからやめて』
「──……っ」
わたしは、LINEを閉じていた。
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次話より更新日を『日・水・金』に変更させていただきます。
週3更新については今まで通り変わりませんので引き続きよろしくお願いいたします m(*_ _)m ペコ
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