4.この気持ちの正体は
第0.5話 ……
……なに、やってるんだろう、わたし。
あんな、いきなり素っ気ない態度を取り始めて、何の理由も話さずに愛想笑いなんかして……そしたら唐突に別れを切り出して、お兄さんを置き去りにするだなんてこと。
お家の前であれだけ帰ってくるのを待ち焦がれておきながら、なんて身勝手で失礼極まりない……。
わたしは、いい子でいないといけないのに。
そんなことをしたらお兄さんを困らせちゃうのは当然の結果で、人思いで優しいお兄さんだから、きっとすごく不安がらせてしまったに違いない。
わたしがいなくなったあの後、お家で思い悩んで悲しい気持ちになってないかな、とか。
そして、わたしのために優しく気遣うような言葉を考えてくれてたりするのかな、とか。
少なからず、そういう後悔や申し訳なさがわたしにはあって。
決してあんなつもりじゃなくて。
本当は、いつものようにただ幸せに笑っていたかっただけなのに。
……悪い子だ。
やっぱり、わたしは悪い子だ。
お兄さんは何も悪くないのに、ただ一方的に突き放すような言葉を選んだわたしは本当に最低で。
お兄さんが大好きで、お兄さんの隣で見劣りしない女の子になりたいからここまで頑張ってこれたのに。
お兄さんがいるから、わたしがわたしでいられるのに。
──だけど、あの時。
ひまりでも、紗彩でも、わたしでもない、別の女の子を思い浮かべながら笑っているお兄さんを見るのがとても嫌で、
耐えられなくて。
ずっと傍で見守ってくれていたはずのお兄さんが突然、わたしを置いて遠くへと行ってしまったような気がして……。
……寂しい?
……いや、違う。
寂しいとはまた別の、それよりももっと大切で、今のわたしを形作っているかけがえのない何か。
切なくて苦しい、胸の内がキリキリと軋むようなこのもどかしさ。
でも、分からない。
ズキンズキンと脈打つように揺らぐこの気持ちの正体が、わたしには分からない。
どうすればいいのか、分からない。
……お兄さん。
……お兄ちゃん。
……千尋、くん。
──……?
一瞬、心の中がスッと澄んだ気がする。
お兄さんは、わたしにとっての理想のお兄ちゃん。
いつまでも甘えていたくなるほっとした温もりが大好きで、素敵で、カッコよくて、大人びていて……。
これからもそう在り続けるはずで、
それ以外の何者でもないはずで──
「…………千尋、くん」
ふと、何かに誘われるように瞼が開く。
……朝だ。
部屋の中は、まだ少し暗い。
枕元に置かれた目覚まし時計の針は、午前の七時を指していた。
「……」
ベッドから体を起こすと、それと同時に肩に重くのしかかるような倦怠感に襲われる。
一瞬、ふらっと体が揺らめく。
「……」
窓を見遣ると、閉め切ったカーテンの僅かな隙間からは朝日が差し込んでいない。
ああ、そうだ。
今日から、梅雨に入るんだ。
今日の天気は、雨……。
「……」
再びポフッと横に倒れてしまうわたし。
四肢に力が入らない。
それに、何だか頭の中がボンヤリする……。
「……」
分からない。
どうして、こんなにも今のわたしからは、
「……さむい……」
……色が、失われているんだろう。
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