第3話 放っておけない
「相川さんって、趣味とかあったりするのっ?」
「え、えと……お、音楽を、聴いたり、とか」
「お、俺も好きだよ、音楽聴くのっ! 好きなジャンルはある? 俺は
「……じゃ、ジャンル……は。……よく、分からないんですけど……や、優しい曲が、いいです」
「優しい曲……あっ、バラードみたいなっ? 確かにバラードもいいよねっ、俺もよく聴くよっ!」
「……そ、そう、なんですね」
「ちなみに俺の好きな曲は──」
……俺、智香ちゃん、宮内くん、拓朗、長田さんの五人で机をくっつけ合い、各々に軽く自己紹介を済ませたのち、昼食を摂り始めてからおおよそ五分過ぎ。
意気揚々とした面持ちで会話を盛り上げようとする宮内くんに対し、その向かいに座って話す智香ちゃんはやはりというか、たどたどしい語調でやや押され気味になっていて、無理をしているように見える。
(宮内くんみたいな明るいタイプは智香ちゃん苦手だろうしなぁ……だけど、宮内くんの恋路を邪魔するわけにもいかないし)
中々に難しい立場に置かれている俺である。
智香ちゃんの隣にはいつでもカバーできるように俺が位置して座っているが、すでにもう智香ちゃんの左手が助けを求めるように、さっきからずっと机の下で俺の太ももをぎゅううっと摘んできている。痛い。
「宮内くん、あんまり話し込んじゃうと智香ちゃんがお弁当食べられないから」
仕方なく俺からフォローを入れると、宮内くんはハッとしたような表情を浮かべて頭を搔いた。
「わ、悪いっ、そうだよな。てか俺、全然口につけてなかったわ。は、はははっ」
そう言い、購買で売っている焼きそばパンを大きな一口で飲み込む宮内くん。
智香ちゃんへの好意がバレバレすぎて、見ているこっちが何だか小っ恥ずかしい。
多分恋愛初心者なんだろうけども……初々しくて、ある意味好感は持てるが。
「(あ、ありがとうございます)」
その影で、ボソッと感謝を漏らす智香ちゃん。
……こんな調子で、本当に大丈夫なのだろうか。
「おいおい隼太ぁ、なんかさあ、顔赤くなあーい?」
「……っ、あ、赤くないって。そ、そう言う拓朗だって、さっきから相川さんを見ながらニヤニヤしてばっかですごいキモイからなッ!」
「んだとコラッ! 長田に続いてお前まで俺のことをキモイっつーのかッ! 俺はもう相川ちゃんとは面識あるからいいんだよ! 舐めてっとはっ倒すぞ!?」
「ちゃ、ちゃん付けは相川さんに失礼だろっ。ち、千尋は親しいから例外だけどさ……」
「うっせーわバーカバーカ! みやう〇ちー!」
「……う、うざすぎる……ッ」
……宮内くんの気持ちに同情する。拓朗の言い分があまりにも小学生レベルで救えない件。昨日の昼休みにあった智香ちゃんへの接し方といい。
実のところ、拓朗の顔はそこまで悪くはない。この性格さえどうにかすれば、普通に振る舞えば女の子の一人や二人程度、すぐに捕まえられると思うのだが。
「ぶふっ、ふははははッ!!」
……うーん、救えない。
──そんな中。宮内くんの隣に座る俺の向かいの相手、長田さんは未だに口を閉ざしたままだ。
俺や智香ちゃんと同じようにお弁当を用意して、無言でパクパクとおかずを食べ進めている。
智香ちゃんは純粋な『可愛い』だが、長田さんは可愛いというよりは、美人という言葉がよく似合う。俺でさえその澄んだ面立ちにふと目が奪われてしまう。
ゆったりと落ち着いていて品格のある姿勢、ソッと細まる理知的な目元が長田さんらしさを醸し出していて……妙に、惹かれる。
(……何か、話しかけてみようかな)
俺の中のちょっとした好奇心が湧いて出た。
「長田さんのお弁当って、親御さんの手作り?」
話題を確保して俺から話しかけると、スマホを見ていた長田さんの目がフッと俺へと向けられる。
「……違う。作ったのは、私」
「え? お、長田さんが作ったのっ?」
「そう。私のママは、交通事故で亡くなってるから」
──瞬間、この場の空気がシンと静まり返った。
言い争っていた宮内くんと拓朗はピタリと動きを止め、食事中だった智香ちゃんも驚いた様子で箸の手を止めている。かくいう俺も急なカミングアウトでさすがに動揺を隠せずにいると、長田さんは補足するように続けて口を開いた。
「別に、気にしなくていいわよ。何年も前の話だし」
「……そ、そうなんだ。ごめん」
「何に対して謝ってんのよ。そういう顔をやめろって言ってんの、私は。同情されても迷惑なだけだから」
「え、えっと……お、美味しそうなお弁当だね?」
「……はあ。露骨な逸らし方ね。まあ、だけどありがと。純粋な褒め言葉として受け取っておいてあげる」
呆れたように言う長田さんは、手に持った箸で玉子焼きを摘んでパクリと口に運び入れる。しかし実際、見ていて本当に美味しそうな色ではあるのだが。
するとここで、拓朗から声が上がる。
「んじゃあ……今の長田には、おやっさんしかいないってことか?」
「デリカシーのない尋ね方。さすがはゴミ」
「ああんッ!?」
「そうよ。私とパパで二人暮らし、俗に言うシングルファザーってやつね。パパが頑張ってくれてるからそこまで不自由はしてない、至って平和」
「お、おお、そうなんだな。……あ、余りもんで良ければ、チョコボール食うか?」
「いやいらないし。微妙な気遣いしてくんなゴミ」
「あああんッ!??」
やはり相性が悪いこの二人。いや、見方によっては喧嘩をするほど仲が良いとも言うのか。知らんけど。
なんて思っていると、次は意外にも智香ちゃんから声が上がった。
「で、でも、本当にすごいですね、長田先輩。わたしはそんな風にお料理できないので……」
「……ふーん? あなたみたいに完璧そうな子にもできないことってあるのね」
「か、完璧だなんてそんなっ。わ、わたしは、皆さんが思っているほどよくできた子ではないので⋯⋯ッ」
ワタワタと身振り手振りをする智香ちゃんに、長田さんの目つきがスゥッと細まる。
「……なに言ってんの。今のあなたの言葉、他の女の子からすればただの皮肉でしかないと思うけど」
「えっ、あっ……す、すみません……」
「別に謝んなくてもいいし。すぐに頭下げられるとウザいからやめて」
「あ、ぅ……」
……やけに、長田さんの当たり方が強いような。気のせいだろうか?
だが、そう感じたのは俺だけではないらしく──。
「か、環奈。あんまり強く言うと相川さんが困っちゃうからさ、もっと優しくしろって。年下なんだから」
智香ちゃんを庇って入ってきたのは宮内くんだ。
目の前で好きな女の子が辛そうにしていたら、そう行動に出てしまうのは確かに当然だろう。自分の口でも智香ちゃんは守ってあげたくなるタイプだと明言していたし、正に今がそのタイミングというわけだ。
しかし、それがどうも気に食わなかったらしい長田さんは眉をひそめて、声色に重みを含ませた。
「……は? 別に、私いつも通りなんだけど。何をどう見てそう思ったわけ? ウッザ」
「そッ……そういう、強気な感じが……さ?」
「だから、これがいつも通りだって言ってるのよ。私のそれくらい、隼太なら理解してるでしょ?」
「た、確かに理解してるけどさ。でも、人によっては相川さんみたいに怖がっちゃったりするから……」
「──……ちっ、マジで糞ウザい」
「ッ!」
長田さんが舌打ちをすると同時にピリつく空気。
その威圧感に恐れたのか宮内くんは威勢を無くし、拓朗と智香ちゃんも気まずそうに長田さんから目を逸らしてしまっていた。
楽しいはずの昼食が、今の一瞬で台無しである。
(……マズいな、三人ともビビっちゃってる)
そうなると、ここはどうにかして俺がこの状況を打破する必要があるのだが、さてどうしよう。下手な発言をすると余計に悪化させてしまうかもしれないし。
長田さんが機嫌を悪くした原因は宮内くんから言われたことなんだろうが、だけど宮内くんが言ったことは間違ってはいないし……うむ、実に難解。
どうしたものかと頭を悩ませる俺だったが──先に動いたのは、長田さんだった。
「……はあ。分かった、もういい。勝手にイラついて舌打ちした私が悪いってことでいいから」
長田さんはおもむろに立ち上がり、机の上に広げていた弁当箱を布に包んで手際よく片付けると、その包まれた弁当箱を片手に持つ。
「私は別の場所で食べるから。隼太たちはここで仲良く囲んで過ごしとけばいいんじゃないの」
「環奈っ! な、なんでいきなりそんなっ」
「うっさい。じゃ」
顔を上げた宮内くんが引き留めようとするも……結局、長田さんは聞く耳を持たずにそのまま教室から出ていってしまった。
置いていかれた宮内くんたちのみならず、教室に残っていた他の少数のクラスメイトたちも何事かとヒソヒソし合っている。かなり目立ってしまったようだ。まあこのメンツ的に目立つのは当然ではあるのだが。
しかし、長田さんのあの様子は……。
(……心配、だな)
長田さんと親しいわけではないが、あんな様子で一人きりにするのは俺の性分的に放ってはおけない。
今から向かえば長田さんの背中に追いつけるだろうし、隣に座る智香ちゃんの存在に申し訳なく思いつつも、俺は意を決して椅子からガタッと立ち上がる。
「……お、お兄さん?」
「ごめん。ちょっと俺、長田さんのこと見てくるよ。あとでまたここに戻ってくるからさ、申し訳ないんだけどしばらくの間、一人でも大丈夫?」
「え……あっ、は、はいっ。わ、分かり、ました」
「ありがと。宮内くんと拓郎も、智香ちゃんに強く迫るような接し方はしないでよ? 怖がっちゃうから」
釘を刺すように俺が言うと、二人は理解したように「わ、分かった」「お、おう!」と返事をくれた。
状態が懸念される智香ちゃんからも一応は了承の意を得られたし、目安としては昼休みが終わる十分前くらいにはまたここに戻ってきて顔を出しておきたい。
弁当は……持っていくか。時間に追われて焦って飲み込みたくないし、お腹空いてるし。
「……あ……」
「? どうかした?」
「……い、いえ」
「……そう? えっと、じゃあ行ってくるね」
そうして俺は、弁当箱を手に持ち長田さんの後を追った。
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