第2話 二組の二大巨頭
そうして四限目にも終鈴が訪れ、迎えた昼休み。
あの後、智香ちゃんからは『わ、分かりました。大丈夫ですっ!』とのLINEでの返信があり、無事本人の許可も下りたということで、二年二組の教室で一緒に昼食を過ごすことが決まった。
そうと分かると宮内くんの行動は素早く、よく一緒につるんでいるクラスメイトたちとも一旦距離を置くように手配すると、唯一俺だけを呼び出して、机を三つ向かい合わせにするようにしてくっつけ始める。
……しかしそれだと、宮内くんに智香ちゃん、そして俺というここでは見慣れない三人の組み合わせとなってしまうため、そんな気まずさを誤魔化すためにも相方要員として拓郎を一緒に同席させることにした。
こういう状況での拓郎の能天気さは役に立つ。上手いこと場を盛り上げてくれるのを期待したい。あとは単純に俺のお守り代わり。
──だが、それとは別に、あともう一人。
「早海くん。私も入れてほしいんだけど、いい?」
「え? ……あ、
席に構えて智香ちゃんを待っていると、ふとして横から声をかけてきたのはクラスメイトの女の子、宮内くんと同じカースト上位に属する長田
「か、環奈? 今日は別の友達と過ごす予定があるからって、俺言ったのに……?」
「⋯⋯別にいいじゃない、私一人が増えたくらいで大差変わんないでしょ。それともなに? 私がいると隼太は何か不都合でもあるわけ?」
「い、いや、別にないけど……はい、すみません」
「ウジウジすんなっての。……はあ、ったく」
猛獣に威嚇される子犬のように、シュルシュルと萎縮して落ち込んでしまう宮内くん。目に見えた力関係である。
手入れがよく行き届いているだろうハーフツインの長髪に、透明感ある綺麗な顔立ち。宮内くんが二組男子の頂点とするならば、長田さんは二組女子の頂点。制服越しからでも一目瞭然な女性らしいスタイルの良さを持ち、男子たちの目線をよくかっさらっている。
長田さんとも直接的な関わりは今までなかったが、それでも明確なのは、圧倒的なカリスマ性で女王の如きリーダーシップを誇っているということだ。
なので、長田さんの意に反する行為とは即ち、二年二組内での地位的死を意味する……わりと真面目に。
「というわけだから、早海くんもいいでしょ?」
「う、うん。俺は問題ないよ」
まあ、女の子が増える分には智香ちゃんに大きな影響はないだろうし、承諾することにした。
「ありがと。……あとそこのゴミ」
「いやゴミじゃねーよ伊月拓郎だよッ!?」
「なんでアンタがここにいんのよ。クッサイから早く便所にでも行って流されてきなさいよ」
「そしたら俺の行き先下水道じゃねえかッ!!」
「は? ゴミなんだから当然じゃない。ゴミはゴミらしく海の藻屑になって散っとけって話」
「言うにも程があんだろおまえぇえっ!?」
……拓郎との相性は最悪な模様。こういうのをなんて言うんだっけな……ああ、そう。混ぜるな危険。
「あーうっさいうっさい、ほんっとキモイ。アンタがいつも女子の胸とか足ばっか見て鼻伸ばしてんの、知ってるからね? 私に対しては特に」
「……ッ!?」
「……何よ、その『な、何故バレた!?』とでも言いたげな顔は。こっち見んなマジでキモイ」
「…………」
見るに堪えない表情と化している拓郎。
しかし長田さんの言う通りなので俺からは弁護しようもなく、今の俺が出来ることといえば、同情のために手を合わせて合掌するのみだった。
──南無三。
「早海くんもさ、こんな穢れたゴミと仲良くしない方が身のためよ? 私の見る限り、あなたはマトモな人なんだから」
「あ、ありがとう。でもまあ、拓郎にも良いところはあるし、去年から同じクラスで大事な友達だから」
「……ふーん、優しいのね。ま、勝手にすれば?」
不満げにジトリとした目を俺に向けつつも、長田さんはすぐに興味を失くして近くの机を追加で一つくっつけると、椅子を引いてドサッと座り込む。
二組内における長田さんの影響力は絶大だ。つい数秒前まで興味深そうに様子を見ていた他のクラスメイトたちも気付けば姿を消していた。最早これはもうカリスマというより、畏怖の対象となっているのでは?
「(な、なあ……俺、今日はもう一人で適当に飯食うからさぁ、ここから離れてもいいっしょ?)」
「(だめです逃がしません)」
「(なんでだよぉ……あのクソ女怖すぎだってぇ)」
「(長田さん可愛いんだしいいじゃん。ほら、拓郎が待ち望んでいた女の子との出会いがすぐそこに)」
「(か、顔は確かにめっちゃいいけどさぁ……内面があまりにもクソすぎるぅ)」
「(ああいう子ほど、照れた表情が可愛かったりするんじゃない?)」
「(照れたりしねえだろ。あんなん常時般若だわ)」
「(は、般若……ッ、ふふ)」
「(なんで笑ってんのお前……)」
俺、笑いの沸点がけっこう低いから。ゴメン。
そんな感じで拓郎とコソコソ話をした後、しばらくして──閉まっていた教室の扉がカラカラと音を立てつつ開いて、大本命となる人物がついに姿を現した。
「し、失礼します。お、お兄さーん……?」
昨日と同じく、扉からひょっこりと顔を覗かせる学年首席の優等生、相川家長女の智香ちゃんである。
(……さすがの存在感。宮内くんが一目惚れしちゃうのもそりゃそうだよなあー……)
教室内の空気が一瞬にして引き締まったような感覚だ。智香ちゃんから溢れ出る清純なオーラが、廊下で道行く生徒たちの視線さえも我がモノとしている。
……そんな子と、唯一親しくできる男子が、俺。
得意げに自慢するつもりはないが、ちょっとした優越感があるのは正直なところ否めない。
「相川さん……やっぱかわいいなあ」
「相変わらずパネェ……あいかわだけに」
「…………」
立ち尽くして見惚れている宮内くんと拓郎、手元のスマホに目線を落としたまま反応がない長田さんのことは一旦さておき……呼びかけに応じて俺から智香ちゃんに歩み寄って行くと、気付いた智香ちゃんは安堵したように笑みを零した。
「こ、こんにちは。お待たせしてすみません」
「いやいや全然。むしろわざわざここまで歩いて来てもらって助かったよ、ありがとね」
「い、いえっ。お兄さんのためならわたし、どこにでも駆けつけますっ」
なんという健気な忠誠心。だけどもっと自分を大切にしてほしいような。
「あはは、ありがとう。えっと、それで……LINEで俺が話してた友達っていうのが、あの人たち」
「……ぁ……ッ」
棒立ち状態の宮内くんたちに俺が目を向けると、途端に智香ちゃんは少し怖くなってしまったのか、俺の背後にそぉー……っと身を隠して縋り付いてくる。
「ん、どうしたの?」
「そ、その……わたし、お兄さんが傍にいるから正気を保っていられてますけど……や、やっぱり、お兄さん以外の男の子はどうしても怖くて」
「……」
「わたしのクラスでも、仲良くしてくれるクラスメイトの女の子たちがわたしを守ってくれるから……す、すみません」
──……ああ、これはちょっと、良くないな。
LINEの文面ではやけにあっさりしていたから少し不思議には感じていたが……この様子だと、どうやら意図せず無理強いをさせてしまったらしい。
優しいが故に、多くの我慢を重ねて様々な思いを抱え込んでしまうのが智香ちゃんの長所であり、短所でもある。もう少し念入りに聞いておくべきだったか。
(楽観視しすぎたかな。俺としたことが)
僅かに声を震わせて話してくれた智香ちゃんに、俺は反省しつつも柔らかな口調で語りかける。
「無理、しなくてもいいよ?」
「……え?」
「男子が苦手なのを把握している上で誘いを持ちかけたのは俺だし、智香ちゃんにはそれを拒否する権利がちゃんとあるから。ごめんね、本当は嫌だったよね」
「あ……え、えと、そのっ」
「あの人たちには俺からキチンと説明しておくよ。だから智香ちゃんは無理しないで自分のクラスに──」
そこまで俺が言いかけた時、背中をギュッと掴まれるような感触とともに、智香ちゃんが声を上げた。
「そ、そんな言い方しちゃイヤですっ! お、お兄さんは何も悪くないですから……ッ」
「いや、でも……」
「わ、わたしの意思で、ここに来たのでッ!」
「だけど、怖いんだよね?」
「お兄さんが傍にいてくれたらっ、大丈夫ですッ!」
「お、おお……? そ、そう?」
「はいっ!」
さっきまでの大人しさが嘘のように、ハッキリと返事をして大きく頷いてくれる智香ちゃん。
「その証拠として、わたしの目を見てくださいっ!」
「め、目を、見て?」
続けざまにクワッと見開かれる智香ちゃんの両目。
──うん。いつもと変わらず、パッチリとしていて綺麗な色をしている。いつまでも見ていられそうだ。
「ど、どうですかっ? わたしの目、やる気に満ち満ちてますよねっ?」
「…………綺麗、だね?」
「……えっ。……あ、ぅ……す、すみません……」
が、すぐに顔を赤くして下を向いてしまった。
なんだろう、この可愛さに満ち満ちた生き物は。
「──じゃ、じゃなくてっ! この通りわたしは大丈夫ですから、なのでお昼ご一緒させてくださいっ!」
「う、うん。智香ちゃんが大丈夫って言うなら、俺としてもそこまで止める気はないけど……」
この一件に関しては智香ちゃんの意向を第一に尊重したいし、本人が大丈夫だと言うのならその意に従って進めていくべきだろう。無理をして辛くならないよう、様子見しながらではあるが。
「はいっ。で、ではその、時間も勿体ないですし、早くお昼にしちゃいましょうっ!」
「そ、そうだね。じゃあ、とりあえずそうしよっか」
「……ッ、が、頑張ります」
……何だか、不安だ。
(智香ちゃん、本当に大丈夫かな……?)
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