2.変化の兆し
第1話 陽キャ男子の頼み事
「千尋っ、ちょっといいか?」
翌日の休み時間。三限目の授業を終えて机の上の教科書を片付けていると、離れた場所から一人のクラスメイトが俺の名前を呼んで距離を詰めてきていた。
呼ばれて振り向くと、そこに立っていたのはサッパリとした黒髪ストレートでいかにも女子にモテる系男子──二年二組の上位カースト陣の筆頭、
(……いつ見てもまあ、輝いてるなぁ)
二組を束ねるリーダー的人物であり、男女問わず誰とでも隔てなく接するタイプの爽やかボーイ。
俺の中での宮内くんの印象としては、常に友達に囲まれながら過ごしている陽キャだなぁってところだ。
普段から俺とはあまり関わりのない人物だが……わざわざ俺を名指しで呼ぶ辺り、一体何の用だろう?
(俺にはこういうキャラは無理だな。うん、無理)
ともあれ、俺から訊いてみることにした。
「あ、うん。えっと、何か用?」
「ああ、その……千尋に、聞きたいことがあってさ」
「聞きたいこと?」
「そ、そうっ、聞きたいこと」
ソワソワと落ち着きのない様子で頷く宮内くん。トイレでも我慢しているかのような表情……とは、本人を前にして言えないけれども、ホントにそんな感じ。
不思議に思いながら見ていると、続けて宮内くんが口を開く。
「き、昨日の昼休みにさ、教室で千尋と一緒にいたあの子って相川さんだよな? い、一年一組の……」
「ああ、智香ちゃんのこと? うん、そうだよ?」
「……ッ、その、前々からずっと気になってはいたんだけど、千尋と相川さんってどういう関係なんだ?」
(……あー、なるほどねぇ)
分かりやすい質問をされ、接点のない俺にわざわざ接触してきた宮内くんの意図が大体読めてしまった。
この怪訝そうな表情、強まった語調、迫ってくるような雰囲気。俺の推測が正しければ、宮内くんは智香ちゃんに対して異性的な好意を寄せているのだろう。
宮内くんレベルのイケメンでも、智香ちゃんの魅力には屈してしまうということか。まあ、智香ちゃんは飛び抜けて可愛いから誰だって当然ではあるけども。
で、そんな智香ちゃんと親しげに接近している俺の存在は放っておけないといった具合か。面倒ごとは避けたいし、ここは変に気取らずに返事をしておこう。
「えっと……実は、智香ちゃんとは家が隣同士でさ、毎日顔を合わせてるから俺とは仲がいいんだよ」
「い、家が隣同士っ!? そ、そんなラブコメ漫画みたいな展開、ホントに存在するのかッ……!?」
「それがまあ、存在するんだよねー。ははは」
「ま、マジか……ッ」
想定以上に驚愕してくれた宮内くん。この反応からして、相当ショックを受けてしまったらしい。
しかし言われてみれば、この高校で家が隣同士だと誰かに打ち明けたのは宮内くんが初めてだったかも。
「ち、千尋と相川さんは、付き合ってんの……?」
「いやいやまさか、そこまでには至ってないよ。あくまでもご近所付き合いっていうか、節度を持って健全に仲良くしてるって感じ。俺としても智香ちゃんは妹みたいな存在だと思ってるし」
「……じゃ、じゃあ、相川さんと付き合いたいとか、そういうのは狙ってないってこと?」
「まあ、そうだね」
……確かに、智香ちゃんと特別な関係になれたら幸せなことはたくさんあるんだろうけど、平凡な俺にはあまりにも勿体ない良く出来た子だし、今維持している関係性で俺は十分に満足している。
結婚願望があるかどうかと問われたら──正直なところはあるが、今焦らなくてもこれから先の人生、数多くの出会いの中で自身の身の丈にあった相応しい相手がきっと現れてくれるだろうし。
智香ちゃんには俺なんかよりも、身も心も安心して任せられるような男性と出会ってほしいなと思う。
「そ、そっか……そうなんだ。いや、あのさ、もし千尋が相川さんのことを狙ってるっていうなら、俺も敵わないから潔く諦めるつもりだったんだけど……」
「大丈夫大丈夫、狙ってないよ。その言い方だとつまり、宮内くんは智香ちゃんのことが好きなんだ?」
「ちょっ、おまっ、もう少し声抑えろって……ッ!」
顔を赤くして女々しく恥ずかしがる宮内くん。なんだコイツ可愛いな。
けど、確かにちょっと俺の声が大きかったようで、周りのクラスメイトたちの視線がここに注がれているような気がする。と言っても、人気者の宮内くんがいるわけだから注目されるのも当然か。
「……そ、そうだよ。俺、相川さんに一目惚れしちゃったんだよ。だってあんな可愛い子、今までに見たことなくてさ……ま、守ってあげたくなるタイプっていうか、すごい清楚で女の子らしくてさぁ……」
「おー、青春してるねー」
「か、からかうなって! 俺は本気なんだぞっ!」
「あはは」
「……ッ、ち、千尋って、話してみるとけっこう気さくなんだな……?」
「んー、気さくというよりは、お気楽?」
「いや、似たようなもんだろ……」
ツッコまれてしまった。まあその通りなんだけど。
気を取り直して、俺は再び宮内くんに尋ねてみる。
「で、他に聞きたいことはある?」
「あ、えっと……聞きたいこと、というよりは、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」
「うん、言ってみて?」
「お、おう。そ、そのぉ……うぅー……」
宮内くんは腕を組んでしばらく言い淀んだ後、どうしたことかその場にゆっくりとしゃがみ込んで、俺にしか聞こえないようにボソボソと用件を漏らした。
「……こ、この後の昼休み、さ。もし可能なら、相川さんをここに呼んで、一緒に昼食にしたいなって」
「……あー……と。なら、宮内くんから出向いて智香ちゃんを誘えばいい話なんじゃ?」
「む、無理だって! あの相川さんだぞ!? 学年首席で誰からも慕われていて、こんな俺なんかが気安く近付いていいわけがない高嶺の花ッ……!」
「宮内くんもみんなから慕われてるじゃん」
「俺とは程度が違うんだってばぁ、もうっ!」
「乙女か」
「男だよっ!」
知ってる。
「ふ、普通に近付こうとしても相手にすらされないと思うし……だから、そこで千尋からコンタクトを取ってもらえば確実にお近付きになれるかなぁって。コソコソしたやり方でちょっと汚いかもしれないけど」
「んー、でもまあ頼りたくなる気持ちは分かるよ。智香ちゃん可愛いもんね」
「うん、めっちゃ可愛い……てか、ちゃん付けで名前呼びしてんの羨ましすぎるぞ、お前」
「そりゃあご近所付き合いの成果だよ。智香ちゃんは男子と話すのが苦手だから、宮内くんは節度を弁えて相川さんって呼んであげて。怖がっちゃうから」
「う……く、悔しいけど、分かった」
俺も初めは智香ちゃんのことを相川さんと呼んではいたが、それだと三姉妹で被ってしまって分かりづらくなるから、色々と頑張って智香ちゃんとの距離を詰めていった末に今がある。とは言っても、そこに至るまでにそんな苦労はしなかったけど。
「──……で、どうなんだ? む、無理にとは言わないけど、協力してくれるのか?」
期待と不安が入り交じったような面持ちで俺を一心に見つめる宮内くん。
出来ることなら宮内くんから智香ちゃんを誘うのがベストなんだろうけど、そうはいかない
──まあ、別にダメではないかな、と。
普段から見ていて宮内くんは悪い人間ではないし、俺に相談を持ちかけてきた理由も人間味があってある意味好感が持てる。
それに、これを機に智香ちゃんが俺以外の男子に耐性を持ってくれたら、この先の高校生活もきっと楽しくなるだろうし……考え方次第では、智香ちゃんにとっても宮内くんにとっても今回の機会を設けることはプラスになるのでは、と。俺は考える。
……なんか、これだとまるで、保護者目線だな俺。
さておき、とりあえず俺から智香ちゃんに連絡を入れて反応待ちということにはなるが、結論としては問題ないだろう。
宮内くんが行き過ぎたことをしないように、俺が見張っておく必要はあるけども。
「──うん、分かった。いいよ、あとでLINEで智香ちゃんに聞いてみる」
「ま、マジかっ!? う、うおおッ……!!」
「あ、だけど、智香ちゃんが心配だから俺も同席する形にはなっちゃうけど、それでもいい?」
「ぜ、全然っ! 全然問題なしっ! ナシッ!」
「あ、あはは……うん、ありがとう」
すごいテンションの上がり具合。相当嬉しいんだろうな。
ここまで喜んでくれたら俺も悪い気はしない。宮内くんと智香ちゃん、お互いにとって利益になるよう俺から柔軟に計らっていかないとな。
そう心に決め、俺はスマホを手に取り智香ちゃん宛にLINEの文面を入力する。
あまり小難しすぎずに、『今日の昼休みなんだけど、俺の友達が智香ちゃんとお話してみたいって言ってるんだけど、一緒に昼食どうかな?』で、いいか。
「……相川さんのLINE、いいなぁ」
「家が隣同士だし、これくらいはね」
「……俺にも教えてくれないかなぁ」
「そこは宮内くんの頑張り次第だね」
「お、おうっ!」
キリッと格好つけて張り切る宮内くん。
こういった青々しい恋愛をしている同級生のことは素直に応援したいと思える。
頑張れ、恋する男子高校生。俺も高校生だけど。
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