第2話 昼食でのひと時

「……はあ。毎日毎日登校しては、どうせなんの役にも立たねえ授業に振り回される日々」


「……」


「思い描いていた青春なんて夢のまた夢、部活ではいいようにパシリにされ、雑務を押し付けられ、女子マネとの甘ーいシチュエーションなんざ一片も訪れやしない」


「……」


「あーあッ⋯⋯なんか楽しいことでも起きてくんないもんかねぇ。──なっ、千尋もそう思うだろ?」


「特に何とも」


「そこは嫌でも同情しろよっ! 真面目な顔して聞いてたくせにッ! 薄情かッ!!」


「ええー⋯⋯」


 ──午前の授業を終えて、俺はクラスメイトで友人の伊月いつき拓郎たくろうとともに教室の中で昼食を摂っていた。


 机と机を向かい合わせにして二人きり。いや、正確には俺と拓郎の他にも教室内で昼食を摂るクラスメイトたちの姿は見えているが、そっちはみんな三、四人程度のグループで和気あいあいと楽しげにしている。


 この二年二組内で、俺と拓郎はクラスカーストで言うと中位寄りの下位という位置づけ。つまるところ何の変哲もない一般生徒AとBである。


「お前は本当にそれでもいいのかっ!? 高校二年生っつったら十代における一番の黄金期っ! なんでもいいから今年中に好きな女の子と甘酸っぱい青春時代を過ごしてみたいとか思わねーのかあっ!!」


 めっちゃ早口。


 そして唐突にガタッ!! と立ち上がってビシッと指を差し向けてくる拓郎。一般生徒という割には騒々しく悪目立ちしているこの友人B。


 去年から同じクラスになって以降、徐々に徐々にと言葉を交わす機会が多くなっていき、そうして気付けば今に至る関係性。程よい距離感でこういった隙間時間の話し相手としては俺の中でのファーストチョイスとなっている。


「だって、別に不便しているわけでもないし……あと声うるさいって」


「こうでも言わなきゃお前の心に響かねえだろッ!」


「ほら、周りが見てるからさ、一旦落ち着いて」


「逆にここまで言われてなんでそんなに落ち着いてんだよお前はッ!!」


「場をわきまえてるからだよ……」


 陰からクスクスと聞こえる笑い声、肌に刺さる複数の視線、どことない疎外感。友人ポジションとしての俺の肩身が非常に狭いというか、恥ずかしい……。


 悪いヤツではないが、こうして感情的になりやすい一面が主に女子からの悪評に繋がってしまっている。当の本人は鈍感が故に気付けていないようだけども。


「とりあえず座ってよ、食事中なんだし」


「おまッ⋯⋯う、うううっ⋯⋯ぐうぅうう⋯⋯!!」


 何その唸り声。あとそんな恐ろしい目で俺を見ないでほしいんですが。


 けど一応納得してくれたのか、拓郎は重々しく着席すると手元のカツサンドに乱暴に食らいつく。


 というか相変わらず食べ方が汚い。女子に見られたいのならそういうところも評価の内に入るだろうに。


「まあ気持ちは分かるけどさ、そうは言ってもまだ五月なんだしそこまで焦る必要はないんじゃない?」


「馬鹿言え逆だわ。もう五月なんだよ、二年に進級してからもうひと月経っちまってんだよ。それで何の進展もねえんだから焦るに決まってんだろ普通ッ」


「は、はあ⋯⋯左様ですか」


「左様だよッ!」


 バンッ! と机に当たる拓郎。なんの罪のない机があまりにも可哀想。


「俺はな、この高校で彼女を作って将来的に順風満帆な日々を過ごすって決めてんだっ! ちゃんと稼ぎのいい会社にも就職してさあ、子供とか育んでさあ!」


「う、うん。なら、拓郎から積極的にアタックすればいいんじゃない? これからの人生を共にしたいっていうその意中の女の子にさ」


「それができたらこうやって苦労してねえよこんちきしょうッ!!」


「⋯⋯⋯⋯」


 ⋯⋯どうしよう、普段からめんどくさい奴ではあるけど、今日はいつにも増してクソめんどくさい件。


「女子の好きな話題とかよく分かんねえしさぁ、いざ面と向かって話そうとしても頭ん中グルグルになってテンパっちまうしさぁ⋯⋯」


「それは、典型的なコミュ障だね」


「うっせえわっ!」


「でも事実だし」


「ボケナスッ!」


 ボケナスて。せっかく耳を傾けてやっているというのに、その言われようはあんまりでは⋯⋯。


 ──でもまあ、気持ちとしては分からなくもない。


 気になる女の子がいて、お近付きになりたいと思って話しかけようとしても判断に迷ってしまい、結果として空回りしてしまうというありきたりなパターン。


 俺も、中学三年の頃に似たような経験がある。


 クラスの中で可愛い子がいるなぁと惹かれはするけど、躊躇して引っ込めたままの足を一歩前に踏み切るだけの勇気がどうしても出せず、今となってはその子とは別々の高校になってしまい行方知らず。


 別に後悔しているわけではないが、あの時あの瞬間にこう行動していればまた違った未来を掴めていたかもしれないと、今でも脳裏を掠めることがしばしば。


 好きな異性を目の前にした途端に臆病になってしまうのが、思春期真っ只中の学生という生き物なのだ。


 ⋯⋯というのはあくまでも持論で、実際には人それぞれだとは思うけど。


「⋯⋯けど、やっぱこのままじゃダメだよなぁ。高三になったら大学受験やら就活やらで考えることも多くなるしさぁ、余裕がある今の内にきっかけみたいなもんを作んねえと⋯⋯」


「拓郎なら多分大丈夫だよ。とりあえず頑張って」


「何を人ごとみてえに──⋯⋯あー⋯⋯でも、そうかぁ⋯⋯そうだよなぁ。そういやあ、千尋は最近ずっとに懐かれてるもんなぁ⋯⋯」


 と、言いつつ、急速にガックリと肩を落とす拓郎。


「結局は俺だけが負け組ってかぁ⋯⋯くそぅ」


「そ、そこまで大したことは」


「大したことあんだろクソッタレぇ⋯⋯」


 別にそんな、拓郎が思うような特別な事象は一切起きていないのだが⋯⋯それでもそう肩を落とさせてしまうのは、それだけ拓郎が指す『あの子』の存在感がこの校内において非常に際立っているためだろう。


 確かに、第三者からすれば俺とその子の関係性は相当羨ましく映るのだと思う。


 仮に、もし俺が第三者の立場だとしたら、それこそ何も出来ずに指を咥えて眺めているだけに違いない。


「んで、おまけに今年からは妹も入学してきたっつうな。美乃里ちゃんだっけ? 激カワなんだろ?」


「うん、美乃里は誰よりも最高に可愛い」


「⋯⋯お、おう。そこだけはいつもホントブレねえのな」


「当然」


 高校デビューというほどでもないが、先月から俺と同じ県立さんよう高等学校へ進学したことを機に、周囲への身の振る舞いや自身の恰好かっこうを気にし始めた最近の美乃里は垢が抜けて成長著しく綺麗になっている。人見知りである欠点は今も相変わらずだけど。


「なんせ、俺の自慢の妹だしね。少しでも馬鹿にしたら誰であろうと許さないし即行頭下げさせるから」


「あーはいはいわーってるって。お前がけっこう重度なシスコンってことくらい十二分にわーってるから」


「いや別にシスコンじゃないし」


「いやその言いぶり的にどう考えてもシスコンだろ」


「兄として妹を大事に思うのは当然のことだよ」


「にしたってお前の目がマジすぎて笑えねえんだわ」


 ⋯⋯うーん? 俺はただ美乃里を守りたい一心でそう言っているだけなのに。シスコンとはまた違う意味合いになると思うのだが。


「てかそんなに可愛いなら俺に紹介しろよ。俺たち友達だろ?」


 パアンッ!!


「あんまふざけたこと言ってると顔叩くからね?」


「た、叩いてから言うなよッ⋯⋯」


 おっと、条件反射でつい手が出てしまった。


 しかしそれはあんまりにも許容できない発言なので間違ったことはしていないと思う。こんな拓郎なんかに俺の大事な妹を渡すわけにはいかないし、美乃里にはもっと信頼できる良い男に出会ってもらわないと。


「ったく、つまんねー世の中だぜマジで。リア充はみんな禿げて爆発しちまえやこんちきしょーがッ!」


「まあそれはさておいて」


「さておいてとか言うな」


「ごめん、今日は放課後一緒に帰れないから他の友達でも誘ってくれる?」


 放課後に用がある俺は拓郎にそう告げると、どうしたことか、この場の熱気が一気にフッと冷めていく。


「⋯⋯この俺に、他に友達がいるとでも?」


「え。いや、いるよね? ほら、部活仲間とか」


「部活仲間ってのはあくまでも部活仲間であって、友達とはまた別種なんだよ⋯⋯」


「⋯⋯あ、あー⋯⋯そ、そうなんだ⋯⋯はは」


 ⋯⋯何となく、察してしまった。


 一年付き合ってきた仲ではあるが、思っていた以上に拓郎とは残念なヤツなのかもしれない。


「いいよ、気にすんなよ。用事があんだろ? なら俺のことは放っておいてさっさと行きゃあいいさ」


「う、うん、ありがとう。⋯⋯とりあえず、そんな暗い顔されると俺としても反応に困るしさ。お昼くらいは普通に笑っていよう、ね?」


「⋯⋯⋯⋯はあぁあー⋯⋯」


 あからさまに盛大なため息を吐きながらも、拓郎は仕方なさそうにまたカツサンドにかぶりついていた。


 まあ、せめてこの時間帯だけでも拓郎の心の支えになれるよう、俺から気遣ってあげるしかない。


 そう思いつつ、俺も母さんお手製弁当のウインナーをパクリと口に含んでいた。


 うん、今日も今日とて美味である。


「⋯⋯俺にもそのウインナーくれよ」


「無理」


「ひでえ」


 当たり前だろ。

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