第7話 山田何某、それは仮初の名




 山田やまだは内心、ほくそ笑んでいた。


 その少し後ろでは、何も知らないDie道示だいどうじ霙子みぞれこが山田の後をついてきている。


 山田は霙子から受け取った謎の凶器を学生服の内側に収めながら、胸の内に忍ばせていたスマホを手に取った。


 その画面には『Die道示・霙子 通話中』とある。


 山田は通話を切り、スマホを元に戻した――


 そう、全ては山田が仕組んだ罠だったのである。


 本物の天now次てんのうじあられは何も知らない。きっと今頃、始業式の挨拶でもしていることだろう。全ては山田の自作自演だったのである。


(Die道示・霙子、そして天now次・霰――お前たちは、まだ私を知らない。お前たちと血の繋がったこの私――お前たちの腹違いの姉である、この鮮霧あざきり雹花ひょうかの存在を……!)


 そう、山田は山田ではなかったのである。

 その正体こそ、天now次家の血を引きながらも「女に生まれた」ために捨てられた悲劇のヒロイン――鮮霧雹花なのであった。


(私の母は後継者たる男児を産めなかったという理由で捨てられた)


 にもかかわらず、天now次の家に生まれた娘・霰は父の寵愛を受けて育った。

 そしてかたや愛人の娘、Die道示・霙子は隠し子でありながら溺愛されていた。


 こんな理不尽があっていいものか!


(私こそが真に天now次の名を継ぐ長女だというのに――いや、天now次の名などもはやどうでもいい。私が手を下すまでもなくあの男は自らの罪によって罰せられる。だがそれだけで済ますものか)


 彼女は決意していた。必ずやかの邪知暴虐の父に天中を下す、と。

 しかしそれはなんだかんだ何も知らない世間様がやってくれそうだった。

 なので画策した。この機を逃さず娘に近付き――


(あの姉妹を相争わせる――山田という「存在しない男」を取り合って、骨肉の争いを演じるといい……!)


 気がかりがあるとすれば、霙子に抱きつかれた際、こちらの胸の有無を確認するかのような動きがあったことだが……。


(防弾ジャケットを身に着けていたということにすれば、なんとかやり過ごせるはず。……感度は良好だ。色仕掛けハニトラで来たということは、私を男だと信じている――はず。霙子は聡いお嬢様のようだが――)


 正直、自信はない。なぜなら、Die道示・霙子には秘密があるからだ。


(この女は明らかに天now次・霰に近付こうとしている。私に近い立ち位置だ……。お嬢様の皮を被っているし実際溺愛されているが、その本性はといえば私同様、庶民の娘)


 野心はあるが、何も知らない……仮にも血の繋がった妹。そんな霙子を欺き利用するのには若干の罪悪感もある。しかし、雹花は心を鬼にする。


(お前を山田に惚れこませて、そしてこっぴどく捨ててやる――そうだ、それこそ一年後にはお前たちを取り囲むこの世界は滅亡する!)


 そのために、雹花はボディーガードの「山田」を演じ切らなければならない――霙子に迫る脅威など実のところ山田の演出であり、実際そう山田の活躍する場面など訪れようもないのだが――


「だいどーじ、みぞれ、こ……ぉっ!」


 突然、その女は襲い掛かってきた。

 とっさのことに、山田は対応できなかった。



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