第5話 迫る足音、それが黒幕




 謎の電話相手は現代人だと明らかになった。


 それは霙子みぞれこの直感であり、ちょっとした引っかかりに過ぎなかった。それが運よく的を射ていたのは幸いしたが、しかし霙子は未だ敵の正体を掴めていない。ともすれば敵の演技に付き合っていた方がまだ安全だったかもしれないまである。


(考えるのよ、霙子)


 霙子は路地を駆けながら、必死に思考を巡らせる。


(……敵は山田やまだと私を引き離そうと画策した。それはつまり、山田はパパの用意した本物の身辺警護だということ。山田と合流すれば、まだ……)


『霙子、貴女の考えはお見通しよ。大方、あのボディーガードと合流しようと考えているのでしょう? しかし残念だったわね、彼が貴女の父親が用意した人間であるという保証はないわ』


「裏の裏をかいたという訳ね。では私はさらにその裏をかくわ。――パパの留守電も偽物ね。合成音声か何かなんだわ、今のこの電話の声と同じようにね!」


 そしてこれは全てドッキリなんだわ! と霙子は言い放った。


『いいえ、貴女のパパは実際現在逃走中よ! 今の貴女のようにね!』


「…………」


『脱税がバレて国外逃亡しようとしているわ。組織の金を横領したのが間違いだったのよ』


「脱税なのか横領なのか、どっちなのよ」


『どちらにしても、隠し子である貴女を人質にとられれば、投降せざるを得ないでしょう。実の子どもより、愛人とのあいだにつくった貴女のような子どもの方が、よっぽど大事なようだから』


「まさか、貴女は……」


 霙子の直感が告げた。霙子は、彼女を知っている……!



『そうよ――私こそ、貴女の腹違いの姉――天now次てんのうじあられ!』



 霙子の足が止まる。


 その口元には――――


『足を止めたわね、霙子。貴女の現在地はGPSで把握しているわ。すぐに部下を向かわせる――』


 背後から足音が近づいてきた。そんな、いくらなんでも早すぎる。


 霙子が振り返ると、そこには、


「霙子さん!」


 現れたのは、学生服の青年――山田であった。


 霙子は考える。こいつは、信用できるのか、否か。


(霰は山田のことを『彼』と言った――だけど、私は知っている。さっき助けられた時、山田の胸に触れた……。間違いない、こいつは男じゃない、女性よ……!)


 天now次・霰は恐らく、その事実に気づいていない。


(山田が女性であれば、パパが私の身辺警護につけたのも納得できる。見知らぬ異性よりはマシ。同性であればトイレなどにも同行できるもの。それがどうして男性の格好をしているのかは分からないけれど、傍に男性がいた方が荼毘出くんのような輩を追い払うのに好都合ではある――)


 しかし、懸念がある。


(天now次・霰には一般人には知られていない性癖秘密がある――それゆえに、山田のことを『彼』と呼んだ可能性もあるか? どうする、私……どうする、霙子)


 山田が近づいてくる。霙子はスマホをポケットに仕舞いながら、それとなく鞄の中のモノに手を伸ばす。


(……山田は今、油断している。仮に私の敵だとしても、私がそれに気付いているとは思っていない。私を逃げ惑うだけのただのお嬢様だと思っているはず――今なら、やれる)


 そして霙子は意を決し、自ら山田に飛びついた。

 その手には、ナイフが握られていた。



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