第4話 否定はしないが、認めもしない
「この淫乱クソビッチが! よくも
現れたのは、
その手には刀身の長い、もはや発見即逮捕レベルの危険物が握られていた。
「ダイヤモンドは傷つかないわ!」
霙子はとっさに手にしていた鞄で身を庇った。ミツバの刃は易々と霙子の鞄を突き破ったが、その刃先は寸前のところで霙子に届かない。
20万の札束であった。その厚みが霙子を救ったのだ。
「傷つかなくても砕けるのよ! 荼毘出クンの心の
「そこまで分かってるなら潔く諦めたらどうなのかしら! それから私は淫乱でもクソビッチでもない、
札束で刃を捉えた霙子は、そのままミツバの手からナイフを奪い取った。バランスを崩したミツバにお嬢様キックをお見舞いし、バックステップで距離をとる。ミツバはつんのめり、そのままコンクリに頭から激突した。
「心が砕けたというのなら、貴女が彼の傷を埋めてあげなさい……」
捨て台詞を残し、霙子は鞄からナイフを抜き取ると、念のためそのまま鞄に収めておくことにした。代わりにスマホを手に取る。通話は未だ繋がっていた。
『大変だったわね、一年前の私』
「本当よ。まさか真剣崎さんに待ち伏せされていたなんて」
ミツバは恐らく荼毘出の告白の場にいたのだろう。彼を視界の中心に据えたなら、その端の方に彼女が立っているのが常である。ミツバはあの事故現場から執念深く霙子を追ってきたのだ。
『本来の歴史なら、彼女に襲われる時には山田が守ってくれていたわ。それで私は山田に心を奪われた。どうやら未来の干渉があっても、今日この日に私が死ぬようなことにはならないようね。
「……この私がそう易々と、ぽっと出のモブ名字に心を奪われるとは思えないのだけど」
『吊り橋効果は馬鹿にならないのよ。だけど覚悟があれば大丈夫』
「ところで、どうして私が彼に惚れることが、世界の滅亡に繋がるというの」
『彼は敵のスパイよ。ボディーガードのフリをして貴女に近づき、その心を奪って貴女を意のままに操ろうという魂胆だったの。全ては父に近付くため』
「パパはいったい何をやらかしたというの……」
ネットニュースを調べたかったが、通話を切るのも躊躇われた。
それより先に、確認すべきことがあった。
「貴女、一年後の私というのは嘘ね」
『……実は、二年後よ』
「そもそも、未来から電話がくる訳ないじゃない!」
それは正論であった。
「最初は、そういうこともあるかもしれないと思った。……この私がパパを『父親』と、他人行儀に呼ぶような何かがあったのかもしれない、と」
『私はこれから起こることを貴女に伝えてあげたじゃないの』
「真剣崎さんの出現は予測できたことよ。前例があるもの。そして、突っ込んできた車は貴女たち『組織』が用意したとすれば、辻褄は合う」
『…………』
「私の身辺調査をしていたのね。パパからの留守電も盗聴していたんでしょう。そして何より、」
『……何より?』
「未来から電話がくる訳ないじゃない!」
それは正論であった。
「というか、未来からの電話とか言うような輩が信用できるはずもないじゃない」
『……くっ、それは正論だわ』
「それにね、もういっこあるわ」
『まだあるというの……』
「この私、Die道示・霙子が『彼』に惚れる訳がないのよ」
それは、Die道示・霙子の「秘密」を真に知っているのであれば、当然分かろうはずのことだった。
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