第3話 公開後悔プロポーズ、奔る殺意




 間一髪であった。


 霙子みぞれこめがけて突っ込んできた中型車が、霙子の華奢なボディを台無しにすることはなかった。


 その直前、霙子の眼前に飛び込んできた人影が、霙子の体をすくい上げその場から立ち去ったからである。


 それは黒いスーツを身にまとったイケメンであった。いや、違う。黒い学生服をまとった青年だった。霙子と同じ学校の男子生徒のそれだ。


「大丈夫ですか」


「……え、ええ」


 心の準備が出来ていなかったら危なかったかもしれない。これが未来の自分が警告してきたラブコメ展開。霙子は胸の動悸を感じた。


「申し遅れました、わたくし山田やまだと申します。今日から霙子さんの身辺警護を仰せつかりました」


「……学生のように、見えるけれど」


「こう見えて実は成人しております。学生の方が何かと都合がいいという見解です。私の編入手続きも済んでいますのでこのまま一緒に登校しましょう」


 どう見ても十代だ。中性的で童顔だから若く見えるのか。ともすれば少女に化けることすら可能かもしれない。


「ちなみにアルバイトですが、契約完了まで貴女を守り抜くとここに誓います。業務ですので」


 ここで山田が微笑の一つでも浮かべれば、たちまち霙子の心は絆されていたことだろう。しかし山田は表情を一切崩さなかった。真面目くさった社会人のそれである。目が死んでさえいる。


「私の周りで何が起こっているというの? それと、もう下してもらえないかしら、人目が」


「一刻も早くこの場を離れる必要があります。混乱に乗じて次が来るやもしれません。それから、お父上絡み、としか説明できません。詳しくは私も、なんとも。ただ貴女を殺すか人質にとるかすることで私怨を果たそうとする人間が一定数いるようで――」


 言いかけ、足を止めた。未だ霙子は山田の腕の中だ。


 見れば、山田の進路を塞ぐように一人の青年が立っている。山田と同じ制服姿。それは霙子も見知った顔だった。同じ中学出身、そして今日から同じ高校に通う生徒の一人。

 両手を背に回し、何かを隠し持っている。山田が警戒する。


「霙子さん!」


 その生徒、荼毘出ダビデは霙子の名を呼んだ。


「今日から僕らは高校生、この佳き日にどうか僕との真剣な交際を考えてはもらえないでしょうか!」


 荼毘出は花束を取り出した。山田はそれを蹴り飛ばした。


「なんてことを! というか君はどこの誰だ!?」


「……おっと失礼。まさか公開プロポーズだったとは思わず。業務とはいえ、さすがにそこまでのプライベートに立ち入る訳にはいかないでしょう」


 山田はようやく霙子を地面に下す。近くでは壁に衝突した車が炎を上げていて人々が騒ぎ立てている。そんな中での公開プロポーズである。

 車に向いていたスマホが荼毘出と霙子へと集中する。人々の興味は移ろいやすいのである。


「……霙子さん!」


 薔薇の花束を拾いなおし、再び霙子に向き直る荼毘出である。


「君が今、トラブルの真っただ中なのは知っている。だからこそ僕が君を、」


 霙子はとっさに考えた。


「荼毘出くん、ちょっと向こうでお話ししましょう」


 プライベートなのでついて来ないで下さいな、と山田に目配せし、霙子は荼毘出と連れだって人だかりから距離をとる。


「荼毘出くん、こんな公衆の面前で事故現場をバックに交際を迫るなんて、よほど自分に自信があるか、自信のなさゆえの脅迫的な行為かのいずれかね」


 公衆の面前で交際を迫ることで断れない雰囲気を作り出すという、脅迫行為。断れば即座に人々は霙子へのバッシングを始めるだろう。体裁を気にするお嬢様としては認めがたい恥辱である。


「お断りするわ!」


 バシッ! と霙子は鞄を振り回し、花束ごと荼毘出を弾き飛ばした。


 薔薇に罪はないが、これは必要な犠牲であった。

 それにこうした告白も通算六回目、季節の変わり目ごとの風物詩である。今さら心が痛む霙子ではなかった。


 荼毘出は良家の子息であるが、霙子の本命は別にいる――


(そうよ霙子、あんな山田なんてふざけた名前の学生服コスプレ男に……!)


 荼毘出を盾に、霙子は駆け出した。プライベートの一幕である。山田は霙子の突然の行動に、対応が遅れた。


 霙子はコンビニダッシュした時よりも素早く、その場を後にした。


 霙子を見失えば、山田はとりあえず学校へのルートに先回りすることだろう。仕方ない、今日は始業式はお預けだ。


 霙子は当てもなく街の中を駆け回った。

 そしてひと気のない路地に立ち入った時である。


「ここで会ったが七回目ェッ! ダイドォォジィ・ミゾレェコぉぉぉーッ!」


 思わぬ敵と遭遇した。


 それは霙子の眼前に飛び出すや否や、鞄から刃物を取り出し流れるような動作で霙子へと突き出した。


「今日こそ殺す!!」



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