第2話 こんにちは未来、初めまして危機一髪




 早朝から混沌とした状況に冷静な対応をしているかのように装っているDie道示だいどうじ霙子みぞれこだったが、その心中は当然穏やかではなかった。


 そんな折である。


 ポケットの中で何かが振動した。その音にびくっとなる霙子だが、すぐに平静さを取り戻す。


 鳴っていたのはスマートフォンのバイブ音、つまりは着信である。


 こんな早朝から、いったい誰が。おまけに、画面に表示されているのは『非通知』――普段なら無視するところだが、先の留守電を思えば出ないことも躊躇われる。


「……もしもし」


『霙子、私よ』


「……誰かしら」


 知らない声だ。電話越しだからか。


『一年後の貴女よ』


「何を言っているのかしら」


『未来から電話をかけているのよ。私は一年後の貴女、Die道示・霙子よ。今ちょうど、コンビニから学校へ向かっているところね』


 何を言っているのか分からないが、霙子はとっさに周囲を見回す。周りには学校や会社に向かう人々で溢れている。この中の誰かが今、霙子を監視しているのか?


『時間がないわ。手短に用件だけを告げたいところだけど、私は私だから知っている。Die道示・霙子はこのような異常事態をすぐには受け入れないことを』


「それはそうね。というか私でなくてもすぐには受け入れないと思うわ、こんなこと。まず、声が違うもの」


『自分で発する声というものは、録音などした際に聞いてみると案外違って聞こえるものよ。特に今は電話越し、なんなら時間すらも超えているのよ。まあそもそも電話時代が時間と空間を超えて通話するためのものだけれど』


「まるで私みたいなものの言い方をするのね。気味が悪いわ」


『だって私だもの。それはある種の自己嫌悪よ。それより、こういう時、私を納得させる手っ取り早い手段があるわ。私は貴女の秘密を知っている。他の誰も知らない秘密よ』


「…………」


『秘密がある、と告げたことで一応の納得は得られたものと思っていいかしら。では話を先に進めるわ。私は一年後の未来から、今の貴女に電話をかけている』


「……貴女からすると、一年前の私ということね。そして貴女は私の身にこれから何かが起こることを告げようとしている」


『さすが私ね。では用件を告げるわ。これから、貴女は車に轢かれそうになる』


「……でも、死なないんでしょう? そうして電話してくるくらいには元気。一年後までの安全は保証されたようなものね」


『残念ながら、そういう訳にはいかないわ。私が過去に干渉したことで、未来はその形を変える。これから何が起こるかはわからない。だからタイムトラベラーは発見されていないのよ』


「タイムトラベラーの話は知らないけど、だったら意味ないじゃない。なんで電話してきたのよ。成り行きに任せなさいよ」


『そういう訳にはいかない。このままだと世界が滅ぶ』


「一年でいったい何が起こるというの!?」


 というかこの一年で、未来から過去に電話をかける技術まで開発されるというのか?


『人の人生なんていつ何時なにが起こるかわからないものよ。一年どころか一日で激変する。今の貴女も、父親のせいで半年後の自分の暮らしすら危うい状況でしょう』


「――父親、ね。それは確かに、その通りだわ」


『だけど私がいれば少なくともこの一年、多少の誤差はあれどたいていのトラブルを避けて生活することが出来る。20万だって増やせるわ。だから私の指示に従いなさい』


「分かった。それで、私は何をすれば」


『何もしなくていい。車は既に貴女を撥ね飛ばす態勢に入っている。問題は、貴女を助けに現れるボディーガードの存在よ』


 ……そういえば、と霙子は思い出す。パパからの留守電にそのような伝言が残されていた。


「……撥ね飛ばす、ですって?」


『相手は殺す気よ。貴女は命を狙われている。だけどボディーガードが守ってくれるわ。問題は――』


 その時である。


 人々の悲鳴が聞こえた。


 歩道に車が突っ込んできたのだ。


『問題は、貴女が彼に惚れてしまうことよ』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る