第二章 変身ヒロイン、やってます?

第七話 管理人さん、大いに語る

「――お困りの様だね。手を貸そうか、安生一誠あんじょういっせいくん?」

 一誠の耳に、いや脳内へと直接、とてもいい声、具体的に言うと、声優の田〇秀幸さんみたいな少し甘めの色気ある大人の声が響いた。

「と言うか、君としなくてはいけない話があってね。多少込み入った内容なので時間をとらせてもらいたい」

「なっ――」

 "なにを" と脳内に語りかけてくるやたらといい声に対して、一誠がそう言おうと口を開きかけた時、彼の周りでなにかが感覚がした。

 その妙な感じは一瞬でなくなったが、一誠のいる世界は変わっていた。


 県立百田ももた第一普通科高校の、第一校舎、屋上。そこに居ることは変わらない。

 が、状況は一変していた。


 自分が来る前から屋上に居た何人かの生徒、珍しく感情を露にした内海龍子うつみりょうこ、見知らぬ一年生数人と知り合ったばかりの中禅寺晃ちゅうぜんじあきら。ついさっきまでその場に居たはずの者たちが居ない。

 今この場に居るのは安生一誠と、なにか思いつめた顔をしている鈴城日輪すずしろひのわ。そして――、

「改めて挨拶しよう。初めましてだ、安生一誠くん」

 ふたりの間の空中にぽっかり浮いている、ソフトボール大の淡く輝く青白い光球。声は脳内に直接ではなく、そこから聞こえていた。

「ああ、初めまして。で、あんたはどこの何方様で?」

 この場の異常さを理解していないかのごとく、至極当たり前に軽い会釈込みで返事をし、質問をする一誠。

 そんな一誠の対応に光球は一瞬言葉を失い、そして、

「――なんと言うか、君は豪胆だね。こんな状況下でも平静を保っているなんて、なかなか出来る事ではないよ?」

 あっけにとられた様にそんな事を言った。……しかしその言い方、炎天下でバスに乗り込む人数の点呼を自主的に取っていたお兄様を褒め称える某一科生のネットでの通称・バス女さんみたいだわね。

「そいつはどうも。俺はただ現実を現実として受け止めているだけなんだが?」

 言いながら光球を見つめて「ベ〇ラー追っかけてた時のウ〇トラ〇ンか、蒸着直後のギャ〇ンっぽいなぁ」 とか思っている辺りが安心の一誠クオリティ。

 良くも悪くもぶれねぇなぁ、この男は。

「だから、普通はそれが出来ないものなのだよ。人というものは突然の事態、特にそれが異様な出来事であれば、それを現実としてなかなか認めたがらない生き物だからね」

 光球のその言葉に「なるほど言いたいことはそう言うことか」と納得して軽く頷くと、

「……逃避して状況が良くなる訳じゃなし、ならあるがままに受け止めるのが一番だ。その方がその後の対応もとり易い」

 さも当然だろうって生真面目な顔をして答える一誠である。Let It Go ですかい。あ〇の~ままに~♪

「ふむ、賞賛に値する現実主義だね。実に面白い存在だよ君は。出会えた偶然に感謝だな」

 光球は楽しげにゆれながら話す。だが一誠は面白くもなさそうに、

「そんなのはどうでもいいから、こっちの質問に答えてもらいたい。しなくちゃいけない話とかもあるんだろ? 時間は有効に使った方がいい」

 腕を組み、仏頂面でそう告げる。

「――時間はそれほど気にする必要はないのだが、うん、君の言うことはもっともだ」

 一誠の物言いに姿勢を正す球体。丸い物体がどんな風に姿勢を正したのかはよく判らないが、雰囲気でそう感じていただきたい。

 光球がいっそう落ち着いた声音で告げ始める。

「私はそう、簡単に言うと、このあたりの土地の霊的管理者といったところだね。日輪からは管理人さんと呼ばれているよ」

 その言葉に、それまで一誠と光球のやり取りを見ているだけだった日輪がおずおずと頷く。

 一誠はそんな日輪へと軽く視線を向け、 "あ、そういえば居たんだっけ" と失礼なことを思いつつ、また光球へと向けなおし、

「霊的管理者って、つまりは神様みたいなものか?」

 と、まぁ、かなりぶっちゃけたことを訊く。

 管理人さんこと光球は苦笑交じりの口調で、

「そんなにえらいものではないよ。……そうだね、神様という存在を社長とか取締役だと思えば、私なんかは良くて課長、もしかしたら係長程度の下っ端中間管理職さ」

 実に人間臭くそんなことを言った。屋台の赤提灯でおでんを肴に、安酒で悪酔いしながら仕事の愚痴をこぼすのが似合うサラリーマンのように。

「実際の会社じゃ、係長になるのだって大変だって言うぞ。立派なものじゃないか、卑下することはないと思うが?」

 対して一誠の口から出たのは、的を得ているのか外しているのか、よくわからない励ましの言葉だった。

「地位とか肩書きも必要だろうが、大事なのは自分の仕事をちゃんとこなせているかって所だと俺は思う。あんたがそれをやれているって自負があるのなら、それはそれでいいんじゃないか? 何事にも謙遜するのが日本人の美徳であるみたいなことが言われているが、自分のしてきたことややり遂げたことには、もっと胸を張ればいい、誇るべきだ」

 続けて言い放ったこんな言葉に、

「いやはやまったく。――本当に君という人間は面白い。ずいぶんと永くこの仕事をやって来ているが、そんなことを言われたのは初めてだよ……ありがとう一誠くん」

 感動したことがありありとわかる口調で言葉を返す管理人さん。

 それに「どういたしまして」 と笑みを浮かべ軽く首を横に振る一誠。仕草がどこかアメリカンナイズだ、HAHAHA♪

 ひと仕事終わったぜと言わんばかりの空気が満ちかけている、いい雰囲気のところを悪いが、君ら話があさっての方向へ飛んじゃあいないかね?

「……あのぅ、管理人さん。肝心のお話がまだ……」

 このままでは埒が明かないことに気がついた日輪が、おずおずと声をかける。グッジョブだ!

「ああ、そうだった。ありがとう日輪。……一誠くん、君に伝えねばならない話をしよう」

 先程までの穏やかな流れからぐっとしまった雰囲気へと変わる。一誠も聞く姿勢に改めて向き直る。


「――我々という存在がいつこの世界に現れたのかはよくわからない。遠い遠い昔にいつの間にか存在していた。そんな古い昔には我々とこの世界は程よい関係でいられたものだった。育ち広がっていく世界を余計な手を出すこと無く見守り続けていた。成長していく子供を見つめる親の様にね。しかし君ら人種ひとしゅが誕生し、文明を築きだした頃からその関係は怪しいものになり、世界のいたる所でひずみが生まれだした。ひずみを生み出すのは君ら人種が無意識のうちに世界へと放っていた極めて小さな負の感情、不満や嫉妬、日々の小さな失敗からこぼすため息など、本当に小さなものから生まれるマイナスなエネルギーからだ。我々はそれを負力ふりょくと呼んでいる。負力は少しづつ集まり凝縮されていき、やがては世界の存続を脅かすほどの大きな火種へとなっていった。大規模な災害、異常気象や火山の爆発、頻発する大地震など、太古の文明がこのひずみが起こした災害で滅んだ事もあった。我々の存在は世界あっての話なのでこの世界が無くなってしまっては元も子もない。故に我々はひずみに対して干渉を始める事にした。ただ、直接介入するには我々の力は大きすぎる。ロウソクに火を灯すのに太陽を使うくらいにね。あまりにも非効率で危険すぎるから、我々は代案を考えた、それは我々の力のホンの一部を人種に供与して、ひずみが起こす災害から世界を守る代理執行者制度……そう君たちが超常者やスーパーズと呼んでいる者たちのことだよ。ひずみを生み出す現況にひずみの起こした災害の後始末をさせる、我々の内、誰が考え出したアイディアかはわからないが、とても良い試みだろう? 始めた頃はひずみの規模も大きかったから、同程度の力を持つ者だけをそれに対抗させていればよかった、だが月日が経つうちにひずみは細分化していき、広く細かく拡散して行った。我々もそれに合わせるように代理執行者の数を増やした。ひずみが引き起こす災害も細分化したことで小さくなったのでそれら合わせた小さい力の代理執行者をね」

「鈴城さんもそのひとりって訳だ」

 管理人さん渾身の長ゼリフを、黙って聞いていた一誠がすっと口を挟む。

 三行で頼むとか言わない辺りはよくわかっている。因みに三行でまとめると、

 ◎管理人さんたちは大昔から世界を見守っていたよ。

 ◎でも人が増えてからよくないことが多くなったよ。

 ◎管理人さんたちは力が大き過ぎて危ないから代理を用意したよ。

 と、なる。わかり易くてお得だね♪

「日輪にはこの春から代理執行者を委託している。良くやってくれているよ。……まぁ、細かな失敗もあるけれどもね」

 管理人さんの苦笑交じりの賞賛に、日輪が身体を縮こませる。

「――だが、今回の失態は看過出来なくてね。そのために当事者である一誠くん、君と話す機会が欲しかったのだよ」

 が、管理人さんは舌の根も乾かぬうちに、口調を堅くし、一誠へと語りかけてくる。

「失態?」

「そう、失態だ。代理執行者として最もしてはならないことを日輪はしてしまった」

 言葉を返した一誠に重々しく告げる管理人さん。

 青い顔をして下を向く日輪。それを横目で見やりつつ、

「鈴城さんがした失態っていうのは、もしかして……」

 心当たりがあるぞと、一誠。

「――そう。君に代理執行者、つまりスーパーズであると知られたことだよ。我々の力を貸与される代理執行者は世界のことわりも変えることが出来る。それ故に代理執行者は力を自分のために使ってはならないし、また使うことも出来ない。だが第三者に正体を知られるということは、その力を他者の私欲で使うことを強要される一因となる。それはけしてあってはならないことなのだ」

 重く、そして冷たく告げる管理人さん。

 沈黙が場を支配した。

 ……一誠は考える。

 "スーパーズが正体を知られる、ならばその目撃者の口を何らかの手段を用いて塞げばいい。が、それは自己保身の手段となるために実行は不可能。だが、目撃された場合のデメリットはなんになる? スーパーズだと世間に吹聴された場合のデメリット、スーパーズとしての力を本来とは違う目的で使うことを要求されることか? しかし普通に頼んだところで受ける必要はない、無視すればいいだけだ。……無視出来ない事態、例えば身内を人質に捕られて脅迫されるとか? この場合、身内だろうが人を助けることは人命救助、スーパーズ本来の目的にあたるからデメリットにはなりえない。身内以外の第三者だとしても同じだ。では、何がスーパーズとして出来ないことに当たるのか……?"

 この思考がまとまるためにかかった時間はわずか一ミリ秒。だが、宇〇刑事エス〇バンの電着と同様にそのプロセスが説明されることはない。

 一誠の辿り着いた答えは、

「……スーパーズは、人に手が出せない」

 それほどスーパーズの歴史に詳しい訳ではないが、彼らのしていることはほぼ災害対策とそれに伴う人命救助。犯罪者を捕まえるなどの対人活動が行われたという記録を見聞きした覚えがない。 被害者に手を貸すことはあっても加害者に手を出すことはない。

 極端な話ではあるが、たとえ目の前で人が人に殺されようとしていても、スーパーズはそれを止めることはしない。出来ない。

 ただし、何らかの手段を用いて邪魔は出来る。

「ご明察だ。人を捕らえたり裁いたりするのは人の領分、我々や、その代理執行者の関与するところではない」

「……なんでも出来るようで何にも出来ない。犯罪者を止められないが犯罪は行える、か」

 一誠の思考を読み取ったかのような管理人さんの容赦ない言葉が飛ぶ。それに対する一誠の言葉もこれまた遠慮がなかった。

 人質をとって脅迫してくる悪意ある人間をどうこう出来ないが、そいつに言われて銀行強盗は出来る。

 管理人さんや一誠が言わんとしているのは、つまりそういうことなのである。

「――結構めんどくさいもんなんだな、スーパーズってのも」

 顔を青白くしてじっと下を向く日輪へ憐憫の眼差しをちらりと向け、心底めんどくさそうに言葉を吐く一誠。

「それで、俺に知られたことで鈴城さんはどうなる?」

 視線を管理人さんへと戻し、問いかける。

「代理執行者としての資格を失う。つまりスーパーズを辞めて貰うことになるね」

 抑揚を感じさせないで答える管理人さん。その言葉に日輪の体がビクリと震える。

「クビってこと?」

「そういうことだね」

 頭の中に、大観衆で埋まるアリーナのリング上で、団体最高責任者がマイクを持ってオーバーアクションで、自分に刃向かった所属レスラーに対して「お前はクビだ!」と叫ぶ某アメリカンプロレス団体お約束のアングルを思い浮かべつつ一誠が続ける。

「代わりに当てが?」

「……候補者の中で一番適正があったのが日輪だったのだがね」

 自嘲気味に答える管理人さんから視線を、下を向いたままの青い顔をしてる日輪の方へ向け、また戻し、

「鈴城さんを続けさせるにはどうすればいい?」

 特に考えがある風もなく、問いかける一誠である。

「いくつかの方法があるが?」

 こちらも特に思うところもなく、淡々と答える管理人さん。

「聞かせて欲しいね」

「シンプルに君の口を塞ぐ」

「どうやって? 人に直接手は出せないんだろ?」

「間接的には何とかね。事故でも装って物理的に」

「……ちょっと待てっ。それは俺が殺されるってことだろうが? 却下だ却下。他にはないのか?」

 さらっと物騒なことを告げる管理人さんに全力で突っ込む一誠。

「君の記憶を消す。一部だけなんてまだるっこしいことはせず、全てを消させてもらうことになるだろうね」

「……管理人さんの不思議パワーかなんかで?」

「いや、これも物理的に。何か質量の大きい物体を君の頭に直撃するように仕組んで――」

「さっきから殺る気満々じゃねーかっ! 管理人さん、実のとこ俺のこと嫌いだろっ!?」

「何を言う、君の事は得難い人物だと思っているよ。――だから、苦しまないようにせめて一撃で」

「得難いとか思ってんなら、もっと大事に扱えよ!」

 ああ言えばこう返す、一誠と管理人さんは素晴らしい息の合い方で荒んだ内容の会話を繰り広げる。

 もはや漫才である。

「――で、他には? あ~、俺を亡き者にするやり方以外で」

 突っ込むのに疲れ、程よく脱力しながら重ねて問う一誠。

「一番確実だが、一番困難な方法がひとつ」

 疲れなど感じることもなかろうが、付き合うように淡々と告げる管理人さん。

「それは?」

「君が我々の側へ来ることだ、一誠くん」

「……ほぅ?」

 特に大したことではないといった口調で重大なことを告げる管理人さんに、脱力モードから少し真面目にそれを受け止める一誠。

「代理執行者はその地にただひとりだけ。この原則は変えられないが、協力者はその限りではない。スーパーズとしての力は与えられないのに、同程度の厳しい契約に縛られる損な役回りだ。まぁ、多少の力の供与はあるが、スーパーズのように人の範疇を超えるようなものではないがね」

 淡々とだが、どこか試すような含みを持った管理人さんの言葉。

 一誠はそれを聞いて少しだけ首をかしげた後、ふたりのやり取りの蚊帳の外で自分の失態の重圧に押しつぶされそうになっている日輪に視線を向け、

「鈴城さん、君はこれからもスーパーズを続けたいのかな?」

 なんでもない話をするように声をかけた。

 虚をつかれた日輪は、それでも投げかけられた言葉の意味をしっかりと噛み締めてから、

「……続けたいです。私、取り柄とか無くて何にも出来ない子だけど、それでも誰かの役に立ちたいです。誰かの助けになりたいんです!」

 泣き出しそうな顔をしながら、それでも自分の一生懸命な気持ちを、一誠と管理人さんへと告げる。

 ……いえいえ、取り柄が無いなんてとんでもない。君はその恵まれた肉体で同級生男子の夜のオカズとしてとっても役に立っていますよ? まー面向かってはとても言えませんけどね、げっへっへっ。

 一誠はそんな日輪の言葉に唇の端を少し緩めて笑みの形を作り、"そういう気持ち、嫌いじゃないね" と胸の内でそっと呟くと、管理人さんへと向き直り、

「じゃ、そう言うことだ管理人さん。よろしく頼むよ」

 特に重要なことでもなんでもないんだとでも言うような自然な口調で、協力者になることをさらりと宣言した。

「――ふむ。一応確認するが、本当に良いのかね一誠くん?」

 本当に一応といった感じに聞き返してくる管理人さん。

 言外に、訊くだけ無駄だろうけどねといった思いがありありと感じられる。

「いいよ。そうすれば全部まるっと上手く収まるんだろ?」

 今更なことを聞くなと言わんばかりに、肩をすくめながら答える。またまたアメリカンナイズだぜ、HAHAHA。

「それは、君が犠牲になると言っている様なものなのだが……正直、そういった気持ちで引き受けられても困るのだがねぇ……?」

 管理人さんのその言葉に、日輪も悲愴な顔をしてうんうんと頷いて賛同していた。

「――ん、俺は犠牲になったつもりなんか更々ないが? 面白そうなことに首を突っ込みにいくだけで、言うなれば自分が楽しむために手を貸すつもりなんだが。そっちの勝手で悲観的にとられるのは甚だ遺憾だな。――それに」

 だが一誠、そんな言葉は聞く耳持たないと、不敵に笑いながらそう返し、

「それに、なんだね?」

「昔、スーパーズには助けられた恩がある。直接じゃないけど、こんな形でも返せるなら嬉しいんでね」

 管理人さんの疑問に、先ほどとは違う照れくさそうな笑顔で答えた。


 遠い夏の日、ヒマワリの様な笑顔をした三角帽子のパッフュミィ・ヴィ。

 彼女に救われて今の自分がある。明け方夢に見たのも、たぶんこの決断のためなのだと一誠は思う。

 彼女の存在を忘れたことはなかった。

 だが、あの夏の日の出来事を思い出す切っ掛けは、間違いなく夕べの鈴城日輪の姿。

 ならば、感謝の意味も込めて、鈴城日輪の手伝いをするのも悪くない。

 うん、きっと悪くない。


「ま、そんなことだから。よろしく頼むよ、管理人さん、鈴城日輪さんサニー・ベル?」

 強面に似合わぬ照れ笑いを残したまま、日輪へと右手を差し出す。

 一瞬管理人さんの方へ顔を向け、確認の意思を受け取ると、一誠へと向き直り、真っ赤な泣き笑いの顔をして一誠の右手を両手で握り返す日輪。

「こっ、こちらこそよろしくお願いします、安生先輩っ!」

 今ここに、鈴城日輪、安生一誠、そして管理人さんによる、百田の街の安全と安心を守る管理業務代理執行のチームが生まれた。

 チーム・サニー・ベル爆誕!


「しかし、結構話し込んでしまったな。午後の授業も当然始まってるだろうし、こりゃ遅刻は確実か」

 片手で頭をかきながら、やれやれといった感じにこぼす一誠。

「いや、その心配はいらない」

 某宇宙戦艦の真田技術長もかくやと言わんばかりの、こんなこともあろうかと口調で管理人さん。表情があるとすれば間違いなくドヤ顔だろう。

「ふむ。して、その心は?」

「我々が今いるこの空間は、元の世界とは時間の流れが違うのだよ。ハッキリ言えば、時の止まった空間だ。ここでいくら過ごそうと元の世界では数秒と経ってはいないだろうね」

「なるほど、タイムとメンタルのルームみたいなものか。便利だな」

「だろ?」

 賞賛する一誠に対し、得意満々な口調の管理人さん。顔があればここはカリカチュアされた外人さんのように、鼻がぐぐんと高くなっていることでしょう。

「あー、そうか。夕べ鈴城さんの変身解ける姿見た時、人が全然居なくておかしいって思っていたんだが、この空間に入ってたからか、納得」

 一誠が得心がいった様に言う。

「……移層した空間に後から入り込んでくるんだからね、つくづく特異な人間だよ君は」

 普通はできねぇぞ、そんなことぁ。ってな具合に、ほとほと呆れた様に言葉を返す管理人さんだったが、ひと呼吸おくと真面目な声で、

「さて、そろそろ戻ろうか。――いいかい? さっきも言ったように向こうでは時間が進んでいない。こちら側へ移る前に何があったのかをよく思い出して、不自然じゃない行動をとるように」

 元の世界へ戻る際の注意を促す。 

 "えーと、確か内海になにか用かって言ったんだよな。で、内海は珍しく慌ててて……" 小声でぶつぶつと直前の状況を確認しながら、片手をひょいと挙げて了解の意思を示す一誠。

 日輪は小さく頷いて、準備は出来ていることを伝える。……しかしセリフ少ないよね日輪ちゃん。一応ヒロインなのに扱い悪くてゴメンね、てへぺろ♪

「では、戻るぞ」

 管理人さんのその一言で、世界はまたズレた。


「なにか用? じゃないわ。下級生泣かせるようなことしてちゃ……」

 自分で上手く制御できない感情のまま言葉をかけてくる内海に対して、

「――感極まって泣いてしまった鈴城さんをなだめていただけだぞ? 特に変な真似はしちゃいないが?」

 こちら側へと戻って来たことを意識しつつ、いけしゃあしゃあと予め用意した言葉を返す一誠。

「因みに鈴城さんが感極まった理由は……そこに転がってる彼女の友人たちに聞いてくれ」

 そう言って、扉前であられもない体勢で転がっている数名の一年生たちを指す落ち着き払った一誠の態度に、頭に上った血がゆっくりと下がっていき、普段の自分を取り戻し始める内海。

 途端にそれまでの自分の態度に恥ずかしさを覚え、赤面しつつ小さな声で、

「ご……ごめんなさい。私取り乱してたわ……」

 顔を逸らす様にして謝罪する。

 一誠は、そんな内海の顔をわざと覗き込むようにして、

「いや、普段の取り繕った顔も綺麗だが、そんな風に素を晒してる内海は可愛いと思うぞ、うん」

 邪気のない爽やかな笑顔で言った。勿論、何も含むところのない、素の感想である。

 その言葉に紅くなっていた内海の顔がさらに紅くなっていく。のぼせ高くなった体温のせいでメガネのレンズが内側から曇り、照れ照れになってしまった表情を上手く隠した。

「なっ、なに言ってるのよっ。わ、私が可愛いとか、そっそんなこと」

 一誠に見られぬようにと、必死で顔を背けつつ、つっかえつっかえ言葉を発する内海だったが、

「そういうところが可愛いと思うんだけどな?」

 百田第一随一と呼ばれる色事師・十日市多聞とおかいちたもんも真っ青なスケこましトークを炸裂させる一誠の前では、無駄な抵抗であった。

 何度も言うが、一誠に邪心などは一切ありません(当社比)

「……あ……ぅ……」

 真っ赤な顔でメガネをさらに曇らせたまま、何も言えなくなっていた。

 内海龍子、撃沈!

 そんな内海を見たその場の面々は、皆心の中でこう思った。

 "内海先輩、案外ちょろい" と。

 そして、一誠のナチュラルプレイボーイっぷりを目の当たりにして、

 "安生先輩に関する噂、荒事関係はともかく、女性関係は噂通り、いやそれ以上だよね"

 と認識を新たにしたという。恐るべし、安生一誠!

 こうしてまた新たな噂のキマイラが生まれるのであった。

 うん、自縄自縛。

 そんな面子の中で、内海と同じ様な一誠に対しての特別な感情、それを根付かせかけている中禅寺晃の内心は複雑だった。

 ぶっちゃけて言えば、今抱きかけているこの気持ち――恋心――を一誠に向けても良いのだろうかと、第三者から見ればそりゃあそう思うのも当然だよなと言える悩みが生まれたのだ。

 気持ちは本物だと思う。けれども、この己へと向けられている異性からの熱い眼差しの意味を一向に解しようとはしない、ハーレムラノベ主人公的鈍感気質を具現化したような朴念仁のとーへんぼくに、このまま想いを向けていても、果たして上手くいくものだろうか? まぁ普通、無理だわな。

 自分自身とタイプが似ている、もっと露骨に言えば、クール系優等生のキャラが被っており、そしてここまでのやり取りから察するに、それなりの付き合いがあるだろう内海龍子が、てんで相手にされていない目の前の現実は、中禅寺の心を惑わせるのに充分だったのだ。

 そんな風に中禅寺が身を伏せたまま悩んでいたら、

「中禅寺、大丈夫か? 転んで怪我でもしたのか?」

 悩みの元凶、一誠本人が近づいて来て、すっと手を差し伸べてくる。

「あ、いえ。大丈夫……です」

 あまりに自然な一誠の行為に、中禅寺も無意識に差し出された手を取ってしまう。

「ならいいけど、なっと」

 掴んだ手をすっと引き上げて中禅寺を立ち上がらせる一誠。が、無抵抗だった中禅寺が引き上げられるままにバランスを崩して、そのままの勢いで一誠の胸へと飛び込んでしまった。

「……あっ」

「ホント、大丈夫か?」

 偶然にも、自分が嫉妬した鈴城日輪が抱かれたのと同じ体勢になったことに動揺する中禅寺。胸が早鐘を打ち始めすごい勢いで自分の顔が赤くなっていくのを自覚する。

 しかし、そんなトキメく中禅寺を見下ろしながら、

「顔紅いが、やっぱりどこか打ったとか?」

 なんて、すっとぼけたことを言う一誠。

 中禅寺が頭を振ることでそれを否定すると、そっと彼女を解放し、自分で立たせ、

「しかし中禅寺まで覗きに来るとはな。心配しないでも、鈴城さんに変なことなんかしないって」

 と、似合わぬ爽やかな笑顔で言い放つと、次に自力で立ち上がっていた日輪の友達三人衆に向かって、

「そっちも、友達思いなのはわかるが、少しは信用してもらいたい、な?」

 同じ様に爽やか笑顔付き――若干苦笑気味――で告げる。……本当、どの口がそんなことを言うのだか。

 三人衆は一誠にバツの悪そうな笑い顔を見せつつ、すこーし距離を取るように下がる。

 一誠を中心に展開されている妙なラブコメ結界の波動に、巻き込まれて堪るかという防衛本能のなせる業であった。……妙なところで鋭いなこの人たち。

 そんな三人衆の元へは日輪が近づいていき、覗きに来たことを叱り、心配してくれたことには感謝の言葉を述べている。

 頃合いだなと、場の状況を見て取った一誠。初めから屋上にいた生徒たちに向けて、

「あーっと。君らも、休憩時間楽しんでいるとこ、変に騒いで邪魔して悪かったな」

 と、軽く頭を下げた。

 そして沈没していた状態からいくらか浮上してきた内海の肩を軽く叩いて、移動することを促しながら、

「鈴城さん、もう落としたりするなよ? で、内海、俺への用ってなんだ?」

 日輪に一言かけると内海を伴って屋上を去って行った。

 その場にいた一同を煙に巻いた、鮮やかな脱出行である。


 一誠は階段を下りつつ、まだ幾分か顔の紅い内海から養護教諭に呼び出されている件を聞きながら、脳内で管理人さんと連絡を取り合っていた。

 "一誠くん、詳しい事は放課後に。待ち合わせ場所は――"

 "了解だ。じゃ、また放課後に"

「……一応、中野なかのくんにも伝えてってお願いしておいたけど……」

「ん、わかった。毎度毎度連絡役ありがとな。今日会ったら、あんまり内海を私用で使うなって、生方うぶかたセンセに言っとく」 

「い、いいよ、そんなこと。別に嫌だって思っていないし……」

 そう答えながら内海は思う。嫌だなんてことはない、違うクラスなのに会う口実を作ってくれて、むしろありがたいくらいだと。

「そうか? 内海がいいって言うならそれもいいが……。でも、面倒になったらしっかり断れよ? あの人すぐ調子に乗るから」

「――うん、心しとくわ」

 内海のその言葉とともにふたりは三階に辿り着き、互いの教室へと別れる。

「内海、じゃ、また」

 片手をすっと挙げ、背を向けて三組の教室へ戻っていく一誠。

 その背中をじっと見つめたまま、小さく手を振り、呟く。

「うん、またね、安生くん……」

 開いていた手のひらをゆっくり閉じると、内海も背を向けるようにして自身の戻るべき場所、一組の教室へと帰ってゆく。


 内海龍子、一方通行の恋をする乙女のその背中はどこか淋しそうに見えた。

 


 ─────────────────────────────────────────────────────

 

『一誠くんに告げられたことの全貌。

 日輪のため、そして自分のために協力者になることを決める。

 実に面白い人物だね、彼は。

 再会を約束した放課後、一誠くんが出会うふたりの女性。

 ひとりは幼馴染、もうひとり、それは……ふむ、これはこれは。

 次回、「第八話 はるかに遠き、あの夏の日」

 それにしても一誠くん、お盛んだねぇ』

 (ナレーション・管理人さん)


  次回へ続く。

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