第四話 ボーイ・ミーツ・ガールズ

 県立百田ももた第一普通科高等学校。

 それが安生一誠あんじょういっせいの通う高校の名だ。

 街中に在るために校庭が少し狭いところを除けば、まずまず普通の学校である。

 校舎が二棟、それぞれ三階建てと四階建てで、体育館に武道場、近代的な屋内温水プールなんかも完備されていた。

 こんなに施設ばっか建てたからグラウンドが狭くなったんだろうと、もっぱらの噂だった。

 おかげで屋外スポーツ競技の部活は練習場所の取り合いとなり、圧倒的に練習時間と量が足りなくて、大会などではあまり良い結果を出せていない。

 その分インドアスポーツ系は結構強かったりするので、そこから生じるクラブ間の格差が密かな問題となっていたりもする。

 体育館や武道館はともかく屋内プールにいたっては敷設に至るまでの経緯があやふやで、当時の校長が水と戯れるスクール水着の女子高生を見たかったからだとか、建設を担当した業者との間に癒着があったとか良からぬ噂が幾つも流れ、プールの完成直後にどういう訳か校長が離島の学校へ急に転任したことから、その噂のどれかは正しかったのだと生徒たちには信じられている。

 ――まぁ、真実は闇の中ではあるけれども。

 ひと学年にクラスは四つ、クラスあたりの生徒数は三十人強と少子化の影響をまざまざと感じる。

 もっとも、そんなに大きくもない街に公立私立の高校が幾つもあるのだから、分散しちゃって一校あたりの生徒数が少なくなるなんて、少し頭を働かせれば小学生にだってわかりそうなことである。

 なんでもかんでも少子化のせいにすれば丸く収まるとか、そういう考え方は大概にしろ、それにクラス当たりの人数が少なければ教師もひとりひとりに目を配り易いから、学業にしろクラス内の人間関係の機微にしろ把握しやすくなって悪いことばかりじゃないだろうがと、ある筋からクレーム入れられても文句は言えない。


 登校するには早くも遅くもない時間に、多くの生徒に紛れて一誠は学び舎へと入っていく。二年生の教室のある三階へと上がり、自分の所属する教室へ。

 既に登校済みのクラスメートたちと軽く朝の挨拶を交わしながら自分の席へ着き、荷物をいったん降ろすとまた教室を出て行く。トイレだったりすることもあるので、その行動に特に目を向ける級友はいなかった。

 一誠が向かったのはひとつ上の階、一年のクラスが並ぶ四階だった。

 ……そう言えば小学校の時は学年が小さいと階も下だったりするけど、中学高校の多くは学年が大きい方が下の階だったりする。

 これはやはりあれか、「あ~たたちお若いんだから階段ちょっと多く登るくらい平気でしょ?」といったお局OLさんが新入の女子社員に対して行うハラスメントみたいなもの?

 若さは眩しくもあり妬ましくもあるのですね。南無南無。

 上の階に着くと昇降口近くにいた一年生たちから怪訝な視線を受ける、一部にはなぜか怯えるみたいな目をする生徒などもいたり。

 が、それらをあえて無視して今回の目的地である一年一組の教室へと進み、出入り口近くにいた下級生に声をかける。

「あー、訊きたいことがあるんだが――」

 声をかけられた生徒が妙に引きつった表情をしていたことはとりあえず保留しとく一誠だった。


 三時限目終了のチャイムが鳴り終わり、皆それぞれが思い思いの行動をとり始める、ここは一年四組。

 校庭側の窓際から二列目一番後ろの席で、ひとりの女生徒が沈んだ顔でうなだれて、本日何度目かの長く深いため息をつきながら、もたもたと次の授業の準備をしていた。

 そんな彼女の様子を不審に思い、級友たちがのそのそと集まってくる。

「どしたのよ、朝からずっとそんなんだし? なんかあった?」

 ウルフカットで前髪に軽いメッシュを入れ、制服を少し着崩しているワイルドな感じの少女が、タメ息少女の机に片手をつきながら声をかける。

「なになに、もしかしてお通じが来ないとか? それならいいお薬あるよ、分けたげよっか?」

 ちょっと覗き込むような感じで声を押さえてそんなことを言うのは、短めのお下げを左右にぶら下げている、まだ幼さの残る少女。

「あー、そんなんじゃないよ。昨日落し物したんだってさ」

 話しかけているふたりの後ろから、短髪でノッポのいかにもスポーツやっていますといった風な少女が、仕方ないなぁって感じに言ってくる。

「落し物?」

「何かなかな?」

 ワイルドさんはノッポさんに、お下げちゃんはタメ息さんに、それぞれ言葉を向ける。

「ほれ、あれよ、あれ。この子がいつも使ってたコンパクト」

 ノッポさんが困り顔をしてそう言うと、

「コンパクトって、あれだよな、変なシールの貼ってあった」

「あ、引っ越す時に前の学校のお友達がくれたって言ってたあれかな?」

 ワイルドさんとお下げちゃんが見事な説明セリフを放つ。どうもありがとう。

「そ、それのこと」

「ああぁーー、どうしよーキムくんとすなおちゃんに顔向け出来ないよーっ」

 頷き肯定しながら言ったノッポさんの言葉が引き金になったのか、タメ息さんがついに机に突っ伏し、嘆きの声を上げる。

 上げた名はそれをくれたという友達のものだろう。どっかで聞いたことがあると思ったあなた、該当作をお読み下さって真にありがとうございます。

 堰を切った様に自分を責める言葉を吐き出し始めたタメ息さん改めお嘆きさんを、あれやこれやと言葉を並べ身振り手振りを交えなだめすかせようとする友人たち。

 そんな女生徒たちの微笑ましい友情劇と平行してもうひとつ、男子生徒たちによる暑苦しいドラマが進行していた。

 

 チャイムの鳴り終わったあと、一年四組校庭側窓際最前列にいつの間にか男子たちが集まり、なぜか深刻な顔をして言葉を交わしだす。

「……聞いたか? 前の休憩時間には三組に来てたらしい」

「ホームルーム前は一組で、一現目の終わりには二組だろ? 確実に近づいて来ているな……」

「ああ、間違いない。次はうちだ……」

 その言葉に、ごくりと、誰かのつばを飲み込む音が響く。あるいは、そこに居る全員のものだったのかもしれない。

「……しかし、なぜ二年の安生先輩が一年のクラスを……」

「どうやら誰かを探しているらしいぞ」

「誰かって……誰さ?」

「……わからんが、安生先輩が関わるとなると恐らくは……」

 その言葉から彼らの脳内で、安生一誠に関する逸話・噂が次々と思い浮かび、口から溢れ始める。

「――安生先輩と言えば、中学入学早々に上級生の不良グループをまとめて〆たって逸話で名高い……」

「いや、それだけじゃない。その噂を聞きつけてケンカを吹っかけて来た他校の不良も返り討ちにしているそうな」

「その話には続きがあってだな、やられた不良のお礼参りに来た他校のグループも〆てしまったらしい……」

「なんでもそんなことが続いて、結局近隣中学の不良グループ全てが安生先輩の元でひとつになったとか。だが、騒がれるのを嫌った先輩は表には出ない様にして裏からグループをまとめてたとか何とか」

「いわゆる影番、ってやつだな……」

「あの目つき顔つき身体つきから只者じゃあないと思っていたが……。そんなに凄いお人だったのか、安生先輩ッ……!」

 などと男連中がひそひそとやってるつもりの会話は、抑えきれない熱い魂の迸りから声は大きくなりクラス中に筒抜け。おまけに教室の外にまで広がり今まさにここを訪れようとしていた安生一誠その人の耳にもしっかり入っていた。

 一年四組の教室前まで来ていた一誠は、漏れ聞こえてくる会話の中に自分の名を耳にする。

 嫌な予感が一瞬走るがそれは間を空けずに的中し、一誠の時間を止めた。ザ・ワールドッ、時は止まる!


「……入学早々不良グループを……」

 "――絡まれたのは事実だが、手は出していない。不良といっても格好だけで腕っ節の方はからっきしだったから、適当にかわしてたら向こうが勝手にへばって降参してきたんだよなー。それじゃ格好がつかなくなるからケンカして負けたんだって後から連中が言いふらして回ってたんだっけ"

「……他校の不良も……」「……お礼参りに来た……」

 "あー、確かに来た来た。でもそいつも不良ぶってただけで、ちょっと関節決めたら泣いて参ったしてきたんだよ。そんなことが続くと嫌だから、話しつけようと思ってそいつの学校行ったら、そもそもグループなんかなかったし……"

「……安生先輩の元でひとつに……」「……影番……」

 "グループっぽいものがあったのはうちの中学だけで、そいつらがどういう訳が近隣の頭目格みたいだったから、連中負かしたことになってる俺がそういう立場になったって噂が流れただけで影番とかの事実は無いッ!"

 心の中で突っ込みまくる一誠だが、それは誰にも届くことは無い。

 ……ねぇ一誠? ちゃんと言わなきゃ言葉にしなきゃ、相手には絶対伝わらないしわからないよ?

 こうした誤解を生んだのが自身の説明不足だという事に気がついていない、ある意味おめでたい被害者気質である。

 ラノベ界隈に多い難聴系や鈍感系の様にコミュニケーション時の無理解が不幸を招く、その典型的な例を身をもって証明する主人公、ある意味立派だぞ、君は。


 教室の出入り口を塞ぐ様に、野郎共の根拠ない噂話にどんよりとした雰囲気をまとわりつかせながら突っ立っていた一誠に、

「……それで、真実はいかようで、先輩?」

 と、その場の雰囲気にそぐわない涼しい声が投げかけられてきた。

 気難しげになっていた視線をついとそちらに向けると、その涼しげな声音によく合ったクールな佇まいを見せる女生徒の姿が。

「……メダカがクジラになってるよ」

 未だなにやら的外れな噂話をしている男連中へと鬱陶しそうな視線を戻してぼそりと呟く一誠。

 そんな一誠の答えがツボに入ったのか、可笑しそうに言葉を返す女生徒。

「それはそれは。ダーウィンもびっくりな超進化ですね」

「……ビッグ・バン・ビーム喰らったか、ケフレン博士に改造でもされたんだろうさ」

 つまらなさそうに返した一誠の、絶対に特定のマニアくらいにしかわかりようのない言葉に一瞬息を呑む女生徒。

 宝箱でも見つけた子供の様な顔をして一誠を見上げ、

「……今日が初対面ですけれど、私、先輩とは仲良くなれそうな気がします」

 と、これまた楽しげな声音で告げてくる。

 その言葉に少しばかり怪訝な面持ちになり、好奇心をあふれさせた目で見上げてくる女生徒へと視線を一瞬向けてから、

「……そいつはどうも」

 と連れなく言葉を返す一誠。

 そんな連れなさもツボにはまったのか、ハッキリと表情を崩して微笑みながら姿勢を正して、

「ご挨拶が遅れました。私、この一年四組でクラス委員を任されている中禅寺晃ちゅうぜんじあきらと申します。以後お見知りおきを、安生一誠先輩」

 軽いお辞儀をしつつ、語尾にハートマーク、もしくは音符を付けるかの様な可愛らしい言い方で自己紹介してくる。

「……あー、こちらこそよろしく?」

 中禅寺と聞いて、頭の中で日米の怪獣王同士が激突する娯楽映画の一場面と、そのシーンに流れた日本が世界に誇る名作曲家が作った重厚かつ弾むような戦闘音楽を思い浮かべる一誠。

 一回戦は日本の優勢勝ちだったよなぁとか思いつつ、軽い会釈しておざなりに返事をするのであった。

 自分の姓から一誠がそんな失礼とも言える回想をしているとも知らず、中禅寺が話しかける。

「それで先輩、どんな御用でここに?」

 男連中の、悪気は無いが悪意に満ちてしまった噂話に暗黒面に落ちようとしていた一誠だったが、この言葉でここに訪れた本来の目的を思い出す。

 心の中で――だからぁ、そういうことは声にださなきゃダメでしょうに、この男はホントにもう――中禅寺に礼を言いながら、言葉を続ける一誠。

「人を探しているんだが、身長は……」自分の胸くらいの高さの中禅寺を見て「君より少し低いくらい。で体積はたぶん二割? くらい増し。腰の強そうな赤みの茶髪で胸や尻に栄養が行過ぎてて、あと何にもないところでつまづいたりしそうな女生徒なんだが……」

 一誠が告げる横から聞いてたら確実にセクハラな特徴の数々を、頭の中で羅列しながらクラスの中で該当する者を探す中禅寺。

 口の端を軽く上げる様に笑みを浮かべると、

「お挙げになった条件に八割以上の確率で適合する者が居ます……」

 そう言いながら、体を一誠から振り向く様に教室の校庭側後ろの方へと向け、大きくはないが強く指向性のある発声で呼びかける。

鈴城日輪すずしろひのわさん、こちらにっ!」

 突然の指名。しかし机に突っ伏して嘆きの声を上げていた鈴城日輪は反応出来なかった。

 が、中禅寺の声に混じる圧力に押されたノッポさんが気づき、鈴城日輪に慌ててそれを知らせる。

「日輪、日輪っ、いいんちょが呼んでる。嘆くの止めて起き上がれっ」

 ワイルドさんとお下げちゃんも手伝って、無理矢理の様に席を立たせる。

 くしゃくしゃの顔をしたまま、おずおずと中禅寺の居るところ、教室前側の出入り口へとやってくる鈴城日輪。

「……中禅寺さ~ん、なんですかー?」

 まだ気持ちを立て直せていないのか、ぐずったままの様子で訊ねる日輪に、

「私ではないわ。こちらの先輩があなたに御用だそうよ」

 そう言って、一歩下がりながら体を向ける仕草で日輪の視線を誘導する。

 誘われるまま顔を向けると、眉間にしわを寄せて睨む様な顔つきをして見下ろす一誠の姿があった。

「――ひぃっ」

 小さく声にならないような悲鳴を上げ、一誠を見上げる日輪。

 その強面ぶりにぐずっていた日輪の表情も一転、何かに怯える様な顔つきになりその場で固まる。腰を抜かさずにいたのは立派だと言えよう。

 中禅寺の掛け声に何事かと噂話を中断し、そちらを見た男子一同に電流が走る。今の今まで話をしていた噂の主、元・影番安生一誠がその場に立っていたからだ。

 それも、とてつもなく不機嫌そうな顔をして。


 ある男子生徒は後日、こう語った。

「ええ、あの時は終わったって思いましたね。え、なにが? って、そりゃ自分の人生ですよ。絶対に殺される、そうじゃなくても五体満足じゃいられないだろうなって覚悟してましたよ。だって、安生先輩が、ものすごい目でこっちを見てましたからね。人を殺せる視線て言うのをはじめて見ましたよ。ホント、生きた心地しませんでしたね。でも、心の片隅にはなんかドキドキしたところがあって。あぁ、これがモノホンの安生先輩かぁ~って、しびれてましたね(苦笑)」

 尚、プライベート保護のため音声を変えてお送りしております。


 ゴゴゴゴゴと、おどろおどろしい書き文字を背中に背負っていそうな雰囲気の一誠に、息を呑んだまま成り行きを見送っていた男連中だったが、クラスの女生徒・鈴城日輪が彼の元へふらふらと進む姿を見て、またそぞろざわめきだした。

「なに……鈴城を呼び出しただと……?」

「鈴城といえば、幾分ふくよか過ぎるがクラスでもトップクラスの胸囲の持ち主……」

「胸だけじゃない、鈴城は尻もたいしたものだ。脚もなかなか良い」

「なんにしてもそんな鈴城を指名するとは、流石は女にも強いと噂の安生先輩」

「――聞いたことがある。夜の帳の下り掛けた商店街を、キリリとしたOL風の美女と肩を並べて歩いていたとか」

「いや俺が耳にしたところだと、あだっぽい色気を漂わせた美女が先輩にしな垂れかかったまま、ふたりして宵闇に消えて行ったらしい」

「俺が聞いたのは、まだあどけなさの残る美少女が居心地良さそうにもたれかかる様に一緒に歩いていたとか」

「え、俺の知っているのは人妻っぽい熟女と何かもめていた場面が目撃されているとかだが……」

「我が校一の才女と言われる二年の内海うつみ女史や、ミス百一ももいち・三年の四条河原しじょうがわら先輩、この春赴任してきた養護教諭の生方うぶかた先生ともなにやら好い関係とも……」

「流石は "天下御免のスケこまし" こと百田第一最高の色事師・十日市とおかいち先輩が一目おいていると言われてるだけあるぜ」

「人妻熟女から美少女まで網羅するとは、全盛期のイチローも真っ青な守備範囲。くう~、すげえぜ先輩っ。そこに痺れるっ、憧れるぅッ!」

 最後に声優の松岡〇丞さんみたいな声が聞こえたのは気のせいか。

 男子生徒たちの暴走妄想談義はもちろん一誠たちにも聞こえており、中禅寺は悪戯っぽい笑みを浮かべ、鈴城日輪は顔色を青くしたり赤くしたりして、一誠はよりいっそう黒く深く沈んだ気持ちになっていた。

 それでも深いため息をひとつして気を取り直し、自分と中禅寺へと視線を動かしながら不安気にしている鈴城日輪に、出来るだけ落ち着いた優しげな声音で話しかける一誠。

「すずしろひのわ さん、だったか? すまないが少し後ろを向いてくれないか?」

 そう言われた鈴城日輪、そして中禅寺もかけられた言葉に訝しげな顔をする。

「実のところ後姿しか見ていなくてな。それで確認したいんだが……」

 申し訳なさそうに言う一誠に、振り向く理由がわかったことで、おずおずと背を向ける日輪。

 夕べの状況をなるだけ再現しようと、少し下がり腰を落としてその姿を確かめようとする一誠。あの時自分が見た角度に合わせようとする。

 そんな光景を目にして、男連中に再び電流が走る。

「あ、あの仕草はーッ」

「知っているのかっ、ラ〇デン?」

 どこぞの男だらけの塾生の様なやり取りから、またも男たちのハートに火がつくぜ、燃え上がるぜ。

 百円ライター真っ青の手軽さ。お前ら一式陸攻か?

「あれはまさしく本宮ひ○志大先生の傑作少年漫画『硬派銀〇郎』におけるライバルキャラ・伊達の初登場回において、伊達がヒロイン高子の背後にしゃがみ込み "いい尻だ、元気な子を産むだろう" "脚も太い、風邪もひかんだろう" とやった、名シーンの再現!」

 二十一世紀の高校生のクセに、よく知ってんなそんな昭和の古い少年漫画を。

「なっ、なにいッ?」

「ということは……」

「うむ、安生先輩は鈴城を見初めたに違いあるまい」

「し、しかし、既に先輩には関係を重ねた女性たちが……」

「甘い、甘いぞっ。これまで何人の女が居たことか? 今更ひとりふたり増えようと、それは男の甲斐性!」

「すげぇ……これぞ、つわもの、色を好むってやつの体現かっ」

「ヒューッ、さすが先輩ッ。あやかりたいぜ!」

 勿論この無駄に熱い馬鹿げたやり取りはその場に筒抜けである。

 日輪は怯えたように体を返し涙目で何かを訴えかけ、中禅寺はと言えば顔を背けて必死で笑いを堪え、一誠は両膝に手をついた中腰の姿勢で諦めたような長いため息をつく。

 そんなにため息ばっかりつくなよ、幸せが逃げてくぞ?

 何か吹っ切るみたいに身体を起こした一誠は、まだほほを震わせている中禅寺に目配せして側に呼び寄せると、

「……お友達になった記念ってことで、ひとつ頼まれてもらえるかな?」

 小声で願う。それに柔らかく笑顔で頷いて応える中禅寺。

「構いません。それで、私は何をすればよろしいので?」

「クラス委員権限とか適当な理由つけて、連中に注意しといてもらえるかな? 方法は一任する」

 〆るとか、しばくとか言わないのはせめてもの思いやりか?

 一誠のその言葉に破顔しながら、

「承りました。有らぬ噂に流されたことを存分に後悔させてあげますわ」

 返す中禅寺。実に生き生きとしている。

 こいつ絶対ドSだろうと思うあなた、古来よりクール系キャラはSか隠れヘタレと相場が決まっているものですよ。

 そんな中禅寺へ頼もし気に目をやり、返す刀で日輪に向き直るとポケットから例のコンパクトを取り出し、

「これは、君の持ち物かな?」

 と、あのシールが良く見えるようにして日輪に差し出した。

 見た瞬間どこか怯えていた日輪の表情が変わり、これ以上の嬉しいことはないと言うような顔をしてコンパクトを手に取り、

「は、はいっ! 私のです。昨日落としちゃって、友達に貰った大切なもので、探したんだけど見つからなくて、それで、それでっ」

 胸元に抱きかかえながら、また涙目になってまくし立て始める。今度の涙は勿論嬉し涙であるが。

 その姿を一誠も傍らにいる中禅寺も柔らかい眼差しで見ている。教室の中から見守っていた日輪の友人たちも、安堵の表情でそのやり取りを見届けていた。

 失ってしまったと思っていた大切な品を、再び手にした喜びから日常へと意識の戻ってきた日輪はあることに思い至り、それをおずおずと一誠に問う。

「あ、あの先輩、これをどこで……?」

 それを聞いて、少し緩んだ気分を締め直して答える一誠。

「――夕べ、事故のあった表通り裏の路地で」

 抑揚を廃した一誠の言葉に日輪が身を硬くする。

 先ほどまでのほんのりした場の空気を、微妙な緊張を含んだものへと変え見詰め合う一誠と日輪。

 場の雰囲気の変化に反応し、怪訝な表情を浮かべる中禅寺。

「――」

 互いが何か言おうとしたその時、次の授業が近いことを知らせる予鈴が鳴り響いた。

「あっ……」

 不安を湛えた視線を向ける日輪。

 このまま別れてはいけないことは理解しているが、具体的にどう動けばいいのかがわからない。

 そんな日輪に顔を寄せ、耳元で一誠がしっかりした口調で伝える。

「昼休み、一時頃、屋上で。いいかな?」

 ぎゅっと唇を噛み締めて力強く頷く日輪。

 それに微かな笑みで応え、いまだ傍らに立つ中禅寺に、

「じゃ、アレ頼んだ」

 男子連中へと一瞬据えた視線を向け、一言入れたのち踵を返し場を離れていく一誠。

「お任せ下さい、先輩」

 冷めた凄みを含んだ笑みで、去り行く背中に一礼とともに言葉を返した中禅寺。

 日輪に向き直ると、

「鈴城さん、あなたも席に戻って次の授業の準備を。さ、早く」

 クラス委員としての立場からのものを言う。

 その言葉に促される様に、ふらふらと自分の席に帰る日輪。


 胸にコンパクトを抱きかかえ、様々にうごめく自身の感情に惑いながら、昼休みを、安生一誠にまた会うことを強く意識する。そんな鈴城日輪だった。

  

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『安生先輩の噂話でたぎる男子一同(笑)』(ノッポさん)

『誤解から生まれ育ったそれに激しく憤る先輩(笑)』(ワイルドさん)

『そんな中、ひーちゃんが呼びだされて、もう大変かなかな?』(お下げさん)

『様々な思いを抱えて、迎えるお昼時』(中禅寺)

『次回、「第五話 ランチタイム 二景」』(三人衆と中禅寺)

『あたしたちの名前は次で出まーす』(ノッポさん)

『あと安生先輩の友達も。って、友達いたんだ?』(ワイルドさん)

『いろんな意味で乞うご期待なのだなだな』(お下げさん)

『私の見せる意外な一面もお見逃しなく』(中禅寺)


 次回へ続く。

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