⑨
ゆるやかな変化は、活性化を確認して3日後に起きた。
といっても、森やマナ・クォーツに異常はない。
変化があったのは、何を隠そうアミリーだ。ブジが来てから、彼女の性格が一変してしまった。
「井戸の場所が知りたい?さあ、他の人に聞いてくださいませ」
「ジョイナは私とお昼ご飯を食べるんですの!人の婚約者の隣で図々しくお昼ご飯なんか食べないでください」
「今何時だと思ってるんですか!こんな時間までベルンの森をうろつくなんて、正気じゃありません!」
ナ・ブジがトラン村に留まってからというもの、アミリーは何かとブジに当たりが強い。
アミリーが余所者に対して、こんなに厳しい態度をとる姿なんて見たことがなかっただけに、私はちょっと度肝を抜かれた思いだった。
いつもは優しくて、にこにこ笑っていて、見ず知らずの旅人にも丁寧にもてなすアミリーが、ブジにだけは口を利かない。
質問に答えなかったり、昼ご飯にブジを誘うと露骨に嫌がったり、あまつさえ森の調査に行くとなると目くじらを立てて怒った。
「ブジって人、なんかイヤ!あんな怪しさ満点の人とどうして付き合うのよ!」
「だって、ベルンの森を案内しないとだし」
「ほかの狩人がやればいいじゃない、そんなの!どうしてジョイナがいつも一緒なのよ!変よ!」
「そ、そうかなあ。でもブジは私を一番信頼してくれてるし……」
「そんな呑気なこと言って!あの人が実は敵国の密偵とか、盗賊団の仲間とかだったらどうするの?」
実は異世界人です、だなんて、とてもじゃないが言えない。とはいえ、アミリーの心配も分からんでもない。
ブジの言っていた通り、隣国ホーロンは未だ敵意を向けているし、トラン村は国境にあるものの防衛力はかなり低い。
ムドランとホーロンは、戦争と休戦を何度も繰り返している。今でこそ国境線で睨み合うだけだが、いつホーロンの兵隊が攻めてきてもおかしくはない。
今でこそ、不思議とトラン村は安全地帯となっているが、いつ標的になるとも分からないのが現状だ。
「噂だけどね、3つ隣の村がホーロンの私兵隊に略奪されたって。それに兵隊崩れの山賊が国境をうろうろしてるし、ムドランの警備隊は国境まで来てくれるとは限らないのよ。私たちが自分の手で村を守らなきゃ。ああいう怪しそうな奴は絶対追い出さないと!」
「……そんなに危ない奴に見える?私だって余所者だよ」
「あら!ジョイナはそんな悪い奴じゃないわよ。私が保証するわ」
──なんだか釈然としない。
シュヴルの話が本当なら、ブジがこんなに嫌われるのはおかしい。
ファンタジアの生き物は本能的に人間に心惹かれるはずだ。なのにアミリーは、ブジに対して敵意丸出し。まるで逆の感情をぶつけている。
「そりゃあお前、嫉妬だろ」
「嫉妬ぉ?」
夕食時、素直にシュヴルに相談すると、予想の埒外極まる答えが来た。
嫉妬。あの素直で優しくて笑顔が似合うアミリーが、嫉妬?
……ぴんとこない。同じく夕食を共にしていたブジは、根菜の叩き煮を頬張りながら、生暖かい目で私を見つめていた。
「あの耳飾りが原因じゃないか。多分」
「イヤケースのこと?でもあれは必要だから渡しただけじゃない」
「トラン村では婚姻の証に耳飾りを贈るそうじゃないか。大好きな子が見ず知らずの男そんなものを贈っていたら、いやでも意識するんじゃないのかい」
「……よく知ってるね、その話」
「情報収集は基本さ。文化からその住民の人となりを知ることもできる。ここで暫く滞在する以上、トランの民については知っておくべきだと思ってな」
「そっか」
「ま、受け売りなんだがな。この歳になっても、学ぶことは多い」
そうは言いつつも、ブジはブジで住民たちとはどこか一線を引いているようだった。
あまり深入りしすぎないように、対話にしても交流にしても、私を挟むようにしていた。
警戒もしているのだろうけれど……なんとなしに、ブジは彼らのことを好きになりたくない、そんな風にも見えた。
──やっぱり、敵国の密偵だから?私が信用しすぎなんだろうか。
悩む私に、シュヴルは半ば面白がるように目を細めた。
「アミリーが斯様にも張り合いたがるとはの。良いことじゃないか。アミリーはどうにも良い子過ぎるきらいがあるからの」
「私としては、仲良くしてほしいんだけどなァ」
「仲が悪い奴が一人くらいおってもいいじゃろが。お前にもいずれ、そういう奴が出来るわい」
「……ブジにもそういう人、いる?」
「まあ、それなりに生きていればね。いるよりは、いた、かな。ここ暫く、好きな人も嫌いな人も作らない生活をしていたから」
そんな会話を繰り広げた、更に2日後。
星朝は相変わらず煌々と星のきらめきで、ムドランの地を照らす。
この日は珍しく、朝早くからブジが姿を消していた。シュヴルに尋ねると、「散歩といって外に出ていきよったよ」と軽く返すのみ。
村からベルンの森までそう離れてはいないけど、一人にさせるのは不安だ。
それこそ、ブジが一人で辺りをうろついてるなんて知ったら、アミリーがいちゃもんつけて喧嘩になってしまうかもしれない。
少し不安を覚え、私は朝ごはんもそこそこに、ブジを探すことにした。
信用を損ねないような行動はしないと信じているけど、彼には異世界人というどでかい爆弾もある。
何らかの拍子にバレてしまってはコトだ。
──なんて考えていた矢先。
ベルンの森の近くまで探索に行くと、思わぬ形でブジを見つけた。星朝期間だというのに、アミリーと共にいたのだ。
狩人でもないのに、なぜ彼女は村の掟を破ってまで外にいるんだ?
嫌な予感がして、二人に気づかれぬよう、そっと近寄る。アミリーの表情は硬く、思い詰めているようだった。
暫く彼らはベルンの森まで歩くと、足を止めた。私は息を殺し、二人の動向を見守る。
「それで。ここまで呼び出した理由は……ジョイナの話か?」
「単刀直入に言うわね」 ベゼルはブジを睨むように見上げる。
「私、貴方のその耳の下のこと、知ってるのよ」
ブジも私も、息を飲み顔が強張る。秘密がバレた。
彼女は、何らかの形でブジが異世界人であることを知ってしまったのだ。でもいつ?──まさか、あの裏口が開いていた時?
鬼の首を取ったような顔で、アミリーは更に続ける。
「怪しいと思ってたの。ジョイナが見ず知らずの人にあんなに親切にするなんて、なんだか妙だなって。
貴方は知らないでしょうけどね、最初ジョイナは言葉を忘れてしまうほど、誰とも口がきけなくて、誰にも心を開いてくれなかったのよ。私でさえ、話が出来るまで半年かかったくらいなのに。でも貴方が薬術師って聞いて、すぐぴんときたわ。貴方──」
それは単に言葉が分からなくて、言葉を覚えるのに必死だっただけなんですけど。
とはとても突っ込みにいけない空気だ。
アミリーは一思いに語ると、びしっと指をさした。止めの言葉を、ぶつけるために。
「ジョイナに薬か術かで催眠をかけてるわね!?」
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