朝、目が覚めると、群青色に満天の星空が広がっていた。

今の時期は、トラン村に太陽が昇ることはあまりない。代わりに星や月が太陽のように眩いので、寒い時期は寧ろ起床時間が早くなる。

ブジは客間で滾々と眠っていたようで、私が朝食を作り終える頃に顔をだし、不機嫌そうな顔で窓から星空を見上げた。


「今何時だ?」

「まだ鶏の刻(朝7時くらい)よ。星朝せいちょうを見るのは初めて?」

「ああ。これで朝なんだとしたら時間間隔狂いそうだな」

「アハハ、夜の国ホーロンじゃこれが毎日らしいよ」

「時間感覚が狂いそうだな」

「ま、星朝はそんなに暗くないし、たった一週間で終わるからさ」


ムドランでは、年に一度、「星朝期」という季節がやってくる。

太陽はなく、星や月が日差しの代わりとなって空を照らす。夜とは違って、空は星と月が見えても、昼間のように明るいことが特徴だ。

この星朝期の間は、星の並びもバラバラで、月は西から北にのぼり、そして東を通って南へ回り、西に沈む。

たった一週間の間の出来事だけれど、この期間は特に魔獣たちは活発になるし、外は危険だ。

だから殆ど住民は絶対に家から出ることはなく、全ての仕事はお休み。

腕に覚えのある狩人トラ・オドたちだけが外に出て、猟に精を出し、森を見回り、異常がないかを確かめる。


「ジョイナは夜の国を見た事があるか?」

「ううん。トラン村から出たことは一度もないの。シュヴルが買ってくれた本で読んで、知識は知ってる程度」

「そうか。夜の国は、この星朝よりとても暗い。住民の大半は光を嫌い、暗闇で生きる種族ばかりだ。この星朝ですら、眩しくて目が潰れるだろうな」

「へえ~。ナ・ブジは夜の国に行ったことがあるの?」

「……まあな。それより、親父さんはお前さんが外に出る許可はくれたのか?」

「うん、一応ね。本当なら家に居なきゃいけないけど、今回だけは特別だよ」


本来なら、狩人トラ・オドになれるのは20歳以上のオードだけ。

でも今回は私も特例で、狩人トラ・オドの一人として外で活動してもいいとシュヴルは許しをくれた。

ナ・ブジの事があるからだろう。ベルンの森を余所者一人で歩かせるわけにはいかないし、とはいえ村人たちと同行させたら、いつぼろが出るか分からない。

とあらば、村長の子であり狩人トラ・オドである私が同行するが道理というわけだ。


幸い、私は狩人としての腕前ならいっぱしとのお墨付きをもらっている。

それに昨日の腕を見る限り、ブジは自衛出来るだろう。むしろ守ってもらう側かもしれない。

私はロッシャチを繰り、ブジは私の背に乗った。ロッシャチはブジの匂いを嫌がっていたけど、チックの葉で宥めてどうにか乗せてやれた。

「無理しなくてもいいのに」とブジは少し申し訳なさそうだった。


「それにしても、よく俺を信用して森に入れる気になったな。村長も、お前も。仮にも俺は余所者だろうに」

「だって、嘘ついてるわけじゃなさそうだし」

「俺が嘘つきの極悪人かもしれないのにか」

「極悪人なら、私と最初に会ったときに頭ぶちぬいてるでしょ。……あっでも、最初にぶち抜かれかけたっけ」

「その説は……謝罪する。背後をとられると反射的に攻撃する癖があってな」

「うわ、ブッソー!でも貴方みたいな人の背後を取れるってことは、私も狩人として成長したってことよね。誉め言葉として受け取ってあげる」

「……気遣いに感謝する」

「それにね、シュヴルの人を見る目は確かだよ。シュヴルが許したなら、貴方は悪人じゃないさ。たとえ過去に悪どいことをしていたとしてもね」

「……お人好しすぎやしないか」

「それに私、ブジのこと結構好きよ。不愛想でデリカシーないのはどうかと思うけど」

「随分な言いようだな」

「でも貴方、最初に私と会ったとき、私のことじろじろ見てたじゃない。あれって、私が奴隷扱いされてるかどうかって心配してたんでしょ。なんかね、視線がパパに似てたの」


ブジが黙り込む。

私が悪い人じゃないと思った理由が、その目だ。

不意に昔のことが思い起こされる。私の記憶には、初等学校プライマリーに上がるまでは父親が隣にいた。

顔も殆ど思い出せないけれど、思い出だけはたくさんある。


「子供だったとき、私片親っていじめられっこでさ。よく生傷つくってたから、パパがいっつも心配しててくれてね。貴方の目、私を心配してくれてた時のパパに似てるんだ。私が5つの時に死んじゃったけど、優しい目だった」

「……そうか」


ブジは相槌だけ打って、やっぱり黙り込んだ。出会って日もない人にするような話じゃなかったかな。

でも、彼は異世界人だ。私と元の世界かこを共有できる人だ。

だからこそ、聞いてほしかったのかもしれない。信じたいと思ったのかもしれない。

背後にいるブジの顔は見られないけど、気を悪くしていないといいな。


「そういえばさ、あのジープ。ガソリンで動かしてるんでしょ。この世界にガソリンなんてないはずなのに、どうやって調達してるの?」

「ああ、そのことか。車に積んでいるのは、ガソリンによく似た液体だ。ある国の鉱山で出る廃液が、ガソリンの性質とよく似ているんでな。燃料代わりに使っているんだ。燃やすとよく走るし、毒の煙にもならない。ガソリンより環境には優しいよ、まあかなり臭うがな」

「へえ~!じゃあその廃液を使って車をどんどん乗り回せば、交通に便利なんじゃないの?」

「ああ、実際に車を交通機関として使っている国もある。ごく僅かだがな。だが感覚的な問題なのか、どうも車を正しく操舵できるのは異世界人だけらしい。だからファンタジアの住民たちには宝の持ち腐れだろうな」

「なぁんだ、もったいない」


そんな会話をだらだら続けていると、やがてベルンの森の深部──緑水晶マナ・クォーツの多い区域に足を踏み入れた。

いつもは静かで、黒々とした森の中。緑水晶は原則、掌の大きさまでしか持ち帰ってはいけないという決まりがある。

大抵は水晶を削って、爪に塗る塗料マニキュアの原料にしたり、耳飾りにして贈ったりと、用途は様々。見慣れた鉱石だ。

なのに、いつもと違って、緑水晶は星のように自らを輝かせている。

黒い森を鮮やかな緑に彩る景色は、幻想的だけど、少し異様な雰囲気にも思えた。


「昨日は、こんなに光ってなかったのに……まるで生き物みたい」

「やはり活性状態が進んでいるな。このぶんだと血化オーバー・ブラッドも早いやもしれん」

「血化……ってなに?」

「昨日の話、聞いてなかったのか」


呆れたような視線を受けて言葉が詰まる。

昨日の開いてた裏口の話をするか躊躇っていると、ブジが血化について語りだした。


血化オーバー・ブラッドは、マナ・クォーツが攻撃的な特性を発露する際に起こる現象だ」

「攻撃的?マナ・クォーツが私たちを攻撃するの?」

「厳密には、その土地を攻撃しようとする者を迎撃する。それこそ魔獣をけしかけさせたり、植物たちが意思を以て攻撃したり、地割れや噴火などの災害が起きたり……まあ色々だ」

「ふむふむ。活性化の時は防衛反応、血化の時は迎撃反応、ね」

「問題は、その血化する際には、周囲の生命力を極端に吸いあげてしまうことだ。

活性化で生物や土壌を急成長させ、エネルギーを蓄積する。

そして血化によってそのエネルギーを一気に吸い上げ、敵を迎撃するわけだ」

「なるほど……マナ・クォーツって結構すごい存在なんだね」

「しかし、エネルギーを奪われた土地や生物は?」

「……あっ。もしかして、エネルギーを沢山とられて死んじゃう?」

「そういうことだ。出来れば、マナ・クォーツが血化することは極力阻止したい。

マナ・クォーツの血化は、すなわちその土地周辺の生命体と土壌の死を意味するからな」

「止められるの?」

「マナ・クォーツが何に対して防衛しようとしているか。

その原因を突き止めて阻止すれば、マナ・クォーツも不活性化状態に戻るだろう」


──……とはいえ。現状、森に異常は起きていない。

強いていうなら、若い雄のベルーガがこの森をねぐらにしたことくらいだ。

常に森の中に張っている結界や狩猟用の罠にも、これといった異常はなく。

私たちは森の中をぐるりと軽く数周し、この日は村へと戻っていった。


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