ソース漬けにした鶏肉は、味がしみこむまで暫く放置だ。

シュヴルは渋い声で、ブジに問いかける。


「……ナ・ブジといったな、あのマナ・クォーツをどうするおつもりか」

「あのマナ・クォーツは活性状態にあるが、まだ血化はしていない。であらば俺が手出しすることはない。情報が欲しいだけだ」

「……植えた主はこの村の最初の村長トランだ。五百年前にこの村を訪れ、ポリマン人をまとめ上げた。以来、ムドランに村が吸収された後も、細々とこの村は発展し続けてきた。トランの名と緑水晶のおかげでな」

「そうか」 ブジは納得がいったように呟いた。

「村長、だからあんたはジョイナを保護したんだな」

「えっ、なにそれどういう意味!?」

「うおっ耳元で叫ぶでないわ!まったく、盗み聞きは感心せんぞ」

「えへ」


聞き捨てならない言葉を聞いて、思わず私は駆け寄ってしまった。

シュヴルが私を人間と知ったうえで保護した理由。それは絶対知りたい。

何せ、人間は売ればこの村が十年は楽して暮らせる金を国から貰えると私は聞いている。

なのにシュヴルは村の誰にも話さず、私を3年もずっとポリマン人と偽ってきたのだ。ブジはシュヴルの視線など気にせず、私に告げた。


「最初の村長……トランは人間だ。遥か昔、このファンタジアに現れたとされている一人だな」

「えっ!?」

「トランは500年前、ファンタジアの危機を救った英雄の名だ。文献にもその名は残されている。といっても、危機を救った後の足取りは不明だったが……。村を作ったのが人間なら、村長はその子孫、といったところか?」

「……左様」


私は今度こそ、ミブゴラみたいな大声を張り上げた。つまり、超絶汚くて甲高い声を上げたという意味だ。

人間はここ数十年の間に現れるようになった種族のはず。でも村が出来たのは、もう五百年も前のこと。

しかもシュヴルが、人間の子孫。でも外見はどう見てもポリマン人だ。私の疑問を見透かしたように、シュヴルは言う。


「人間はの、ジョイナ。このファンタジアの世界すべての人々と交わることが出来る、稀有な種族じゃ。

性別は「男」と「女」というものに固定されておるようじゃが、どの種族よりも子を成す能力が高く、また生命力と戦闘力が純血種に比べて格段に高い。

ファンタジアで人間が狩られるのは、ただ稀有なだけではない。その血、その遺伝子にこそ価値があるんじゃ。

今のリーバ大陸にすむ、ポリマン人の3割ほどに人間の血が流れておるといってもよいじゃろて」

「じゃあ、7000万人くらいのポリマン人は人間の混血児?」

「そうじゃ。皆がの、ジョイナを好くのも無理はない。「血」じゃよ。若い者は特に感じておるんじゃろうな。本能的に、ジョイナの「人間」の遺伝子を求めておるんだわ」

「……ウ、ワァ」


思わず変な声が出た。

スケールが大きすぎて、ちょっと飲み込みきれない。ブジに縋る視線を送ってしまうほどに、私の頭はややパニックだ。

もう一度シュヴルの顔を見やる。顔立ちは私と全く違うけど、人間の血筋と聞くと、なぜだか懐かしさを探してしまう。ふと、ここで当然の疑問が浮かんだ。


「ちょっと待って、なんで私にそれを教えてくれなかったの?」

「先も言った通りだ。人間はその血筋にこそ価値と秘密がある。お前さんが他の連中に「うっかり」漏らしてみろ。三日後にはこの村が囲まれるわい」

「……」


ぐうの音もでない。


「じゃあ、ずっと私を村においてくれた理由も……」

「祖先の血に誓って、お前さんを見捨てるわけにはいかなんだ。「異世界」とやらがどこかにあるかなど知らん。どんな場所かも分からん。だがトランと同じ種族であらば、儂の「家族かたはら」。ここは真に、お前の帰るべき里であってほしいよ」


シュヴルは穏やかに笑った。

その笑顔を見ていたら、こみあげるものがあって、顔じゅうに熱が集まって溢れだしそうだった。

私が目とか鼻から色んなものが染み出るのを堪えている横で、ブジが口を挟んだ。


「マナ・クォーツは別名「大地の命脈」。

その名の通り、土に栄養を、動物たちに生命力を与えるエネルギー源だ。

普段は沈静化しているが、時折強く活性化することがある。それについて、何か心当たりは?」

「心当たり?」 私は目と鼻から様々なものを出して、ぬぐい終えた後で問い返す。

「ああ。例えば、やけに家畜の元気がいいとか、畑で過剰に野菜が育つとか」


そういえば。ふとアミリーの思い返す。

──ジョイナが来て3年、大吹雪が村を襲わなくなったし、作物はよく実るようになった。

──プルが病におかされず子供を沢山産んで、トランの周りの森で猛獣も殆ど出なくなったから、狩りで死ぬ村人も殆どいない。

──これまでのトランで無かった「奇跡」がたくさん起きてるわ。


「あるにはある……かも?でもそれって良いことじゃないの?」

「いや、そうとも限らない」 


ブジは硬い表情で首を横に振る。

シュヴルも重く受け止めていなかったようで、ブジの言葉に対して眉間に皺を寄せた。


「マナ・クォーツが活性化するときは、土地を守ろうとする防衛反応だ。

つまるところ、これから起こる「悪いこと」から大地と生命を守ろうとする傾向にある。ここ数年の間、リーバ大陸の各地でマナ・クォーツの活性化が報告されているんだ。特に、戦場と化した土地でな」


その言葉と同時に、がしゃん!と物音がした。

音の先は台所だ。気になって向かうと、台所のすぐ脇にある裏口が、わずかに開いていた。さっきまで閉まっていたはずだ。

周囲を見回したけれど、風にあおられて小瓶が落ちただけのことだった。

……今の会話、聞かれていないよね?

一抹の不安がよぎった。台所から二人のいる居間までは距離があるけれど、聞こえない距離じゃない。

私の不安をよそに、二人はマナ・クォーツについてあれこれ話をしていた。

けれど、さっき開いていた裏口の事に気を取られて、私は殆どその会話を聞いていなかった。

丸焼きをオーブンで焼くことなど、すっかり頭から抜けていた。


「──そういうわけで、明日また、マナ・クォーツを調査するつもりだ。村長、事後承諾になるが、ベルンの森をもう一度調査させてもらっても?」

「ああ、構わない。事が事だ。それにジョイナが信用して連れてきたなら、お前さんは悪人ではあるまいよ」

「……協力に感謝する」

「さあ、そろそろ夕食にしようかの。ジョイナ、夕食はもう出来たか?」

「あっ。……ブジ、貴方ってプラスチックは好き?作り置きがあるんだけど」

「出来れば遠慮したいな。俺はポリマン人の歯と顎は持ち合わせてない」


それから三十分後、ようやく晩御飯にありつき(ブジは丸焼きを2つも平らげた。結構大食漢だ)、私はシュヴルからちょっとだけお小言を受けて、眠りについた。

ブジは我が家で一泊した後、翌朝再び、私と共にベルンの森へ向かうことになった。


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