村に戻ると、村の入口でベゼルが私を待っていた。

中々戻ってこない私を心配して、トタンガで今にも村から飛び出す勢いだった。

私を見るなり、アミリーはトタンガから飛び降りて、私にしがみついてきた。


「よかったッ!お帰りジョイナ、心配したのよ!どこまで行ってたのよう!」

「た、ただいま。ごめん、ちょっと東へひとっ走り……」

「ちょっと、ベルンの森に行ったんじゃないでしょうね!?」


興奮で息巻いていたベゼルだけど、私の背後にいるブジに気づいて、すっと後ずさる。村の人間じゃないとすぐに気づいたからだろう。

さっと刺々しい表情に変わって、ブジを睨みつけた。


「この方はどなた?隣の村の人でもないわよね」

「あー。ナ・ブジっていうの。悪い人じゃないから安心して」

「……そう。でもこの人、トタンガを連れてないわ。ナイフも弓もないのにどうやってこの辺りの森を抜けてきたの?」

「薬術師だ。魔術を少しばかり齧ってる」 私の後ろでブジがさらりと答えた。


薬術師とは、私たちの世界でいうところの医者だ。

薬草を煎じたり、魔術で傷を癒したり、やることは医者と薬剤師の複合型だ。

私たちの知る医者と違って、薬術師は各地を旅することが殆どだ。だから一人で旅をする、流れの薬術師も珍しくない。

けれど、こんな辺境の地に薬術師が来ることは殆どない。それを訝しんでか、アミリーはじとーっと疑わしげにブジの耳を見やった。


「……その耳ケース」 

「ああ、ジョイナが作ってくれたんだ。俺は耳を患っていてね」

「ふうん。……ふう~ん……見ず知らずの人に耳ケース贈るんだ?」


あからさまに、アミリーの機嫌が悪くなった。

しまった。思い出して、肝が冷えた。……耳ケースもそうだが、トラン村では耳に飾るものを贈るのは、恋人や親しい人への親愛を意味する。

慌てて私は言い訳を考えた。今はこの場を切り抜けないと。


「えっと、ブジは私と同じ故郷なの!同じ耳の病を患ってて……。その、村長の遠い親戚って話はしたでしょ?の実の両親について知ってるから、ぜひ村長とも話がしたい、って!耳ケースを贈ったのも、私の故郷じゃ普通のことなの!」

「ふうん。……そうなのね」


一応納得はしてくれたのか、警戒心と嫉妬の目は和らいだようだ。

それでもブジが気に入らないのか、やっぱり顰め面は抜けないままだ。

ブジはというと、アミリーの態度などどこ吹く風。興味すらないように見える。

ともかく私はブジを連れ、我が家へ向かう。


「あらまジョイナ、お客さまかえ」

「ええおばさん、薬術師の方で」

「なんじゃ客か、このヤハダ芋も持っていきなされ」

「ありがとう爺様、スープにするよ」

「ジョイナ、今日は良い山風が吹いたかい?」

「勿論さ、おかげでファファンが3羽も獲れたよ」

「ジョイナ!今度俺と弓競りしような!」

「はいはい、次の休みにね」


私を見て、寄ってくる住民たちに挨拶しながら、家を目指す。

ブジは少し居心地が悪そうだ。あまり人に群がられることが得意じゃないのかもしれない。

一通り挨拶を済ませ、家に続く坂道を上る。そのすがら、ブジが口を開く。


「人気者なんだな」

「まあね。五本指だからさ」

「「縁起物」扱いとは思えないが。お前は村に好かれているな」

「最初は皆戸惑ってたけどね。この村の人たち、皆気がいいんだ。笑えば笑顔で応えるし、泣いたら一緒に泣いてくれる。やまびこみたいな人たちだよ」

「……この村は好きか?」


一瞬、私は言葉に詰まり、「まあね」と返す。ブジはそれ以上私に質問しなかった。

家に到着すると、シュヴルは見慣れない人を見て怪訝な表情を浮かべる。

さてもどう説明したものか。

悩んだ矢先、ブジは躊躇いなく、自分の耳ケースを外した。当然、シュヴルは驚愕して、私とブジを交互に見やる。


「突然の来訪、失礼する。ナ・ブジというものだ。見ての通り人間だ、外には通報しないでくれるとありがたい」

「そりゃあどうも」 シュヴルはやや間抜けな声で答えた。

「旅の者と見受けるが、宿はあるのかね」

「森で野宿する予定だった。宿があれば借りたいところだが」

「生憎、村に宿はなくてね。我が家でよければ泊まっていきなされ、この時期はトランの民だろうと凍え死ぬ」

「それは有難い。配慮に感謝する」 


ブジはぴくりとも愛想笑いをしない。むしろ表情筋が凍っているんじゃなかろうか。

奇妙な雰囲気だ。シュヴルは人見知りなんてしないし、余所者だろうと受け入れる性質だ。けれどブジを相手に、どこか態度がぎこちなくも見えた。

ブジが突っ立ったままなので、私は思わず「座れば?」と促した。

憮然とした表情で、ブジは近くの椅子にどっかり座りこむ。

シュヴルは向かい側に座って、ブジを眺めていた。


「ジョイナ、夕餉を頼む。客人はどうも儂に用があるようだ」

「はあい」


私は台所に向かいながらも、耳はしっかり二人の方へ向けていた。

今日の夕飯はファファンのトラン焼きでいいか。

(※甘辛い野菜の煮汁を使ったソースで味をつけ焼いたたもの。私の世界でいうところのバーベキュー味に近い)

私が台所でどたばたと走り回っている間、二人は向かい合い、雑談を交わす。

主に外について、シュヴルがブジにあれこれ聞いていた。

村の外に出ないとなると、旅人は貴重な情報源だ。特に薬術師は王族や貴族の治療にあたることもままあるので、政治方面の情報にも強いらしい。


「──そうか、ムドランの外はそれほどまでに荒れておるか……」

「ムドランと隣国のミドエンは半年前に休戦状態に入った。だがリーバの戦四国……嵐都ダダナラン、火山都ヴァンババラ、夜都ホーロン、鋼都ケプの治安は特に悪化しつつある。

戦況によっては、王都アル・ゴサムも動くだろう。この村はホーロンとの国境だ、下手をすると巻き込まれかねないかもな」

「むぅ……」


ふうん。私は耳を聳てつつ、調理にとりかかる。

大陸リーバには、たくさんの国がひしめき合っている。

私たちトランの村がある土地が、雪国ムドラン。左右を氷の国ミドエン、夜の国ホーロンに挟まれており、この三つの地帯は「宵の腰帯」と呼ばれている。

昼が短く、夜の長い土地柄というわけだ。ホーロンに至っては太陽に照らされることがないという。見たことも行ったこともない国だが、朝がないなんてどんな世界なのか、ちょっと気になるところだ。


「ベルンの森にある緑水晶についてお聞きしたい。あの森の緑水晶……否、マナ・クォーツは誰が植えたものかをご存じか?」

「マナ・クォーツ。その名を知る者は僅かだ。勿論、知っておるとも。ベルンの森に一番近いのが、この村だからの。あのマナ・クォーツの管理者は儂じゃ」


ここで、シュヴルは私に目配せした。

咄嗟に私は視線をそらし、頑固な根野菜たちをガンガンと切りつける作業に没頭するふりをした。

否、聞かれちゃまずいことなら、席を外すだろう。

台所で私が立ち聞きすることを咎めるならお門違いだ。存分に盗み聞きしてやる。


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